E-292 合図を待つだけ
時間経過を知る手段は、時計が無いから星の位置が頼りになる。南中していた明るい星をコンパスで確認しながら作業に遅れが出ていないことを確認する。
最初の移動柵部隊が出発して3時間も経たぬうちに設置完了の知らせが届いた。
今のところ少し先行している感じだな。
伝令を呼び寄せると、石火矢部隊出発の指示を出した。
「伝えた後で、もう1度焚火に焚き木を追加してくれ。俺達も出発するから遅れないようにしてくれよ」
「了解です。兵站部隊の出発はまだ先で良いんですよね?」
「直接戦闘は行わないから、明るくなってからでも十分だ。心配しているなら、そう伝えて欲しい」
「了解です!」と言い残して俺達のところから駆け出して行った。
直ぐに出発しそうだから、俺達も焚火の傍から腰を上げると、焚火に残った焚き木を追加する。
さて、石火矢を積んだ荷車はあれかな?
「いよいよ前線だな。レオン殿はその装備で良いのか?」
「元々が弓兵ですからこれで十分ですが、長剣は背中に背負ってますよ。でも魔族相手ならこの槍を使います」
白兵戦は数が勝負を分けるけど、敵との間に障害があるなら数が戦を左右することにはならない。
銃兵の中には片手剣を装備している者もいるけど、多くはライフル銃の先端に銃剣を付けられるようにしている。刀身が半ユーデもあるから突くだけでなく切ることも出来る代物だ。ライフル銃の長さと合わせると1ユーデ半にもなる。長剣より長いから、柵越しに相手を突くには都合が良い。
「銃兵を主とするレオン殿の考えがまだ理解できぬ。銃に威力は認めるが、次発に時間が掛かるのが問題だ。それに命中率がかなり悪い代物だぞ」
「100ユーデ先を狙撃できますよ。ヴァイスさんが攻城櫓でそれを見せてくれるでしょう。確かに次発には時間が掛かりますが、その対策も考えたつもりです」
3段撃ちなら、矢を放つほどの時間差で銃弾を浴びせることが出来るだろう。
3個小隊いるんだから、40発の銃弾が次々と放たれることになる。矢と違って銃弾を受ければ1発で倒せるからなぁ。門を飛び出した魔族が移動柵まで達することは出来ないんじゃないか。
それに石火矢と放炎筒もあるんだから、門が開かれることがあっても脅威にはならないはずだ。
「父上は柵に沿って槍兵と重装歩兵を並べるはずだ。その援護が弓兵なのだが、レオン殿の陣はかなり異なるのだな」
「堪えられなくなる前に援軍を要請します。寡兵ですからねぇ。グラム殿も心配してくれました」
うんうんとティーナさんが頷いている。
それなら早くに要請すべきだと、ユリアンさんと話している声が聞こえてくるんだけど、そんなことにはなら無いと思ってるんだけどなぁ……。
「出発します。ご一緒してください」
オリエさんが自ら報告に来てくれた。
手伝おうかと言ったんだけど、首を振っているから自分達で荷車を曳いていくみたいだな。
大砲も数人がかりで曳いていく。布に包んであるから、ティーナさん達には小型のカタパルトに見えるんだろう。何も聞いてこない。
荷車の後方から付いていくと、1コルム程の距離がかなり長く感じてしまう。
時間にして半時間にも達していないんだろうが、俺にとっては1時間以上に感じられるんだよなぁ。
やがて前方に腰を下ろして待機する兵士の姿が見えてきた。
エニルが部隊を停止させると、あらかじめ備え付けられた移動柵に石火矢を運び始めた。
中央の柵が遠距離攻撃用になるのかな? 荷車から専用の滑走台を下ろして柵に取り付けている。
俺達と一緒に歩いてきた伝令の少年に振り返り、「攻城櫓の移動開始を連絡してくれ」と指示を出す。
直ぐに今歩いてきた道を駆けて行ったから、いよいよ最後の大物の移動がはじまる。
星の位置を確認すると、夜明け前の薄明が始まるまで2時間ほどの時間がある。
どうにか間にあうはずだ。他の軍はどうなっているのだろう?
今のところ、悪い知らせも無いが、良い知らせも入ってこない。
陣の移動で連絡が出来なくなっているのかもしれないな。攻城櫓が位置に着けば光通信機が使えるから、状況が分かるだろう。それまでは計画通りに事を運ぶのが第一だ。
到着して1時間も経たぬうちに、「石火矢の発射準備完了」との報告が入る。
後は攻城櫓の到着を待つだけだ。
荷車の後ろに立って後方を眺めていると、ゴロゴロという音が聞こえてきた。
夜間だが、さすがに音は消せないんだよなぁ。
どうやら攻城櫓が近付いてきた。
荷車を道から横に移動して、攻城櫓をさらに前進させる。
「どうやら運んで来れたぞ。ここで良いのか?」
「十分です。後は予定位置で待機してください」
「了解だ。小さな見張り台は隣で良いな。それを組み立てたところで東で待機する」
トラ族2個分隊でどうにか動かせるんだから、かなりの重さがあるに違いない。
車輪に車止めの木材を噛ませれば勝手に動くことはないだろう。
直ぐに観測兵と通信兵が攻城櫓に上っていく。
「やっと着いたにゃ。後は任せるにゃ」
ヴァイスさんも数人の部下を連れて登って行った。ライフルを背負って行ったから、魔族狙撃が始まるのは時間の問題になってしまった。
「通信兵から連絡が来たにゃ。『状況を知らせ!』にゃ」
「『攻撃準備完了。城壁の魔族に対して狙撃を始める』と伝えてくれないかな」
「分かったにゃ!」
ナナちゃんが光通信機に光球を入れると、カチャカチャと信号を攻城櫓の上に送ってくれた。
伝令の少年も使えるらしいから、いつでも使えるように準備を指示しておく。
「見張り台が出来たぞ。少し大きく作ってあるから見張り台の下にベンチを置いてある。テーブルも作ってあるから地図を広げられるだろう」
「ありがとう。助かるよ。万が一の時には放炎筒を上手く使ってくれ」
俺の言葉に笑みを浮かべ、片手を上げて応えてくれた。
トラ族は生まれながらの戦士だからなぁ。万が一を期待してるのが良く分かる。
見張り台は屋根に盾が6枚並べられていた。
その下はさすがに床は無いが、盾1枚を使ったテーブルとベンチが3個置いてある。
これなら十分に使えそうだ。さっそく地図を取り出してテーブルに広げると、ナナちゃんが光球を作ってランタンに入れてくれた。
明るくはなったけど、外に光が漏れてるんじゃないか?
気になって外に出てみると、毛皮を周囲に貼ってあった。入口部分にも上から下ろせるようになっているから、それほど目立たないんじゃないかな。ランタンも布で包んであるから普段よりかなり暗いからね。
少し暗いけど、地図の区画を示す文字はしっかりと読める。外に置いたベンチに南を剥いて腰を下ろしてパイプを咥える。さすがに外を歩いているとパイプの火が見えないとも限らない。
「西から連絡です。『薄明が始まったところで総攻撃を行う。合図は『N-02』に撃ち込む爆弾の炸裂を合図とする』以上です」
「『了解』と返信を頼む。それと各部隊の小隊長に、総攻撃が薄明時に始まると伝えてくれ。最後にエニルを呼んできてくれないか?」
伝令の少年達が闇の中に走っていく。
まだ東は真っ暗だが、1時間も過ぎない内に薄明が始まりそうだな。
直ぐにエニルがやってきた。
石火矢の準備状況を尋ねると、総攻撃の指示が出たところで旧型の石火矢16発を放つそうだ。
「旧型は早めに使っておきたいですね。150発を用意してありますから、20発を予備として残りは本日中に使いきるつもりです」
「最初はそれで良いけど、散発的に放ってくれないかな。出来れば夜間も使いたいところだ。予備は門が開かれた時に使えば良いだろう。それと、遠距離攻撃の準備もしてあるかな?」
「中央の移動柵を遠距離用に使用します。ガイドレールを3本取り付けました。新型ではありませんが、500ユーデ先を狙えます」
先ずは旧型の2種類を使おう。宮殿攻撃はもう少し後でも良いはずだ。
旧型は飛距離が出ないが、火薬の量はそれなりに多い。東西と南から爆弾が振ってくるようなものだからさぞかし慌てるに違いない。
「報告します!『総攻撃10分前!』の連絡がありました。東の攻城櫓に伝えている最中とのことです」
見張り台から少年が身を乗り出さ宇用にして教えてくれた。
「了解!」と答えたところでエニルに顔を向ける。
「始まるぞ! 松明を点けて準備を始めてくれ。東に爆弾が炸裂したなら、直ぐに放ってくれ」
「了解です!」
騎士の礼を取って石火矢の列にエニルが駆け出していく。
興奮した表情の少年達に、もう直ぐ始まると各小隊長に連絡を指示する。
さて、状況を見るなら、見張り台の上だろうな。ハシゴを登ると、結構な広さがある。ここにテーブルを置いても良さそうだ。後で少年達に頼んでおこう。
ナナちゃんが上って来る。伝令の少年も1人上ってきたから、通信兵の少年と合わせると4人になったが、結構頑丈に作ってくれたようで、足元がぐらつくことも無い。
「あちこちに松明が上がったにゃ!」
「隠すことはないからね。いよいよ始まるぞ。ヴァイスさん達はまだ射撃をしないけど、これから城壁に上がってくるだろうから銃声で煩くなるかもしれないよ」
俺の言葉に笑みを浮かべて光通信機を見せてくれた。近くへの連絡はナナちゃんも便りにさせて貰おう。
だんだんと東の空が白んでくる。星空が西に向かって消えていくのが少し寂しい気がするな。
そんな思いを浮かべながらパイプを楽しんでいた時だった。
ドオォン! という炸裂音が続けざまに北西から聞こえてきた。
次の瞬間、薄明の明るさを越えるような光の帯を残して石火矢が放たれた。
だいぶ明るくなったから、陣の様子が良く分かる。
砲兵部隊が次発の準備に忙しく動いている。
柵近くに動きは全くない。門が何時開くのかと、ジッと待っているに違いない。
城壁内から、炸裂音が連続して聞こえてきた。
カタパルトを使って次々に爆弾を撃ち込んでいるのだろう。
さて俺達の石火矢は……。
今度は左から3発が放たれた。しばらくすると右から同じ数の石火矢が放たれる。
早めに使い切りたい旧型だけど、これぐらいの頻度で撃ち込むなら今日1日は持ちそうだな。
上の方から銃声が聞こえてきた。
城壁に目を向けると、魔族の弓兵がだいぶ並んでいるな。弓兵は早めに潰したいところだから、柵に陣取った銃兵達も銃撃を始めたようだな。
「距離があるから、それほど銃声が気にならないな。……結構当たっているぞ!」
声の主はティーナさん達だった。やはり全体を見ることが出来るからここにやってきたんだろう。
「弓兵だけなら良いんですが、何時門が開かれるかと思うと気が気じゃないんです」
「その準備はしているだろうに。まったくレオン殿は心配性だな」
「総指揮官殿は、その心配性を褒めていましたよ。『あれは前向きな心配性だ!』と言っておられました」
ユリアンさんの言葉に思わず首を傾げてしまった。
心配性に前向きや後ろ向きがあるんだろうか?
まぁ、それは後で聞いても良いだろう。今は、魔族相手に石火矢を効果的に放つことを考えよう。




