殿下とヒロインの言い分
「最近、エドナと二人きりになる機会がなかっただろう?」
殿下はしょんぼりとした面持ちで語り出した。
ここは普段使われていない空き教室。私は椅子に腰かけ、殿下とアシュレイは私の目の前に立って神妙な顔をしている。
先ほどまでたくさんの人がいたような気がしたのは、どうやらアシュレイの魔法によるものだったらしい。私も魔法には自信があるのだが、見破ることができなかった。アシュレイの魔法の腕前には恐れ入る。
「エドナは人目がある時には私を罵ってくれない。だから、二人きりになれる方法を考えていたんだ。そんな時に君の傍に現れたのがコレだ」
そう言って殿下はチラッとアシュレイを見る。アシュレイは不服そうな顔をしているものの、特に何も言わなかった。
……というか、コレって。
殿下は女性に優しい紳士な人だったはず。そんな殿下が女性を、それも美少女をコレ呼ばわり。
いいのだろうか。殿下のキャラが壊れないだろうか。
「コレが私と同属なのは、エドナを見る目でわかった。それに、コレに宣戦布告をされたからな」
「宣戦布告…?」
私が首を傾げて呟くと、アシュレイは元気よく「はい!」と頷く。
「エドナ様に罵られるのは私の役目だと、殿下に宣言したんです」
「……ああ、そう」
キラキラとした目でドM発言をするアシュレイに、私は虚ろな目を向け、適当に返事をした。
もうなにも言うまい。
「もちろん、私も言い返した。それは私の役目だと。そうして言い争っているうちに、ふと、思いついたんだ。私もコレも目的は同じ。ならば、手を取り合えば効率よくエドナに罵られることができるのではないか、と」
手を取り合うなよ、そこで。仲悪いなら仲悪いままでいてよ。
そう思った私は悪くない。絶対悪くない。
「今、街で『婚約破棄をされた令嬢が大逆転する話』が流行っているんです。だから、その流行に乗ってみようと殿下が」
「いや、その話をし出したのは君だろう」
「…どちらでもいいわ。早く続きを話して」
またもや言い争いを始めそうな二人に私は、言い争いが始まる前にその続きを催促する。
「街で流行っている『婚約破棄をされた令嬢が大逆転する話』で、ありもしない罪をきせられ婚約破棄された令嬢が婚約者を罵る場面が描写されているものもあるんです。それを実際にやってみればエドナ様は怒って私たちを罵ってくれるんじゃないかと考えました」
「そのために、君がアシュレイにしたことを少し大袈裟にまとめてみたのがこの紙だ。この婚約破棄は芝居だが、この芝居を人に見られて変に噂を広げられるのも私が困る。そのため、徹底的に人避けをし、リアリティを出すためにアシュレイに幻を作って貰った。これがこの一連の経緯だ。
―――すべて、君に罵られるためにやったことだ」
そう言って胸を張った殿下に、私は脱力した。
てっきり破滅エンドを迎えたのかと、勘違いしてしまったではないか…!
「だが、君に大きな誤解をさせてしまったことは謝る。すまなかった」
「すまなかった、で済むと思いまして? 悪ふざけにもほどがありますわ」
「…ああ。深く反省している。だけど、エドナ。わかってくれ。少し前までは君に罵られ放題だったのに、急にそれが激減したんだぞ? 私がどれほど苦悶していたか…!」
知らんわ! このドMめ!
「この事はお父様にご報告を…」
「したところで君の証言があるのみで、決定的な証拠はない。この事は君と私とアレしか知らないことだ。よって、君のお父上が動かれることはない」
徹底的に人払いはしているからな、と黒い笑顔を浮かべる殿下。
なんていうことだ。そこまで計算していたのか!?
というか殿下、今度はアシュレイのことアレ呼ばわりですか。
どんだけ仲悪いんだよ…ヒロインと攻略キャラのくせに!
「…まあ、でも安心いたしましたわ。殿下が身分もない女性と……」
「身分もない女性?」
私が言い終わる前に殿下は呟き、突然、ふふっと笑い出す。
なに? なにか変な事言った? 記憶にないけど。
「…なんですの、殿下。なにがそんなにおかしいんですの?」
「いや…ふふっ。すまない、エドナ。そうか、君は気づいていないんだな…」
「気づいていない…?」
私が首を傾げると、アシュレイがすごい顔をして殿下を睨んでいた。
可愛い顔が台無しである。やめて。
殿下はなんとか笑いを収めると、いつものアルカイックスマイルを浮かべて「なんでもない」と言う。
「エドナ、これだけは信じてほしい。私が婚約者に、と望むのは君だけだよ」
殿下はそう言って私の手を取り、顔を近づけてくる。
近い、近いっつーの!
「マ シェリー。僕の愛しい人」
耳元で、私にしか聞こえないように甘く囁く殿下。
一人称が僕に戻ってますよ! わざとなの!? わざとなのか!?
「殿下、エドナ様が困っています。離れてください」
私が動揺していると、アシュレイが私と殿下の間に入り、私から殿下を引きはがす。
それにほっとしていると、アシュレイが私を守るようにぎゅっと私を抱きしめた。
意外と硬いアシュレイの胸。
ん? 硬い…?
私が違和感を覚えて考え込んでいると、殿下が険しい顔をしてアシュレイを睨む。
「…人の婚約者を堂々と抱き寄せるとは、いい度胸をしている」
「それはどうも。おほめにあずかりこうえいです」
アシュレイは見事な棒読みで答えた。
殿下相手にいい度胸である。私でも滅多に棒読みで返事をしないのに。
「―――だめですよ、エドナ様」
普段から少し低めのアシュレイがさらに低く、そして甘く響く。
アシュレイの声に私はぞわっと震える。
なんだこの艶のある声は。同性なのにちょっとときめいてしまったじゃないか…。
私にそっちの趣味はないのに。
「殿下に絆されては、だめです。エドナ様は俺だけいればいいんです」
ん? 今、アシュレイなんて言った?
一人称“俺”って言わなかった?
女性特有の柔らかさのない体。低い艶のある声。
そして“俺”という一人称。
も、もしかして…。
「ああああアシュレイ…あなた…男、なの…?」
私がやっとの思いでそう問いかけると、アシュレイはにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべた。
「ええ。こんな格好をしていますが、俺は正真正銘の男、ですよ」
アシュレイは私を抱き寄せたまま、そう答えた。
な、なんですってえええ!?
私は困惑して殿下の方を見ると、殿下は面白くなさそうに私たちを見つめていた。
そしてひょいっと私をアシュレイから奪いとると、アシュレイを睨む。
アシュレイはそんな殿下の視線を真っ直ぐと、挑戦するかのように見返す。
ちょっと、待って。
さっきよりよくわからなくなったんですけど!?
とてつもなく、波乱な日々が始まりそうな予感がする。
勢いで書いている話です。
クス!って笑って頂けたらそれでいいんです…




