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33 聖女の因果

 

 山脈を駆け上り、森を一直線に突き進むこと二日――――ステラたちはリンデール王国の王都に着いた。

 十六人で寝泊まりするには少し手狭だが、アマリア公国が内密に所有している別荘を拠点にすることにした。

 信頼を置いている商家に管理を任せているらしく、ステラたちが急に使うことになっても綺麗に整えられていた。



 リビングに全員集まり、リーンハルトが作戦を確認する。



「やり方は単純だ。まず三名がシアーズの者の目につくように、亜人であることを隠さず行動する。シアーズが黒であれば亜人をつかまえるために動くはずだ。わざと捕まり、同胞の居場所を見つけ、証拠を固めよう」



 すぐにシアーズの屋敷には突撃はしない。

 直接シアーズ侯爵家ではなく、関係が深い他家が亜人を捕まえている可能性もあるからだ。

 囮の亜人に及ぶリスクは高いが、確実に証拠を掴むために拠点を見つけることが先決。いち早く囚われた亜人を保護するためには急ぎすぎてはいけない。



 ステラはリビングの端に座りながら、そんな皆の様子を見守っていた。

 誰もがリーンハルトの言葉に真剣に耳を傾け、時折意見を出しては擦り合わせている。全幅の信頼を寄せているのだろう。



 今頃になってリーンハルトが王兄という立場なのだと、ステラは実感し始めた。よりによって、部下に囲まれているリーンハルトの姿が第二王子ライルと重なった。



(ハルは私のこと本当はどう思ってるのかな。ライル様のときは……)



 そう思いかけて頭を振った。今は行方不明の亜人の心配をすべきだと、自分に喝を入れ直す。



(私は私の仕事をしなければ!)



 シアーズ侯爵家はステラの命を狙い、そして嵌めるような残忍な一面を持っている。もし万が一保護された亜人たちが手荒く扱われ負傷していたら、回復魔法をかけるのがステラの仕事だ。



 そうして王都に着いて三日後、早くも動きがあった。

 拠点の別荘にて待機していると、レンが飛び込んできた。



「リーンハルト様、囮のトールが連れ去られました。尾行がバレぬよう離れていたので、途中で見失いました。その後、鼻の良いものに匂いを追わせたところ、トールの匂いはシアーズ侯爵家の別邸と思われる屋敷の付近で消えていました」

「中に入っていくところは確認できなかったのか……昼間だというのに大胆だ。しかし決定的な証拠は掴ませない。相手は随分と慣れているな」



 リーンハルトは商会を通してシアーズ家の別邸の見取り図を手に入れ、テーブルに広げた。



「この建物はどの部屋にも窓がある。猿轡をされていなければ、トールか誰かの遠吠えが聞こえるかもしれない。シアーズ別邸周辺を張れ」

「はっ!」



 しかし一晩張り込みをしたが、遠吠えは聞こえてくることはなかった。


 その一方で、客人は滞在していないはずなのに、使用人だけでは消費しきれないほどの大量の食材が届けられていた。疑うには十分な条件は揃った。

 だが黒幕と断定するにはまだ証拠が弱い。別邸はカモフラージュで、他の建物に隔離されている可能性だって残っている。



 リーンハルトやレンたちは渋面を作り、テーブルに広げた見取り図を睨んでいた。ステラはそっと近づき見取り図を覗き込んで、外観図の下を指差した。



「ハル、これ……きっと地下室に閉じ込められてるんだと思う。見取り図には載ってないけれど、必ずここに階段があるよ」

「ステラ。現地を見てもいないのに、何故言い切れる?」

「この別邸……十三歳まで住んでいたから覚えているの」

「まさかそんな偶然が」



 その場にいる全員が驚くが、ステラも同じだ。もう何年も前のことですぐには思い出せなかっただけだ。改めて場所や見取り図を確認すれば、シアーズの別邸はヘイズ家が豪邸に引っ越す前に住んでいた屋敷に間違いなかった。



「なら納得だ。地下室なら助けを求められても声が届きにくい。耳の良い亜人でも聞こえないというわけか……しかし本当にそこか確認する必要があるのは変わらないな」



 リーンハルトやレンたちが再び唸る。

 彼らは再び囮を――――そう話を進めようとするが、ステラが止める。



「ハル、提案があるのだけれど」



 ステラは自分だからこそできることを話した。



 その日の夕方、ステラはひとりでシアーズの別邸前に足を運んでいた。

 ハンチング帽子を被り、白いシャツを着てサスペンダーでブラウンのチノパンを吊るした格好だ。胸はサラシで潰してあるので、今のステラは中性的な少年に見えた。


 ステラはひとりでリヤカーを引き、別邸の裏口を叩いた。するとすぐに身なりのいい男が出てきた。



「何用ですかな?」

「本邸の旦那様より運べと命を受けて持って来ました。どこに運べば良いですか?」



 できるだけ低い声を意識し、親指を立てていかにも重そうな木箱の積荷を指した。

 男は怪訝な表情を浮かべた。



「私は何も知らされていない。引き返してもらおうか」

「中身が例の()()()だとしても?」

「待て……確認させろ」

「ここで開けて宜しいのですか?」



 男は面倒臭そうに扉を大きく開き、屋敷の中に入るよう促した。

 ステラはリヤカーごと入り、木箱の蓋を少しだけずらした。男は中を見て、ニヤリと笑った。中には気絶した振りをする銀翼隊の二名が詰め込まれていた。



「これは活きが良さようなのが二匹も。しかし急にどうして」

「僕は運べとしか言われてないので、詳しいことはわかりかねます。重いし、途中で目覚めたら厄介だから僕が最後まで運びます」

「それはありがたい。亜人は野蛮で獣臭いからな。場所は――――」

「西の物置部屋から入る地下室ですよね?」



 ステラがニッコリと微笑めば、男は満足そうに微笑みを返した。

 男はステラに地下室の鍵を渡すと、途中で手を止めていたのか、厨房で食材の整理を再開させた。

 関係者以外が知り得ない情報をステラから話したことで、男はすっかりステラを身内だと思い込んだようだ。



 ステラは木箱にロープを巻き、身体強化の魔法を使ってリュックのように背負う。男は呑気に「さすが旦那様のお抱えの者」と賛辞を送ってきた。


 しっかりとした足取りで、迷わず地下室を目指す。物置の扉を開けると、部屋の奥に階段が見える。ステラは階段を降り、扉の鍵を解錠し、ゆっくりと以前より分厚くなった扉を開けた。



「――――っ」



 換気をしていないのか、淀んだ空気が充満していた。その中には生臭さも混ざっている。

 そしてステラは広がる光景に目を見開いた。



「酷い……っ」



 壁に打ち付けられた鎖に亜人が繋がれていた。両手足は拘束され、服は男女別関係なく質素な灰色の囚人服を着せられていた。地下室の大きさに対して人数が多く、ぎっしりと詰め込まれていた。

 ほとんどの者が痩せ細り、虚ろな目をし、腕は無数の針のあとが残っている。


 その中に囮役のトールを見つけ、駆け寄った。



「トールさん、大丈夫ですか?」



 トールは声を出さずに頷いた。猿轡をしていないのに何故か声を出さない。

 不審に思っていると、背中の木箱の中からノックされた。ステラは慌てて木箱をおろし、銀翼隊のふたりを出した。



「ステラ殿、やりましたね。ヒトの味方がいて助かりました」

「でもトールさんの様子がおかしいのです」

「どれ……このチョーカーは声を消す魔道具です。全員に付けられているようですね。遠吠えすらさせない周到さ、この仕打ち……胸糞悪い」



 他の亜人はステラたちの登場に目を白黒させている。そして、唯一ヒトであるステラに憎悪の眼差しが飛んできた。

 銀翼隊のふたりが遮ろうとしてくれるが、ステラは制した。



「私はステラです。亜人の皆様の救出を手助けしにきました。今この場では皆様を解放することはできませんが、早いうちに必ず助け出します。どうかあと少しだけ待ってて下さい」



 そう言って両膝、両手をついて頭を下げた。



「ステラ殿は、あの王兄リーンハルト様と懇意にしているお方で、アマリアのダンジョン踏破にも尽力してくれたお方だ」

「そなたたちを裏切り見捨てるようなお方ではない。我らもここに留まる。一緒に待とう」



 銀翼隊ふたりの真摯なフォローで、憎悪の眼差しが僅かに軽くなった。



「ではステラ殿、我らも鎖でお繋ぎください。長居すると不審に思われ、隠蔽されてしまいます」

「はい。失礼します」



 ステラは銀翼隊のふたりを鎖で繋ぎ、声の魔道具は発動させずに首につけた。そしてリーンハルトから預かっていたドラゴンの笛を渡す。


「命の危機が訪れましたら吹いてください。では無事に再会できることを願ってます」

「ステラ殿、亜人のためにありがとう」



 別れを告げるとステラは来た道を戻り、シアーズ別邸から立ち去った。

 すぐにリーンハルトたちに報告を済ませると、全員が怒りに震えた。



 そして翌早朝、リーンハルト、ステラ、レンの三人でリンデール王国の城に乗り込んだのだった。


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