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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-090 姉上からの提案


 西の尾根に柵を作り始めて1か月半。だいぶ柵も伸びて、現在は400ユーデほどになっている。

 兵の待機所は2か所程形にはなったけど、単なる広場だからなぁ。移動式の柵と、2段重ねた盾で囲むぐらいは必要かもしれない。

 ここで一旦作業を中断して、村へと帰還する。

 次は、エディンさん達が帰ってからになりそうだ。


 後をレンジャー達に託して帰ってきたのは、夏至の前日だった。

 指揮所でレイニーさんに状況報告をしながらお茶を頂く。

 

「結構進んでいるようですね。エルドは2個小隊を待機させないと安心できないと言ってましたよ」

「南にずっと続く尾根ですからね。尾根から西の尾根が良く見えます。柵の直ぐ西は勾配がキツイ坂ですから、魔族と言えでも上るには苦労するでしょう。魔族軍を確認してから先頭に入るまでに1時間は掛かりそうですし、柵をめぐる戦なら俺達がかなり有利です。かつての砦で魔族相手にした戦よりは遥かに優位に立てるでしょう」


 とはいえ、増援がどれだけ早くやって来れるかを考えないといけない。

 通常でここから半日ほどの時間が掛かるし、こちら側の斜面も結構キツイんだよなぁ。

 指揮所を建てる時に、麓までの道を整備する必要があるかもしれない。

 ハシゴを置くだけでも、上りおりは楽だろうし、ロープを随所に張っておくことも可能だろう。


「まだまだマーベルにやってくる住民はいるでしょうから、将来的には何とかなると思っていますが……」

「現状では、常時1個小隊がやっとですね」


 開拓は現在進行中だし、開拓後の畑作業だってある。非常時には4個中隊ほどに膨らむことはできるが、通常状態なら2個中隊を城壁に待機させて1個中隊を休養させるということになるだろう。

東西南北の城壁や柵の長さと攻撃リスクを考えると、レイニーさんの言う通り1個小隊を西の尾根の守備に出すことがどうにか出来るってことかな。

 

「どうでしょう。若い民兵を1個小隊程尾根の近くに移住させるというのは?」

「新たな村、ということですか! さすがに私達だけで判断はできませんよ。でも、開拓が西に向かって進んでいることは確かですから、ここから畑仕事に出掛けるよりも近くなるということは確かですね」


 ここから西の尾根の麓までは歩いて3時間ほど掛かるからなぁ。

 尾根の下に小さな村を作れば、魔族が押し寄せてきたときに、直ぐに柵に駆け付けることが出来るだろう。

 戦闘に参加しない女性や子供達は、こちらに避難させればいい。

村の周囲は丸太塀で囲めば良いし、荷馬車を何台か置くようにすれば、この村との連絡も密にできそうだ。

『西の村計画』として、内務会議に提案してみよう。


 せっかく帰ってきたのだからと、夕食後にナナちゃんを連れて母上を訪問することにした。

 春分に買い込んだワインをお土産に、長屋の扉を叩くと姉上の副官が扉を開けてくれた。

 笑みを浮かべて俺達を歓迎してくれたけど、笑みの対象は俺では無くてナナちゃんみたいだな。

 姉上がヒョイとナナちゃんを抱きあげて自分の椅子に座ってしまった。呆れ顔の俺に、母上がワインを注いだカップを渡してくれる。


「親子なんですから、遠慮しないで頂戴。……ナナちゃん。ビスケットがあるわよ」


 ビスケットを皿に乗せてナナちゃんの前に置いたけど、俺には無いのかな?

 ちょっと寂しく感じていると、母上が大きな皿にビスケットを乗せて戻ってきた。

 先ずはナナちゃんに、ということだったようだ。


「これはお土産です。現場ではあまり飲めませんから、母上達で楽しんでください」

「レオンがお土産なんて珍しいわね。そういえば、夏至にも商人が来ると聞いたけど、手紙を託すことは可能かしら?」

「何度か手紙を送りましたよ。信頼できる商人ですから、俺に渡してくれれば頼んでおきます」

「それならこれを……」


 母上が席を立って隣の部屋から手紙を持ってきた。しっかりと封蝋で閉じているし、封蝋は母上の指輪を押し付けたのだろう、オリガン家の家紋が浮き出ている。


「お預かりします」


 母上から手紙を受け取ると、バッグに仕舞いこむ。

 ここでの暮らしを父上達に教えてあげるんだろう。案外父上からの手紙をエディンさんが預かってくるかもしれないな。


「ここで魔族の話を、あまり耳にしないのが不思議なんだけど……」

「何度か魔族の斥候を見付けてはいます。俺が住民達と西の尾根に柵を作っているのは、それが原因ですよ。ここで暮らし始めてから、戦をしたのがサドリナスとブリガンディの軍隊だというんですから呆れてしまいます。案外この辺りの土地に、魔族は魅力を感じていないのかもしれません」


「でも邪魔にはなるんじゃない?」


 姉上の言葉に、姉上に顔を向けて大きく頷いた。


「その通りです。いずれは魔族と争うことになるでしょう。大きな戦の前に魔族の威力偵察があるかもしれません。かつて俺が志願した砦で出城を築いたことがあるんですが、出城に軽く当たっただけで、砦を攻略しましたからね」

「何時でも落とせると考えてるってことかしら?」

「たぶんそんな事かと。でも、それなら大戦に備えて俺達は準備が出来ます」


 城壁造りや火薬作り、民兵の訓練も軌道に乗ってきた感じだ。

 民兵として位置付けることが出来なくとも、万が一の場合はクロスボウを持って集まれるぐらいの事はできるまでになっている。


「神官様と数人のご婦人が治療に当たったと聞いたわ。年長の娘さん何人かに治療魔法を教えたから少しはマシになるんでしょうけど、ここには魔導士はいないのよね?」

「獣人族の魔導士は聞いたことがありませんよ。エルフ族と人間族が独占していると聞きましたけど?」


 元々獣人族の魔力適性は低いものだし、魔力もそれほど大きくはない。

 生活魔法と身体強化魔法が出来るぐらいが良いところだ。もっとも、俺にはそれすらできないんだけどね。


「私達3人なら、それが可能よ。万が一、この国に攻め寄せてきたなら、手伝ってあげるわ。それともう1つ……。ナナちゃんに上位魔法を教えても良いかしら?」


 ありがたい話だと聞いていたが、最後の言葉に思わず姉上の顔を凝視してしまった。


「姉上なら……、確かに大きな戦力になりますが……」


 姉上の膝に乗っているナナちゃんに顔を向けると、キョトンとしている。

 

「ナナちゃんなら、私を超えるはず……。魔族の大軍相手に上位魔法がどれほど効果があるかはレオンの想像を超えるわよ」

「広範囲の火炎弾炸裂を1発の魔法で行えるんですよね。それ以外にも土で壁を作ることも出来ると聞きました」

「一時的な大洪水、石礫を敵の頭上に降らせることも可能よ。それに治療魔法は、1回でも生活魔法での治療数回分に相当するわ」


 魅力的ではある。だけどその魔導士を育てる地位の姉上でさえ負傷するのだから、効果範囲は大きくはなっても、敵との相対距離はあまり広げることは出来ないのが問題だな。


「ナナちゃん次第ですね。いずれは上位魔法を使えるとは聞いていたんですが、ここでは教えて貰える人物がいませんでしたから」

「しばらくは、ここにいるんでしょう? 次に西に向かう前にはいくつか使えるようになるわ」


 姉上がそう言って、ナナちゃんの顔を覗き込む。

 自分の妹にしようとしている感じがするなぁ。オリガン家に連れて帰る、なんて言い出さないか心配になってきたぞ。


「姉上の目から見て、教え子の中に魔力が秀でている子供はいませんでしたか?」

「数人ぐらいいたわ。できればナナちゃんと一緒に魔法を教えてあげようと思うんだけど、上級魔法は無理ね。中級魔法を2回は放てるはずよ」


 中級魔法は少し強力な火炎弾を放てる。軽装歩兵や騎士の多くが使えると聞いたことがあるが、飛距離が40ユーデに満たないからなぁ。敵の出鼻をくじく魔法ぐらいに思っていたんだよね。


「敵が纏まっているなら効果があるわよ。それに城壁から撃たなくとも、城壁を越えた敵兵の足止めには使えると思うけど?」

「そうですね。使えるものならその方が良いでしょう。ナナちゃんの事なら本人の同意で構いませんが、他の子供達となれば俺だけで判断はできません。関係者と相談してみます」


 レイニーさんに相談すれば良いだろう。まだ寝ていないだろうから指揮所に戻ったら相談してみよう。


「レオンは商人達が来るので帰ってきたんでしょう? 行商人があれほどやって来るなんて館で暮らしでは想像できなかったわ」

「王都の市場みたいな賑わいだわ。その内に、住人達も屋台を出すのかもしれないわね」

「夏至が過ぎたら、雑貨屋が開店しますよ。今回はその商品を運んでくるでしょうから、いつもより荷馬車が多いかもしれません」


 母上の後ろに座っていた、マリアンまで笑みを浮かべているから雑貨屋の話は聞いているのかもしれない。

 館近くの村にも雑貨屋があったけど、あれよりは数倍も規模が大きいからなぁ。

 どんな品を扱っているのか、案外ご婦人方は楽しみにしているのかもしれない。


 母上に帰ることを告げて席を立つと、ナナちゃんを姉上から回収する。

「ちょっと待って!」と言いながら、母上が紙包みを渡してくれた。

 良い匂いがするから、クッキーだな。レイニーさんに分けてあげよう。


「たまに顔を見せなさい」

「一応分家なんですから、あまり顔を出すのも……」

「ここはブリガンディではありませんよ。それに貴族制度が無いんでしょう?」


 そういう事か。遠慮はいらないってことだな。

 分家が本家に度々出入りすると、世間的にいろいろと話題が生まれてしまうと思っていたんだがそれは王国であった場合だ。

 ここはマーベル共和国出会って、住民は全て平等だからなぁ。子供が親を訪ねるのはおかしな話ではない。

 

「そうですね。合間を見て顔を出しますよ。母上とマリアンの手料理が楽しみです」


 母上に軽く頭を下げて長屋を後にした。

 さすがに夕食を一緒にとはいかないんだろうけど、たまにクッキーを頂けると思うと、笑みが浮かんでくる。

 


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