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34 聖女の因果

 

 突然の訪問にも関わらず、リンデール王国はステラたちを国賓を招く応接間に案内した。

 高い天井に大きなガラス窓、(ほこり)ひとつない絨毯に白亜で統一された調度品。出されたティーカップは花柄の青磁のもので、宝石のような軽食や菓子が用意された。

 あまりのもてなしに、アマリア公国への敬意より、何か裏があるのではないかと疑いたくなる。



 ステラは今日も変装している。といっても猫耳付きの黒髪のカツラを着けて、銀翼隊の騎士服を借りて着ているくらいだ。

 聖女の白服ではないせいか、何度か廊下で顔見知りとすれ違ったのにも関わらず、バレることはなかった。



 リーンハルトもいつもと装いが違う。銀翼隊よりも装飾の多い揃いの騎士服を纏い、彼だけショートマントではなく大きく国章が刺繍されたロングマントをつけている。

 彼の表情にはいつもの穏やかさはない。凛とした佇まいに、アマリア公国としての誇りが見える。


 リーンハルトは一人がけの椅子に座り、隣にはステラが立ち、斜め後ろでレンが控えた。




 一時間も待たずにリンデール王国の第一王子ロイドが応接間にやってきた。国王と同じレディッシュの赤髪に青い瞳、優しそうな甘い顔立ちをしている。

 武人で冷たい印象が強い弟ライルとは正反対の雰囲気だ。そんなロイドもステラの存在には気づいていない。入室したときから彼の視線はリーンハルトから外せずにいた。



「ようこそ、アマリア公国の使者の方々。私、ロイド・リンデールがお話を伺います。代表のお名前を聞いても宜しいでしょうか?」

「俺の名はリーンハルト・アマリア。現王アレクサンダーの兄だ」

「なんと……ご存命でしたか。そのご様子だと快気なされたようですね」

「さすがリンデール王国の王族は知っていたか」



 ロイドは答えず、にこやかな表情のままティーカップに口をつけた。

 見た目ではリーンハルトが年下に見えるが、きちんと実年齢を考慮し敬語で応対してくれるようだ。



「では、リーンハルト殿。今回はどのようなご用件でしょうか?突然、王兄自ら訪問するとは……私には皆目見当もつかず」

「単刀直入にお伝えしよう。我がアマリアの亜人三十五名が、禁術の生贄として貴国のシアーズ侯爵家の別邸にて不法に監禁されている。今すぐにシアーズの一族を捕らえ、我が同胞を解放せよ」

「――――っ」



 ロイドは僅かに瞠目し、すぐにリーンハルトたちに懐疑の視線を向けた。



「リンデール王国の忠臣シアーズ家に疑惑を向けるとは。その証拠はあるのですか?何もなしに疑われては困ります。間違いだったではすみませんよ」

「囮で泳がせていた者が捕まり、別邸に囚われていることを部下が目視で確認済みだ。西の物置部屋の奥から入る地下室に同胞は囚われている」



 リーンハルトはステラに確認の意味で視線を投げかけた。ステラは声を出さず、深く頷く。

 ロイドは指を組み、少しばかり思案してから口を開いた。



「禁術の生贄と仰っておりますが、詳しく聞いても?」

「賢者の石、といえば分かるだろうか」

「どんな傷も癒やす石……ですね。確かに先の戦争でその技術は全て廃棄されたはず」

「しかしシアーズは己の欲のために亜人との約束を反故にし、その技術を隠し残していたようだ。囚われていた者の腕には無数の針の痕が残っており、血を抜かれたものだと確認している。そして賢者の石は鮮血の赤。シアーズの娘が聖女の名を手に入れるため、装飾品に加工して所有しているはずだ。我らの血を返してもらおう」



 オリーヴィアの赤いネックレスは非常に目を惹くものだった。ロイドも思い出したのだろう。頭痛を耐えるように、彼の眉間に皺が刻まれた。



「そこまで断言なさるとは。では我々リンデールの方でもこれから改めて調査を致しましょう」

「監禁場所は確認済みだ。半数以上が衰弱している。今すぐ解放のために動かれよ。もしリンデールが動かぬ場合、この面会のあとにでも俺が解放のために直接別邸へ向かう」

「シアーズ家はリンデール王国の貴族。ここは我らに任せ、少しのあいだ待っていただけませんか?」

「少しとは?昨日、悪業を確認した時点で俺たちがシアーズ侯爵家を潰すこともできた。それをせずに同胞に耐え忍んでもらい、リンデール王国の顔を立てるためにこうやって話に来たつもりだったのだが?」



 ロイドは口を閉じ、尊大な態度をとるリーンハルトに非難の目を向けた。


 影響力の大きい侯爵家を捕まえるのだ。しかも国民が神聖視する聖女オリーヴィアも含まれている。慎重に動き、逮捕後の影響を最小限に留めるため、水面下で準備を整えたいロイドの思惑も理解できる。


 しかしそれはリンデール王国の都合であって、アマリア公国には関係のないこと。非があるのはリンデール王国側であることを理解しているのか、ロイドの批判は視線のみで言葉にはしない。



(ロイド殿下、時間稼ぎは止めて。亜人たちがどれだけシアーズの身勝手で苦しんでいるか分かって!あれは、あまりにも……っ)



 ステラは昨日見た光景を思い出し、胸を痛めた。あの侮辱的で非人道的な環境は、『人』の扱いではなく『家畜』よりも酷いものだった。

 ステラでさえ、こんなにも辛いのだ。陽動で忍ばせた銀翼隊の人たちは、胸が張り裂けるような痛みを感じただろう。

 リーンハルトたち待機組がステラの話を聞いたときの形相は、衝動を耐えるような悲痛な面持ちだった。



(アマリアの騎士がリンデール王国の貴族の家に突然襲撃となれば、戦争の火種となってもおかしくはない。ハルたちは戦争を避けるために、耐えてくれている。本当は今すぐにでも助け出したいはずなのに)



 ステラはチラリと隣を見た。リーンハルトの金色の瞳はいつもの太陽のような輝きと温かさはなく、敵を燃やし尽くすような憤激の炎を帯びている。


 数分の睨み合いの後、折れたのはロイドだった。



「至急、国王陛下に報告させてください。私の一存では騎士を動かせません」

「ここで待たせてもらおう。この間にも亜人の血は流れ、賢者の石として消えているのだ。亜人の絆の強さと報復の苛烈さ、俺のもう一つの姿を聡明なロイド殿なら知っているはず。早い決断を期待しているよ」

「陛下にも伝えます」



 ロイドが退室して、間をおかず国王が応接間に現れた。

 ステラとレンは膝は曲げず、()()軽く腰を折って出迎えるが、リーンハルトは座ったまま軽く会釈するのみ。


 国王は驚きこそすれ、不快そうな表情は出さない。むしろ既に顔色を失っており、数年前ステラが見たときよりも苦労の色が顔に滲み出ていた。

 国王はリーンハルトの正面に座った。



「そなたが、あの英雄のドラゴンで良いのだろうか?」

「正しくは先祖返りをした竜人です。伝説の神の使いとは異なります。それよりも国王陛下――――お返事はお決まりになりましたか?」

「やはり待てぬか?」

「ロイド殿にお伝えした通りです。シアーズ侯爵家の摘発、亜人の解放、賢者の石の返還をすみやかにお済ませください。条約違反をしているのはそちらです。そして既に我々は義理を果たしました」



 リーンハルトはまっすぐに国王に燃える金の瞳を向けた。

 国王は諦めたように、短く息を吐いた。



「分かった。しかし、そなたらの言葉のみで動くわけにはいかぬことは理解してくれ」

「こちらから囮を用意し、現場へ侵入する手引をいたしましょう」

「協力感謝する」



 そして、昨日と同じように変装したステラが銀翼隊のひとりを木箱に入れて背負って別邸の門を叩いた。彼女の仲間に扮した近衛も一緒だ。

 先日の亜人の仲間を見つけた。騒がれると面倒だから狩ってきた――――と言い、扉を開けさせた。前日のこともあり、別邸の男は不審がることなくステラたちを通した。



 そして近衛が地下室の現状を確認したことで、シアーズ侯爵家の悪業は明らかにされ、その夜――――シアーズ侯爵は摘発。亜人たちは保護された。


 亜人たちはステラから回復魔法をかけられたあと、離宮でしばらく療養となった。



 しかし事件は解決していない。

 まだオリーヴィアと彼女の持つ賢者の石が残っていた。


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