E-044 何とか凌げた
砦を揺るがすような鬨の声を上げて敵兵が突っ込んでくる。
数発ずつの銃弾が門の銃眼から発射されても、声が止まることはない。銃弾よりも大きく聞こえるのは気のせいだけではないはずだ。
ドォン! と音を立てて扉に破壊槌がぶつかったから、門の銃眼に張り付いていた銃兵が弾かれている。
俺の太腿ほどもある閂が上下に入っているから、そう簡単に破れはしないだろうが、銃兵達に顔に恐怖心が浮かんで見える。
「もう1発撃ったなら2の門に下がるぞ!」
大声を上げて、指示を伝える。
後1発なら……、皆の顔から少し不安が消えたかな。
交代で放つから、都合3回の斉射が終わると、銃兵達が後ろに下がった。
最後に、カルバン銃を引き抜いて手近な銃眼から銃身を少し下げてトリガーを引く。
上手く行けば誰かの腹に当たったかもしれないな。
隊長が半開きの扉から身を乗り出して手招きしている。
あまり心配させても可哀そうだ。
楼門から広場に出ると、すぐ後ろで扉が閉まる音がした。
閂を掛けて、それだけでは心配なのか太い柱を閂に斜めに立て掛けている。
「そう簡単に扉は破られないよ。楼門の上から、石や矢が落とされるんだからね」
「それでも、破られる時には簡単に破られると聞いたことがあります。この門も同じ構造ですけど、追加しておくことはありませんか?」
首を傾げて考えてみたが、特に用意するものはない。
すでに門を囲むように盾を半円状に並べてあるぐらいだ。
槍の心得がある連中が使えるように盾から数本の槍が突き出ている。
いつの間にかレイニーさんまで盾の傍に待機している。隣のナナちゃんも弓を取り出してこっちを見ている。
そんなレイニーさんに近づきながら、カルバン銃にカートリッジを装填しておく。
銃兵達は、分隊単位で銃の掃除をしているはずだ。5発ぐらいなら問題は無いんだろうが、早めに掃除をしておいた方が安心できるからね。
「門の防衛に、他の部隊を回して貰いましょうか?」
「そこまでは必要ないと思います。まだこれが残ってますからね」
小さいけれど大砲だ。
仕組みは俺達の使っている銃と同じだけど、専用のカートリッジの火薬の量は10倍だからなぁ。しかも弾丸は鉄屑を麻布で包んだ物だ。
発射すれば麻布が千切れて中の鉄屑が散弾のように飛び出すだろう。
葡萄弾とも呼ばれる代物なんだろうが、門の内側に向けて放てば敵兵を一掃できるはずだ。
それにしても、外の門を破るのに手間取っているなぁ。
直ぐに破ってくると思っていたんだが、案外耐久性が高いようだ。
銃兵が渡してくれたお茶のカップを頂きながら、広場から西を眺めると、開拓民の少年達が盛んに投石をしているのが見えた。
相手がみえなくとも、小母さん達に交じって20人ほどが投石を繰り返しているんだからなぁ。敵兵に当たる石もあるに違いない。
ん! 少し敵兵の声が小さくなったようだ。
急いで楼門に上がろうと門に向かうと、楼門から誰か下りてきた。
「報告します。敵兵が森に下がっていきます」
「ご苦労。兵が杭より下がるまでは、矢を浴びせてくれ」
「終わったんですか!」
俺の声にレイニーさん達が顔を向ける。
「もう少しってことかな。とりあえず現状待機で様子を見れば良いだろう。それでどれぐらい倒したんだ?」
「夜ですからはっきりしませんが、1個小隊規模ではないかと思っています。相手が用意した梯子は20を超えてましたよ」
かなり危ういところだったかもしれないな。
銃にしてもクロスボウにしても、2射目に時間が掛かり過ぎる。
次はさらに大きな戦力を持ってくるに違いない。何とか対応を考えないといけないだろう。
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夜が明けようとしている。兵の外で敵兵が呻く声がだんだん聞こえなくなってきた。
重傷を負ったなら、治療しなければそれほど長くは生きられない。
自分で自軍に帰れなかった者達は、誰を恨んで亡くなったんだろう。
俺達を恨むのはお門違いなんだけどなぁ。
「報告します。森の北に敵兵の姿が見えません」
「了解した。森を西回りに迂回して、偵察してくれないか? 多分この辺りで休んでいるはずだ。あまり近付かないでくれよ。向こうも斥候を放っているだろうからね」
日中の偵察ならイヌ族が最適なようだ。すぐに数人の斥候部隊が西に向かって駆け出していく。
「まだ帰っていないと?」
「近くの村からかなり離れていますからね。負傷者を切り捨てるなら帰るのは簡単でしょうが、そんなことをすれば士気がどん底に落ちますよ。負傷者の手当てをして、それからの帰還になるでしょう」
とはいうものの、重傷者は置き去りなんだよなぁ。
それなりの士気低下は向こうも分かっているに違いない。生還者にそれなりの手当てを出すぐらいはしないといけないだろう。
王国にとっては余分な出費だ。負傷者が復帰できるまでの生活費も渡すことになるだろうし、戦死者にだって手厚い補償金を渡さねばなるまい。
それで、見捨てたことへの償いということになるんだろうか? 少なくとも、自軍に戻して簡単な治療ぐらい行うのは、たとえ死ぬことが分かっていたとしても偽善ではないと思うんだけどなぁ。
「簡単な食事をして、部隊の半数を休ませるぐらいはできそうですね」
「そうですね。再度攻撃してくる可能性はかなり低いでしょうし、半数が残っているなら急場をしのぐことは可能でしょう。俺も賛成です」
直ぐに伝令が散っていく。
そろそろ周囲が明るくなってくるころだけど、俺も興奮してるんだろうな。眠気が全くない。
でもナナちゃんはそうでもないようだ。焚火の傍でコックリしているから、仮設指揮所のベンチに毛布を敷いて一眠りさせてあげよう。
お湯割りのワインを飲みながら、偵察部隊の帰りを待つ。
俺達の焚火に部隊長が集まってきたから、先ずは労いの言葉を掛けることにした。
「皆の頑張りで、どうにか去ってくれたようだ。詳しくは偵察部隊の報告を待つことになるだろう」
「次もやってくるでしょうか?」
物足りないという感じで、エルドさんが問い掛けてくる。
レイニーさんも俺に顔を向けてるんだけど、本来ならレイニーさんが答えないといけないんだよね。
「直ぐには来ないと思う。もう直ぐ冬だからね。来るとすれば来春だ。しっかりと準備を整えないといけないだろう。今回の戦で、南の荒地の罠が効果的だと分かったはずだ。もう少し落とし穴を増やすぐらいはできそうだし、投石も上手く行ったのかな?」
俺の問いにヴァイスさんが笑みを浮かべる。
「上手く行ったにゃ。握り拳より大きい石を受けてその場に昏倒した兵士がたくさんいたにゃ」
「それなら小遣いをはずまないといけないな」
俺の言葉が面白かったのか、皆の爆笑が起こった。
笑うことはないと思うんだけどなぁ。それだけ頑張ってくれたんだからね。
「銃よりも、クロスボウの方が敵を倒していたように思います。やはり銃は軍で運用するには難しいのではないでしょうか?」
「必ずしも……、というところだな。確かにクロスボウの方が命中率は格段に上だし、なんといっても音が小さいからね。現時点なら確かにクロスボウを揃えた方が良いんだが……」
「何か、含むところがありそうじゃな。ワシ等で改造できることならやってやるぞ」
「実は……」
この時代の銃は、拳銃に近い代物だ。
銃身が30cmにも満たないんだよなぁ。それだから銃兵といっても軽装歩兵が拳銃を装備したような形になっている。
銃兵の多くが槍や片手剣を装備してるんだが、案外バラバラだ。
ガラハウさんに、今の銃の銃身を2倍にできないかと話したんだが、かなり難しい顔をしている。
前に大砲モドキを作ってくれた時にはそんな風では無かったんだが。
「今の銃身を長くするのはかなり難しいところじゃな。前に作ったのは今の銃身をそのまま大きくしたから何とかなったんじゃが、長い筒に小さな穴を開けるのは難しい話じゃ」
「こんな風にすれば何とかなるんじゃないかと……」
鉄の棒に、鉄片を巻き付けて鍛造する方法と、鋼の針金を鉄の棒に沿って伸ばしその上に針金を巻き付けていく2つの方法について教えると、かなり驚いた顔をしている。
「面白そうじゃな。確かにこれなら何とかなりそうじゃ。とりあえず1丁作ってみればどちらが良いか分かるじゃろう」
「先ずは、それができることを確認したいんです。その後は大改造ですよ」
銃のグリップの形を変えて、肩で保持できるようにすること。銃身の先端にバヨネットを付けること。最後に薬莢式の弾丸の制作だ。
これで格段に銃の性能が上がる。
現在は30ユーデほど先の目標を射撃しているが、これが上手く行けば100ユーデ先を狙えるだろう。さらに銃にバヨネットを取り付けることで短槍として白兵戦に臨むことも可能だ。
すべてはドワーフ族の仕事次第だけど、何とか形にしてくれるに違いない。
それまでは、兵種を変えることなく銃の取り扱いを学ぶために銃兵を続けて貰わないといけないだろう。
冬は退屈だからなぁ。ついでにもっと大きな石を飛ばす投石器も作ってみるか。狩りをすれば革紐はいくらでも作れるはずだ。
1台試作して上手く飛ぶようなら、数台作って南の塀伝いに設置してみよう。
パイプを楽しみながらそんな考えをしていると、時間がどんどん過ぎていく。
食堂の隣のログハウスから煙が昇っているのは、小母さん達が朝食を作っているからだろう。
そろそろ偵察部隊も帰ってくるんじゃないか?




