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29 アマリアの巡り合せ

 

「貴様、どうやってアマリアに入国した!国境の道は全て検問を配備しているというのに」



 ステラを捕らえようと、レンの獣化した手が伸ばされる。それをリーンハルトが掴み、止めた。



「ステラに触るな。その爪で彼女を傷つけてみろ。そのときは許さない」



 銀翼隊の隊長に負けぬリーンハルトの気迫に、レンはピクリと反応した。



「その声……その威圧……まさか、いや、そんなはずは……」

「久しぶりだな。レン」



 リーンハルトがフードとマスクを脱ぎ、顔を晒した。

 レンはリーンハルトの姿を認めると、息を呑み、静かに一筋の涙を流した。そして膝を突き、頭を垂れた。



「王兄リーンハルト様のご生還、心よりお待ちしておりました!」



 レンに倣うように他の銀翼隊の騎士やゼノたち狩人まで、慌てるように頭を低くした。リーンハルトはそれを当たり前のように受け取った。しかし表情は晴れない。



「ステラは俺の病をタダ同然で治してくれた恩人なんだ。家族に紹介するために連れてきた。そんな彼女に対して無礼な真似は、俺への無礼であると心得ろ」

「承知しました。ステラ殿、申し訳ありません。リーンハルト様の恩人はアマリアの恩人。どうかお許しを」

「いえ、何かご事情があったのでしょう。謝罪を受け入れます」



 ステラが許すと、レンの肩からは力が抜けた。アマリア公国での恩人に対する礼儀は厳しいものらしい。またはレンたちの持つリーンハルトのイメージがステラが持つものと違うのか。

 ともかく敵意は消え、空気が緩んだ。



「ハルは王族だったんだね」

「正式には王族ではない。アマリアの国王は各部族から選出された亜人のうち、誰かひとりがなるものだ。決まった血統はない」

「そうなんだ」

「本当は自分の口から後で教えるつもりだったんだけどな。驚かせてしまったな」



 リーンハルトは少し寂しげに微笑んだ。その表情の正体に、ステラは心当たりがあった。彼と似ていると思ったステラだからこその確信。



「ハルが誰であっても、私は関係を変えたくないよ。それとも変わってしまう?」

「ステラはその……恐縮してしまうとか、畏怖を感じてしまうとかは」

「あー、ごめん。ハルはやっぱりハルにしか思えなくて……えへへ」



 心を利用されていたとはいえ、元婚約者は王子だった。聖女として前線に行く前は他の王族と関わりもあったため、存在に慣れていた。むしろ怪我や不調を治してほしいと媚びる者もいて、情けない姿を見てきた。王族を今更、神聖視はしない。

 それに肩書で人を見るのはやはり好きではなかった。相手が望んでいたのなら別だが、彼は違う。



「ステラ」



 リーンハルトが名を呼び、ステラを抱き寄せた。そして小さく「ありがとう」と耳元で呟くと、体を離した。

 彼の声が耳に甘く残るような感覚に、ステラは心の中で首を傾げた。



「コホン、リーンハルト様はこのあとはいかがするおつもりですか?」



 レンの咳払いに、抱擁を皆に見られていたことに気付く。ステラはひとり恥ずかしくなり、すっとリーンハルトの後ろに下がった。



「家族に会いに首都へ行く。ステラに観光案内してから行きたかったが、ダンジョンの後処理もあり、街も慌ただしくなる。すぐにここを出発し、静かなところで彼女を休ませたい」

「では我ら銀翼隊に、リーンハルト様の凱旋に同行をする誉れを下さい」

「ステラが良いのなら」



 そう言われて拒否できるはずもなく、ステラは頷いた。

 移動手段はまさかのレンの背中の上だった。完全に獣化した彼は馬より大きな白い虎で、ステラとリーンハルトが二人乗りしてもびくともしない。かなりの速さで駆けていくが、馬車よりも揺れは少なく安定していた。



 ステラが後ろからリーンハルトに抱きつくか、リーンハルトが後ろからステラを支えながら行くのかひと悶着あったが、結果は後者。

 湖での野営と同様にステラは再び背中にリーンハルトを感じ、顔を俯かせながら首都へ向かった。



 森の抜け道を一直線に駆け抜け、一時間半ほどで首都にある城に着いた。

 既に知らせが入っていたのか、門から城までの道を挟むように騎士やメイドが列をなして出迎えた。

 歓声はひとつもあがらない。しかし皆が瞳に涙を溜めて、喜びを噛み締めていることは分かった。



「よく帰ってきた!本当に良かった」



 城に入ってすぐのホールで出迎えてくれたのはリーンハルトにそっくりの竜人だった。青い髪に、琥珀色の瞳に縦長の瞳孔、肌はところどころ鱗が乗っている。見た目は親くらいだろうか。


「まだ信じられない。リーンハルト、おかえり」

「ただいま」



 竜人はリーンハルトの姿を見つけるなり、彼を強く抱きしめた。リーンハルトも照れつつ、抱きしめ返した。



(親子の再会……か。ハルを助けて本当に良かった)



 ステラは鼻の奥がツンとするのを感じながら、邪魔をしないよう黙って見守った。

 再会の抱擁が終わるとリーンハルトはステラを横に呼んだ。



「皆に紹介する。彼女はステラ。発作で動けなくなり、魔物に襲われていたところを助けてくれただけでなく、俺の不治の病を治してくれた恩人だ」

「はじめましてステラです」



 ステラは片手を胸に、もう片方の手でマントの裾をちょこんと摘み、アマリア式の淑女の礼をした。

 すると出迎えてくれた竜人は顔を綻ばせ、彼も片手を胸に当てると軽く腰を折った。



「我はアマリア公国の現王アレクサンダー。ステラ殿、兄リーンハルトを救ってくれたこと感謝する」



 ステラは笑顔で固まった。

 どう見てもアレクサンダーはリーンハルトより年下には見えない。するとリーンハルトはステラの思考はお見通しだったようで、クスリと笑った。



「俺は卵で二十年も寝てたんだ。弟はすぐに孵化したから、年下でも成長は進み、見た目は親子ほどの差があるんだ。まぁ確かに俺は弟に育てられたと言っても過言ではないが」

「そっか。ハル……四十歳だったのを忘れてた」

「疲れているから仕方ないよ。まずは休ませてもらおう。アレク、となり同士で二部屋頼めるか?」

「もう用意してあるさ。案内しよう」



 現王のアレクサンダーが自ら部屋まで案内した。

 ステラは廊下でリーンハルトと分かれ、部屋に入る。


 貴族を迎えるような広い部屋で、置かれている調度品は統一感があり、立派なのに落ち着く雰囲気だ。

 自由に使っていいと言われたので、シャワーを借りて、ステラはすぐにベッドに倒れ込んだ。遠慮も緊張もできないほどに疲弊していた彼女はあっという間に眠りについた。




 ステラが目を覚ましたのは夕方だった。窓から外を見れば、太陽は空を茜色に染めて姿を隠そうとしているところだった。

 窓の外には城下町が広がり、ここが首都にある城なのだなと他人事のようにぼーっと見つめた。



「私、こんな遠くに来たんだ。大きな湖を見て、今朝までダンジョンの前にいて……」



 現状を確認するように呟くと、止まっていた思考が動き出し、ゆっくりと現実を実感し始めた。



「寝過ぎちゃった!どうしよう、ハル?ハルは……そうだ。隣の部屋だ」



 反射ですぐにリーンハルトの姿を探す。隣の部屋にいこうと外に出ようとしたタイミングで、扉がノックされる。返事をすると入ってきたのは、探していた彼だった。



「おはよう。顔色はだいぶ良くなったね」

「ハル」



 彼の顔を見て、ステラはホッと安堵のため息をついた。命の危機を感じたダンジョン踏破の実感が一気に湧いてくる。



「朝も昼も食べなかったから、お腹空いてるだろう?夕食を持ってきたんだ。一緒に食べよう」



 リーンハルトが大きいバスケットを抱え、ステラを誘う。



「でもハルは久々に家族と食べた方が良いんじゃないの?」

「いや。アレクたちはダンジョン踏破の宴を行うようなんだ。俺は参加したくないからさ……ステラ付き合ってよ」

「そういう事なら」



 ステラはリーンハルトを部屋に招き、ふたりきりの夕食をとることにした。


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