E-315 秘密組織が動き出した
「突然にお見合いの話を出されたら、驚くでしょうねぇ。でも、お見合いが嫌でここに逃げてくるというのも……」
珍しく、朝食後に指揮所にやって来たのはエクドラさんだった。
エクドラさんはマクランさんと同じバリエール団で、副団長になるらしい。
ますます若い連の頭が上がらなくなりそうだな。
レイニーさんがお茶を飲みながら、ティーナさんが冬の最中にやって来た理由を説明すると、苦笑いを浮かべながら聞いている。
エクドラさんは未亡人だからなぁ。若かった時代を思い浮かべながら聞いているようだ。
「さすがに一生独身を貫こうとは思っていないようですが、今回は母親のデオーラさんの勇み足というところでしょう。とはいえグラムさんの妻ですからね。結構強引なところがあるようですよ」
「この雪の中、連れ戻しに来るようなことがあり得ると?」
「さすがにデオーラさん本人は来ないと思いますけど……」
デオーラさんの下命を拝するのは……、あの兄弟かな?
兄弟間の力関係だと、ティーナさんに押し切られるのが目に見えているんだよなぁ。
「とりあえずは、傍観するだけですね。マーベル共和国における魔族相手の戦への貢献を鑑みて冬季の滞在を許可したということにすれば、エクドラル王国と対立することも無いでしょう。……ところで、エクドラさんの御用は?」
俺の問いにきょとんとしたエクドラさんだったが、直ぐに口に手を当てて笑い声をあげ始めた。
ティーナさんの話を最初にレイニーさんが始めたから、すっかり忘れていたみたいだ。
「オホホホ……。まったく年は取りたくないわね。忘れてましたよ……」
どうやら困った話というわけではなく、教室を開きたいというものだった。
小母さん達の情報伝達力は馬鹿に出来ないからなぁ。伝令よりも早いんじゃないかと思うぐらいだ。
その小母さん達の話題の一つに、編み物を教えてくれという娘さん達がたまに訪れるということがあったらしい。
「普通なら、母親やお婆さんが教えてくれるんでしょうけど、この国ではねぇ……。
その場限りで教えることは出来ても、編み物にはいろんな技があるんですよ。それをしっかりと教えたいという話になっているんですが」
「良いことだと思いますよ。私だって、まだまだ亡くなったお婆さんの域に達していませんもの。出来れば私も教えて頂きたいところです」
なるほど、老人の知恵そのものかもしれないな。
きちんと伝承が出来たなら、内職としても定着しそうだ。農家にとっても貴重な現金収入になるに違いない。
「今夜はちょっと会議に出られませんので、場所の提供をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「広さとしては、どれほど必要でしょうか? 開拓村に移住した家族の長屋がいくつか残っているんです」
「それなら、リビングと奥の部屋を繋げてください。この指揮所ほどの大きさになりますから十分に希望者に教えられますよ」
「長屋は2家族用ですから、隣も同じように改造しましょう。初心者と上級者に分けて教えられるでしょう。ビーデル団の子供達も、ヤギのお守りをしながら編み物をしているぐらいですからね」
俺の言葉に、2人が笑みを浮かべて頷いてくれた。
バリエール団は着実に成果を上げようとしているみたいだな。
そうなると、壮年組であるバイパー団の方も穏やかではないだろうな。団長はエルドさんらしいけど、どうやら欠席裁判で決まったらしい。だけどエルドさんは期待を裏切ることはないし、皆の信用も厚いからなぁ。副団長がヴァイスさんなのはかなり問題に思えるけど、面倒見が良いことは確かだ。ヴァイスさんの補佐を誰がするかでバイパー団の未来が左右されそうに思える。
カルシア団はちょっと組織が複雑だけど、既婚者組と未婚者組の男女の4区分に分けられている。
総団長は決まったが4つの区分ごとに副団長を調整中らしい。
俺にも話が来たけど、相談役で勘弁して貰ったぐらいだ。ナナちゃんと一緒だから問題は無いだろう。フレーンさんもたぶん同じ役になるはずだ。
「各団の秘密基地もだいぶ形になったようですよ。たぶん今年は、あちこちの基地でいろいろと計画を立てるのでしょうねぇ」
「計画書がきちんと出来ているなら、国会に掛けて優先順位をつけるべきでしょう。いずれも生活向上を目指すことになるんでしょうが、資源は限られています」
俺の言葉に、2人が困った顔になる。
同時並行でも良いけど、予算や材料も考えないといけないだろう。
ブリガンディ王国の財宝の分配を受けてはいるが、それに頼るようでも問題だし、必要な人工数も考えないといけない。
そもそもが人員不足だからなぁ。これでブリガンディの故郷に帰ろうなんて人達が大勢出てくると困ったことになりそうだ。
「かなり国会がもめそうに思えるんですが?」
「いずれの案件も、生活向上を目指すものばかりでしょう。それを選別するとなると難しく思えるのも分かります。その時には、直ぐに行動する必要があるものと、そうでないものに分ければ良いと思いますよ。これでは困るという案件と、このままでも問題ないが実施することで更に良くなるという案件ならば、前者を選ぶことは当然に思えます」
「自分達の案件を実施するのではなく、生活の向上に繋がるものを優先するということですか! でも自分達の案件をどうにか採用させようとすることは間違いないでしょうね」
悲観した目を俺に向けてレイニーさんが呟いているけど、その為の国会だと思うんだけどなぁ。
最初は大騒ぎになるかもしれないけど、現状困っている案件ならば皆の共感も得られるはずだ。それに優先順位を下げるだけであって、その案件を却下するわけではない。たぶん案件がどんどんと貯まっていくはずだ。それは俺達の貴重な財産になるんじゃないかな。
昼が近付いたことに気が付いたエクドラさんが、慌てて指揮所を出て行った。
昼食の献立は決まっているんだろうけど、最終確認は今でもエクドラさんの仕事ってことかな。
エクドラさんが指揮所を後にしたところで、テーブルから運んできた椅子を戻して小さなテーブル越しのベンチに座る。
パイプを取り出してレイニーさんに視線を向けると、小さく頷いてくれたから薪を使って火を点けた。
お茶が無くなったカップに、レイニーさんがお茶を注いでくれる。
昼食は少し遅れた方が、空いているからなぁ。しばらくここで時間を潰すことになりそうだ。
「ビーデル団は2年ほど歴史がありますから、それなりの運営が出来ているようです。私達も負けないようにしませんと……」
「困ったなら、彼らに聞くということも出来ますよ。直接聞くのが憚れるなら、ナナちゃんに手紙を託すことも出来ますからね」
「答えてくれるでしょうか?」
「子供だと思ってはいけません。既に団を運営して子供達に仕事を分配しているんですからね。少し仕事を取り上げたためか、余った時間を使って何かしようと考えているみたいですよ」
子供なんだから遊ぶのも仕事だと思うんだが、どうも遊ぶ方向には向いていないようだ。もっとも、彼らの仕事それ自体を遊びの感覚で行っているのかもしれないな。
ヤギの世話を望む子供達が多すぎたから交代制で世話をしているみたいだ。
世話と言っても、ヤギ小屋から除草場所までは小さな子供達が担当して、ヤギ小屋の掃除は年長者がやるみたいだけどね。
適材適所という考え方を、彼らなりに良く理解していると感心してしまう。
「一度ビーデル団の団長に、組織運営について講義して貰いたいですね」
「確かに、良い考えです。俺の方から依頼してみましょうか?」
「時期は春分を過ぎてからが良いでしょう。さてどうしようかと、どの団も悩み始める頃でしょうから」
確かにそんな感じだ。
だけど、年代の近い者同士が集まって、酒を酌み交わすだけでも十分に思えるんだけどなぁ。
建国してだいぶ時間が経つけど、まだ互いに話をしたことが無い人だっているはずだ。先ずは団に入ることで交友関係を広げ、その中で共通して困っていることを探せば良いだろう。
昼になっても、ナナちゃんが戻ってこないのはヴァイスさん達と行動を共にしているからだろう。
30分ほど時間をずらして、レイニーさんと食堂に向かう。
空いているテーブルで昼食を食べていると、リットンさんがやって来た。
「だいぶ遅い昼食ね」
「昼食の鐘と同時にやってくると込み合うからね。これぐらいが丁度良い。リットンさんの方こそ、遅いと思うんだけど?」
「皆で、何をするか考えてたの。私もバイパー団の団員になるでしょう? 困ったことがあるかと聞かれたら答えないといけないもの」
なるほど、事前調整を始めたということかな?
レイニーさんがちょっと不安げな顔をしているのは、まだそんな事を考えていないということなんだろう。
午前中にやって来たエクドラさんは動き始めているからね。
出遅れてはと、立場を考えてしまったんだろう。レイニーさんは心配性だからなぁ。少しは改善するかと思っていたけど、性格的なところがあるのだろう。一生直らないんじゃないかな。
「それで何か見つかったの?」
恐る恐る問い掛けている。
リットンさんが首を振っているところを見ると、まだまとまっていないということかな?
とはいえ、一歩踏み出したことには変わりない。
「私も、一緒に考えても良いかしら?」
「大歓迎! 場所は私の小隊屯所になるけど、昼食後にもう1度集まるの。一緒に行きましょう」
嬉しそうにレイニーさんが頷いている。
結果は、今夜には分かりそうだ。
俺はビーデル団を尋ねてみるか。だけど秘密基地なんだよなぁ。
急に訪ねても、問題は無いのだろうか。
ナナちゃんがいたなら、要件を伝えて貰えるんだけどなぁ……。




