E-324 ビーデル団との相違点
オルバス館でぐっすり眠っている俺を起こしたのは、いつもの通りナナちゃんだった。
お腹に飛び乗られたから、「グェ!」と情けない声を出しての目覚めになってしまった。
とはいえ、寝坊助の俺を起こしてくれたんだからなぁ。「おはよう……、そしてありがとう!」とナナちゃんに笑みを向ける。
「皆、起きてるにゃ。早く着替えて顔を洗うにゃ」
だよねぇ。言われるままに着替えを行い。オルバス館の風呂場に行って顔を洗う。
風呂場の外で待っていたナナちゃんが案内してくれたのは客室だった。
皆揃っての朝食は食堂だったに違いない。俺だけならと、客室に用意してくれたのかな?
客室のテーブルは4人ほどで食事がとれる大きさだ。俺が入ってきたのを見て、デオーラさんがメイドのお姉さんに朝食を用意するように伝えてくれた。
「申し訳ありません。お手数をおかけします」
「良いんですよ。皆1つぐらいは欠点があるものです。レオン様の場合は寝坊ということなんでしょうが、起こせばちゃんと起きられるんですからね」
口元を隠しながら「気になさらずに」と付け加えているんだけど、やはり笑われているんだろうな。
「グラム殿は、ゆっくりと寝かせてやれと言ってましたが、昼食後に顔合わせを兼ねた会議を予定しています。基本はティーナに任せようと思っているのですが、上手くリードして頂けませんか?」
「それぐらいは何とかしませんと……。俺としても、今回の取り組みは他の町にも広めたいと考えていますから」
うんうんとデオーラさんが頷いてくれた。やはり同じ考えを持っていたに違いない。
ある程度町が大きくなると、どうしても下層住民の問題が出てきてしまう。それなりに仕事があれば良いのだが、下層民に仕事を託すことが一般住民には中々足を踏み出せないようだ。住民同士のつながりというか、世間体もあるのだろう。
そんな事を考えずに頼めば良いと思うんだけどねぇ……。
トレイに載せられた朝食をメイドさんがテーブルに並べてくれた。
軽く頭を下げて後ろに下がったところで、早速スープを頂いた。
野菜とベーコンのスープだな。ハムが挟んである白いパンは久しぶりだな。小麦がマーベル国では取れないからね。いつも黒パンになってしまう。
朝食を済ませると、暖炉傍のソファーに座っていたナナちゃんの隣に腰を下ろす。
直ぐにメイドさんがコーヒーを運んでくれたから、パイプを取り出してゆっくりとコーヒーを楽しむことにした。
「ところでティーナさんは?」
「会議の準備をするとか言って、部屋に閉じこもっているのです。そんなことは今まで時間があったのですから済ませておくべきでしょうに」
「色々と調査をしていたみたいですよ。理想はビーデル団のような組織としたいのでしょうが、1つ大きな問題を忘れていませんか?」
「あら? なんでしょう。彼らに与える家は準備しているのですが、ほかにも何か必要なのでしょうか?」
「彼らがいつまでその組織にいるかということです。子供達の組織に年長者がいつまでもいることはできないでしょう。そうなると組織を抜けた子供達、いや新しく大人になった連中をどうするかということも考えないといけません」
そこまで考えてあげるなら、理想的ではあるんだけどね。
この世界の成人は16歳だからなぁ。16歳を過ぎた者を子供達の組織に入れておくことはできないだろう。
働き口があれば良し、ない場合は何時まで経っても貧民暮らしから抜け出せないことになってしまう。
「成人後の受け皿ですか……。確かに盲点でした。これはマーベル国には無い問題ですね」
「国と言ってますが、実際は地方都市にも満たない人口ですからねぇ。どこも人手不足を嘆いています。ある意味需要が多いということになりますから、仕事にあぶれるということはありません。とはいえ、選んだ仕事が本人の望みと異なる場合もあるようです。これは我慢するしかありませんね」
第一希望は無理でも第二希望は何とかできるようだ。それも無理な状況になるようでは問題なんだろうけど、就職斡旋所みたいな組織がいつの間にか出来ていたからね。たぶんエクドラさんやマクランさん達が動いてくれたんだろうけど、食堂にある掲示板に求人募集の案内を見つけた時には驚いたんだよなぁ。
「王国で仕事を求める際には、縁故関係で探す他は無いようです。貧民対策は子供達だけを対象にすることでは片手落ちということになるのでしょう。良い話を聞かせて頂きました。午後の会合とは別の場で、この件を話し合いたいと思いますが?」
「直ぐというわけにもいかないでしょう。出来れば商会ギルド、工房ギルドとも調整を図りたいところですね」
「さらに、軍の徴募官にも話をした方が良いかもしれません。第一線で戦に関わらなくとも、軍には色々と仕事があるようです。軍属と呼ばれている人達ですがレオン殿もご存じでしょう」
デオーラさんの言葉に小さく頷く。
ブリガンディ王国も、エクドラさんのような未亡人達を雇っていたからなぁ。夫
を亡くして路頭に迷うことが無いようにとの政策なんだろう。同じような政策をエクドラル王国も行っているのだろう。
軍属の手助けとなるような仕事であるなら、確かに有望な就職先と言えるんじゃないかな。
「就職ということであるなら、政庁市の住民全てを対象にすべきでしょう。就職に悩む住民は貧民だけとは限らないと思います」
「そうですね……。場合によっては政庁の中に専門の部署を作る事も考えられます。これは王子殿下とも相談すべき件になるかと」
施政の1つとして、就職先の斡旋をするなら住民から喜ばれるに違いない。
昼間から酒を飲んでうろつくような連中も少しは減るだろうから、結果として政庁市の治安が良くなることも考えられる。
ある意味実験的な意味合いが強いから、旧サドリナス領内で始めるのも都合が良い。本国領内で始めたならこと既得権益を妨害されたと感じる連中が出ないとも限らないからなぁ。
結果を出して王子様が宮殿内で報告すれば、エクドラル王国の全土が取り入れることになるかもしれない。それは王子様の功績にもなるだろうが、第2王子だからなぁ。第1王子の功績についても考えないと、王国が割れかねないんだよなぁ。
やはり大きな王国は何をやるにしても、いろいろと面倒だな。
マーベルなら、思い立ったらすぐ実行できるんだけどね。
「とはいえ、急に始めるとしても色々と問題は出てくると思います。特にエクドラル王国は大国ですからね。特に有効な施策であれば事前に入念に考える必要があるでしょう」
「仰る通りです。やはりレオン殿を王子殿下の傍にと改めて考えておりますのよ。でもそれは叶わぬこと……。となれば、これまで以上に私共の館を訪れる機会を作らねばと」
まさか、すでにその方向で動いているなんてことはないだろうな?
案外、策士だからねぇ。用心しておこう。
「ところで、会談はこの館で?」
「さすがに、それでは相手が気後れしてしまいそうです。庶民街の一角にある小さな食堂を貸し切りました。王女殿下もまいりますから、護衛兵士を食堂内に数人、外1個分隊配置するとグラム殿が言ってましたよ。全員軍服ではなく平服ということですし、武器は短剣だけということでしたが近くに長剣を隠しているに違いないでしょうね」
軍服でなければ十分だろう。通りの一角でのんびりパイプでも咥えながら状況を見守っているに違いない。
「少年達の数は?」
「3人と言っていましたが、場合によっては倍になるかもしれません。3倍でも十分な大きさと言っておりました。こちらは王女殿下に付き人1人、私とレオン殿それにナナちゃん。商会ギルドと工房ギルド、それにレンジャーギルドから代表者を各1名ずつ出してくれるそうです。話を聞いて、他にも来るかもしれませんね」
とりあえずは関係者が揃うという感じかな?
できれば政庁からも欲しいところではあるのだが、それは次の機会でも良いだろう。
「先ずは顔合わせということで良いでしょう。彼らがどのような仕事をしているかを聞いて、その応用が各ギルドで可能かを考えて貰えば良いと思います。ティーナさんの事ですから最初から組織作りを考えていると思うんですが……」
「目的はそれですからね。でも組織に何を行ってもらうかが明確でなければいけません。組織と仕事の種類、その内容……。1つずつというより横並びを見ながら同時に進めなければいけないようですね」
それが理解できれば十分に思える。とはいえ、これティーナさんに花を持たせるべきだろうし、その結果は王女様と王子様の功績としたいところだ。
デオーラさんには一歩後ろに控えて貰って、その辺りの調整をして欲しいんだけどなぁ。
俺とデオーラさんの会話を聞きながら、ナナちゃんは編み物をしている。
たまに笑みを浮かべてナナちゃんをデオーラさんが見ているんだけど、少女的な姿が微笑ましいのかな?
「会談は午後の就業を始める鐘を聞いて集まるようにと連絡してあります。少し早めの食事をとって臨みましょう」
「先ほど食べたばかりですので、できればコーヒーをもう1杯戴けませんか?」
「それだけではお腹が空いてしまいます。サンドイッチを沢山作るように言ってありますから、余った分は子供達のお土産にしましょう」
なるほどね。彼らにとっては久しぶりのご馳走なのかもしれないな。
昼を告げる鐘が聞こえてくると、廊下を走る足音が近づいてきた。
バタン! と乱暴に扉が開かれ髪を乱したティーナさんが入って来る。そんなんだからデオーラさんが厳しい目で睨んでるんだよなぁ。
それをものともしないティーナさんも、さすがだと思ってしまう。
「昼食を食べて、直ぐに出掛けるのだろう? 私の準備は出来ているぞ。ケイロン達が見えぬのは……、例の件だな。政庁の食堂で済ませるということか」
「朝早くに出掛けましたよ。グラム殿もだいぶ気にしていましたから、今夜には分かった範囲での概要を聞かせて貰えるかもしれません。それより、ちゃんとできるのですか? 相手は貧民の子供であっても、同じエクドラル王国の国民なのですからね」
ティーナさんが黙って頷いている。ここで反論しようものなら、10倍返しは確実だからね。
メイドのお姉さんが運んできた昼食は、いろんな物が挟んであるサンドイッチだった。カップスープはポタージュだな。
果物が挟まれたサンドイッチを数切れ頂き、コーヒーを飲みながら皆の食事が終わるのを待つ。
ナナちゃんが美味しそうに食べているのを見て、デオーラさんは満足そうに笑みを浮かべている。
ティーナさんも、ナナちゃんのように育って欲しかったのかもしれないけど、結構お転婆なところがあるんだよね。
でも静かに座っていれば、物静かな少女に見えるんだから大したものだ。
食後のお茶を準備しているメイドさんに、残ったサンドイッチもバスケットに入れるようデオーラさんが指示を出している。
お土産は多いほど良いということなんだろう。子供達も喜んでくれるに違いない。
そろそろ老境に入りそうな男性が部屋に入ってくると、デオーラさんに馬車の準備が出来た事を告げる。
「少し早いですが、出掛けましょうか。それにしても子供達に秘密組織を作るよう依頼するとは……。生まれるのが30年早かったかしら?」
「深窓のご令嬢では、参加できそうにもないですよ。やはり貴族たる矜持を彼らに示す側になって欲しいところですね」
「まぁ! それを言われると……。そうですね。確かに彼らの援助組織ということも考えられますね。貴族の令嬢を組織してサロンの真似事をさせるのもおもしろそうです。名前は……、『バラの騎士団』辺りにすると注目を浴びそうですね」
玄関に向かって歩きながら、デオーラさんは楽し気な空想を絵がいているようだ。
それにしても騎士団とはねぇ……。それになんでバラなんだろう?
タンポポやチューリップでも良さそうに思えるんだけどなぁ。
「なるほど、『敵対すれば棘で攻撃するぞ!』ということだな……」
隣を歩くティーナさんが、恐ろし気な解説をしてくれた。
やはり、ティーナさんとデオーラさんは親子なんだなぁ。バラの騎士団が敵対する相手、この場合は同年代の少年なんだろうけど、彼らにどんな仕打ちをするのか容易に想像できてしまうんだよなぁ。




