E-309 マーベル共和国に帰ろう
魔族との戦を終えて6日目。グラムさんが手配してくれた商隊が10台を超える荷馬車を連ねて俺達の陣に到着した。
荷馬車を率いてきた商人に話を聞くと、エディンさんと懇意の商人らしい。
「レオン殿の荷物をマーベル国に運び、マーベル国の荷を運んで来て欲しいと依頼を受けました。運搬料はエディン殿から頂いておりますから、心配なさらないでください。それで荷物は?」
「食料や武器は、ここでの戦で消耗したからそれほど無いのだが……。負傷を乗せて貰いたい。詳しくはこちらのエニルと調整して欲しい。エニル、頼んだぞ」
空荷の荷馬車が少し出来そうだから、疲れた兵士を乗せてあげても良いだろう。
エニル達が指揮所を出ていくと、直ぐに荷車に荷を積みこむ兵士達の声が聞こえて来た。
「明日にはマーベル国に出立できそうだな。私とユリアンはエクドラル王国軍と一緒に政庁に向かうつもりだ。昼過ぎには出発できるということだから、ここでお別れする」
「色々と助かりました。デオーラ様によろしくお伝えください」
「もう直ぐ冬だからなぁ。場合によってはマーベル国に戻るのは春になるかもしれん」
「ごゆっくりしてきてください。俺達はずっと待ってますよ」
俺の言葉に笑みを浮かべて頷いてくれたけど、2度と会えなくなる可能性もありそうだ。
本人は、ただの里帰りだと思っているようだけど、デオーラさんが離さないんじゃないかな。少なくとも相手を見つけるまではね。
ユリアンさんが、「長らくお世話になりました」と挨拶してくれた。ユリアンさんは薄々気が付いているみたいだな。
さてどうなるのか……。エディンさんがその辺りの情報を伝えてくれるかもしれない。
ティーナさんが俺達の陣から離れていくのを、ナナちゃんと一緒に見送る。
何度も俺達を振り返るから、そのたびにナナちゃんが手を振っているんだよね。良い姉さんの1人だったからだろうな。
ティーナさん達の姿が見えなくなったところで、指揮所に戻る。
俺達の荷物はブランケットだけ残して魔法の袋に詰め込んであるから、明日は起きたらすぐにテントを畳める。朝食を終えたところで出発できそうだ。
それにしても……。王都で2泊した当時が夢のようだ。
今の王都は残骸がまだ燻り続けている。
兄上達が来春から長城作りを始めるらしいから、北に見える立派な城壁もいずれ無くなってしまうのだろう。
「これを貰ったにゃ!」
ナナちゃんがポケットから取り出した物は、ハンカチに包まれた小さなブローチだった。
どう見てもお宝というには程遠い品なんだよなぁ。
ヴァイスさんとお宝の山の中から見つけ出したわけでもなさそうだ。
「お兄ちゃんのお父さんに、貰ったにゃ!」
「父上からだって?」
「いつも世話を掛けて済まないって、ってこれをくれたにゃ」
「お礼はちゃんと言えたかな? スカーフを首に巻いた時に、これで留めたら似合うと思うよ」
うんうんと頷いているところを見ると、お礼を言えたということなんだろう。
父上の贈り物というより、母上からだろう。
さっきのブローチはどことなく見覚えがある品だ。
姉上に譲るよりも、ナナちゃんにと言うことかな。マーベル共和国に母上達が滞在していた時にはナナちゃんを可愛がってくれたからなぁ。
翌朝。いつものようにナナちゃんに起こされて、井戸で顔を洗う。
この井戸もきちんと蓋をしておこう。兄上には井戸の場所を教えてあるから、今後の村作りや砦作りに役立ててくれるに違いない。
朝食が終われば行軍開始ということで、いつもより朝食が多めに思える。焼いた平たいパンを3枚も付いていた。
俺が朝食を食べている間に指揮所として使っていたテントや寝泊まりした小さなテントが畳まれて荷馬車に積み込まれていく。
食事を終えてお茶を飲んでいると、ヴァイスさんに無理やり立たされてしまった。
直ぐにテーブルと椅子が運ばれていったから、あのテーブルが最後の積み荷になるんだろう。
焚火の傍でパイプを咥えていると、エニルがやって来た。
「出発の準備が完了しました。何時でも出発できます!」
「了解。それじゃあ、来た時の順で出発しよう。怪我人達は全て荷台に乗せられたかな?」
「食堂の小母さん達も乗せてます。ナナちゃんは砲弾を運ぶ荷車に既に乗ってますよ」
うんうんと頷きながらエニルの話を聞く。
それなら俺はナナちゃんの近くを歩くとするか。
行軍位置をエニルに伝えると、直ぐにエニルが整列した部隊の先頭に駆けていく。
先頭集団が動き出したから、俺達も流れに任せて歩きだした。
戦は俺達の勝利で終わった。10日以上掛かる旅だからのんびり歩こう。
小休止、大休止を組み合わせながら、4日目にレイデル川の端を渡りエクドラル王国の関所を越える。
2個中隊を越える部隊だから町屋村の郊外でテントを張って宿泊することになるが、町の近くなら買い出しに出掛けることもできる。
食料品やワインを買い込んだから、兵士達の足取りも軽やかに思える。
街道を西に向かって進むと最初の村がある。村を過ぎたところで荒地を北に進む。
エディンさん達が商隊を連ねて季節毎に俺達の国に荷を運んでくれるから、轍の跡がしっかり残っている。
この轍を辿れば俺達の国ではあるんだが、道の整備もしないといけないだろうな。
マイヤーさんや王子様と調整したいところだが、資金を俺達が準備するなら、頷いてくれそうに思える。
10日目に、俺達が渡河した場所に到着した。
もう少しだ。まだ昼過ぎなんだが、今日はここでゆっくり休もう。
河原で数人と釣りを楽しんでいると、伝令の少年がやって来た。
河原をあちこち巡っているのは、俺を探しているのかな?
手を振ると、どうやら気付いてくれたようだ。俺のところに真っ直ぐに走って来た。
「レオン殿に来客です。マイヤーご夫妻です」
「姉上夫婦ってことか! どこに来てるんだい?」
「レオン殿のテント近くの焚火です!」
「了解だ。ところで……、やってみるかい? 今夜のおかずが掛かっているからなぁ。あの焚火を見てごらん」
焚火が3つ作られて、その周囲には串に刺した魚がたくさん炙られている。ヴァイスさんが仕切っているんだよなぁ。いつもどれだけ釣れたか分からないからなぁ。釣り上げると直ぐに誰かが持って行ってしまう。
「俺に出来るでしょうか?」
「先ずはやってみることだ。釣れないときは、向こうで釣っている連中にどうすれば釣れるか聞くと良いよ。皆親切に教えてくれるはずだ」
伝令の少年釣竿を渡して、河原を後にする。
ブリガンディ王国の状況を知りたいのかな? 姉上が気にすることはないと思うんだけどなぁ……。
焚火の周りに腰を下ろしていた兵士達の中から突然1人が立ち上がった。
兵士とより豪華な装備をしているが、どう見ても戦に赴くような服装ではない。それでも長剣を下げているのは貴族としてのたしなみということになるんだろう。
「お久しぶりです。義兄さん。どうにか片付きました」
「レオン殿達だから何とかなったのでしょう。私は残念ながら後方勤務を仰せつかりました」
マイヤーさんは武官貴族ではあるんだが、兵站の管理を任された士官だからなぁ。前線で戦う士官よりは安全だから、姉上も安心できるだろうけど本人にとっては肩身が狭いのかもしれない。
「義兄さん達の働きがあればこそグラム殿は思い切った戦が出来たのだと思います。俺達も爆弾を融通して貰いましたからね。本当に助かりました」
「レオンでも、目論見を外すことがあるのね。かなり兵器を運んだと聞いたけど?」
「相手が2万ですからね。遠くから爆弾を放って数を減らした方が安心できますよ。おかげで王都の大部分は焼けてしまいました。かろうじて宮殿と王宮は形が残っていますが、兄上の事ですから長城建設の材料に使うと思いますよ」
さすがに、荒地に腰を下ろしてはいない。形はまちまちだがベンチを並べてくれたようだ。
ワインのカップ随行した兵士達にも振舞うと、思い出したようにマイヤーさんが荷車にワインを3樽持参してきたと話してくれた。
「義弟の活躍を私も祝いたいと思って、勝利の知らせを受けて直ぐに用意したんだ。受け取ってくれよ」
「ありがたく頂きます。それで、義兄さんと相談したいことが出来たんですが……」
どうやら話を聞いてくれるらしい。
街道から、マイヤーさんの領地を経て俺達の国に至る道を整備したいと話をすると、王子様が同じような考えを持っていると話してくれた。
「エクドラル王国の産物をマーベルに運び、マーベルで加工したものを貿易港に運ぶ……。今はまだ数が少ないらしいけど、今後は増えるだろうと仰っていたよ。かなり精巧な品物や割れやすい品もあるらしいから、今のうちに道を整備したいとも仰っていた領内に新たな街道が出来れば、宿場町だって出来るだろうからね。私としては願ってもないことだ」
「王都攻略で王都の財宝を4者で分配しました。さすがに全てを使ってと言うわけにもいかないでしょうが、いくつかの宝物を金に換えて道路整備の資金に使いたいと思っています」
「さすがに全額を出して貰うことは、私の矜持もあるからねぇ。王子様を含めて1度調整したいと思うが?」
「もう直ぐ、冬ですから俺達の時間はたっぷりとあります。出来れば義兄さんの方で日程を調整できませんか? 俺は何時でも参加できます」
俺の言葉に、マイヤーさんが大きく頷いて腕を伸ばしてきた。
ガッチリと握手をする俺達を、姉上が笑みを浮かべて見ている。
一番近くの兄弟だからね。姉上達とはいつまでも仲良く付き合いたいところだ。
夕食を一緒に、と誘ったのだがマイヤーさん達は直に引き上げて行った。
戦勝祝いにワインを贈るために本人達が来た感じだな。
配下の兵士に届けるよう命じても良かったように思えるけど、案外姉上が俺達の無事な姿を見たいとマイヤーさんに強請ったのかもしれないな。
「来春にはお母さんになるにゃ!」
何時の間にか隣に座っていたナナちゃんがぽつりと呟いた。
思わずナナちゃんに顔を向けると、笑みを浮かべて頷いてくれた。
いつも変わらない姉上に見えたけど、ナナちゃんは小さな相違に気付いたみたいだ。
本人は知っているのだろうか?
母上に手紙で知らせた方が良いのかな?
なんか、悩む話になってしまった。本当にそうなのか、マイヤーさん達と街道作りの話し合いをする時に、再確認した方が良さそうだな。
母上には、その後で知らせてあげよう。




