E-285 王都攻略の最終調整は4か国で
3か国によるブリガンディ王国の王都に立て籠もる魔族対策会議は、魔族を王都から追い出すことは会議開始直ぐに決定した。
俺達の10倍を超える魔族が城壁の中にいるというのが、やはり問題らしい。
東の王国が出した案は、周囲を囲んでの兵糧攻めだった。その対案がエクドラル王国が提示した王都破壊なんだが、やはり王都を破壊すると聞いて東の王国の軍人達が思わず立ち上がるほどに驚いている。
「ブリガンディ王国の城壁は厚さが5ユーデを越えると聞いておりますぞ! さらにその高さは6ユーデ程になると言われておる。王都の門は3つだが、門を破るなど兵士を死地に送るように思えるぞ!」
東の王国からは3個大隊の筆頭指揮官を派遣してくれたようだ。バイネルと名乗ってくれたけど、副官5人連れてきたようだ。
老人と言える風貌をしているが、眼光は鋭いし贅肉などどこにも無い。今でも白兵戦が出来るんじゃないか?
兄上の副官は1人だし、グラムさんは2人を後ろに控えさせている。さすがにナナちゃんをこの場に出すことは出来ないから、マーベル共和国は俺1人だ。
「それを可能にする兵器を持っている。バイネル殿の部隊にもバリスタはあるはずだ。そのボルトを使って城壁の内側を破壊する兵器を進呈しよう。さすれば、城壁近くの建物を破壊するだけでなく延焼させることも可能だろう」
「そのような兵器をエクドラル王国は持っていると?」
「エクドラル王国だけでなく、貴族連合もマーベル国も持っている。元々はマーベル国が寡兵で魔族を相手に戦うために作った物だが、その威力と使い方を見て我が王国で試行錯誤を繰り返して作った物だ。さすがにマーベル国の兵器を上回ることは出来んが、それなりに威力はあるぞ」
「それが可能であるなら、エクドラル王国は大陸南岸を手にすることも可能ではないのか?」
「せっかく共に繁栄しているのだ。波風を立たせることもあるまい。それに下手に覇を唱えようものなら、マーベル国に王国を食い荒らされそうだからな」
「なら、マーベル国を先に下せば十分ではないか」
「1度戦って、手ひどい被害を出している。マーベル国はブリガンディより避難した獣人族の国。住民は少ないが、彼らが持つ兵器は2個中隊の戦力で魔族2個大隊を殲滅するほどだ。ワシも1度見せて貰った。あれを見た者なら、マーベル国を下そうなどとは考えんだろう」
「2個中隊で2個大隊を相手にしたと……」
場所が良かったからなぁ。あれが平地であったなら、勝利は魔族のものになっていただろう。
「最初の戦で敗退したことから、その後は小さい国であってもエクドラル王国は同等の付き合いをしている。新たな兵器を考えつくぐらいだから、腕の良い職人が揃っているようだ。このグラスもマーベル国で作られたものだ。直接取引することでエクドラルに莫大な利益を与えてくれている。これからもマーベル国とは対等の付き合いが続くだろう。それによって、エクドラル王国軍も魔族との戦を有利に進めようとしているところだ」
「ほう……。なら工房の職人を……」
やる気なのか?
それなら、東の王国が次の攻撃目標になるだけなんだが。
「その辺にしておくことだ。王国の存亡に関わるぞ。東の王国は、魔族ではなくマーベルを下すつもりなのか? それ以上、言葉を続けるのなら我等だけでブリガンディの王都を攻略することになるが?」
「いや! そのつもりはない。だが、そのような国を放っておくのも問題ではないのか?」
「エクドラル国王陛下は友好条約の親書をマーベル国に届けている。それにだ。先ほど名を名乗っていたが、正式な名を告げてはいない。彼の名はレオン・デラ・オリガン……。貴族連合を束ねるオリガン家の分家なのだ。マーベル国を相手にするなら貴族連合の動きも注意することだな」
筆頭指揮官のようだけど、グラムさんの言葉にあたふたしている。
兄上は苦笑いを浮かべているだけだけど、威圧感が俺にまで伝わってきている。兄上にはいつまでも頼ってばかりなのが心苦しいところだ。
「了解した。そこまで認められているならワシとしても下がるほかあるまい。だが、優れた兵器と魔族相手にそこまで戦える兵士を育てているなら、彼が大陸を制覇することも考えねばなるまいと思ってのこと。老人の心配事として水に流して欲しい」
「最初はワシも同じ考えだった。卑下することはない。だが、彼と彼の指揮する部隊がいるからこそ、ブリガンディの王都攻略が可能となるのだ。先ずはこの図を見て欲しい……」
グラムさんが後ろを振り返って軽く頷くと、副官が用意した図をテーブルに広げた。
俺達も立ち上がってその図を眺める。
「ブリガンディ王都の地図だ。東西南北共に1.5トレムの広さがある。王都を囲む城壁は、先ほどのバイネル殿の言葉の通り。門は東と西、それに南にあるが鉄の板で補強された分厚い門扉を二重に設えている。城壁内の魔族の数はおよそ2個大隊、2万というところだろう。攻略する我等はこれからの協議にもよるが3個大隊程度になる。およそ2千という数になる。防壁内の敵を攻略するには4倍の数で攻めねばならんというのが我等のこれまでの常識だ。反対の立場であるなら、我等でもなんとかなると思うのだが、これまでとは立場が逆であるこが、今回の戦の条件になる」
「我が国の国王陛下は、話を聞いて直ぐに国境を閉ざしたほどだ。攻め手の10倍の数が城壁内にいるのなら、攻め手を磨り潰しても門をこじ開けることなど出来んぞ」
「魔族も同じ思いだろう。ところでバイネル殿の部隊のバリスタの射程はいかほどなのか?」
グラムさんの問いに、怪訝な表情でバイネルさんがグラムさんに視線を向けた。
「軍機……、と言いたいところだが、そうもいくまい。およそ150ユーデ。これは貴殿の軍も同じではないのか?」
バイネルさんの言葉を聞いて、グラムさんの副官が定規を使って地図に線を引いていく。
「さすがに城壁からの矢は無視できまい。矢の届かぬ距離として100ユーデを考える。するとバリスタでこの範囲にボルトが届くことになる」
「ボルトを火矢にして打ち込むなら、もう少し内側に影響を与えるじゃろうが、基本はこの通りになるはずだ」
「我等の軍は、投石を行うカタパルトとフイフイ砲がある。カタパルトなら、この辺りまで……。フイフイ砲ならこの距離まで届くはずだ」
「カタパルトはバリスタと同等ということじゃな。ワシ等の軍も使っておるが、飛距離はそれほど変わらんのう。だがフイフイ砲は此処まで届くのか!」
飛距離は350ユーデを越えるからなぁ。エクドラル軍の腕木を長くした新型は400ユーデを越えるらしい。
「東西と南から、フイフイ砲を使って炸裂弾とも言える爆弾を放つ。この範囲の破壊は可能と言える」
「真ん中が残ってしまうのう。とはいえ、この範囲を破壊出来たなら攻城櫓を使って兵士を城壁内に送り込めるじゃろう。トラ族の連中が喜びそうじゃ」
「普通なら、そうだ。だがこの空白部を攻撃する手段をマーベル国は持っている」
「何じゃと! 飛距離800ユーデを越える代物になるぞ」
「石火矢と読んでいる兵器です。最大で3トレム程飛ぶのは分かっているんですが、生憎と目標を外すことが多いので困っています。今回は半分以下の飛距離ですから、それほど多くは外れることがないでしょう。とはいえ、800ユーデ先の目標を狙って50ユーデ程外れるでしょうから、数で補う所存です」
今度は目を丸くして俺に顔を向けてくる。
初めて目にしたら驚くだろうな。それは楽しみに待っていて欲しいところだ。
「そんな兵器を作ったということか……。ワシ等にそれを作ることも可能ではないのか?」
「エクドラルでは、1年過ぎてもまだ出来ぬ。工房の連中が試行錯誤を繰り返してはいるのだが……」
「戦が変わってしまうぞ。それで、この範囲を破壊できるということになるのだな?」
「何とか出来るかと。とはいえ、火薬の爆発を利用していますから、分厚い城壁の破壊は困難です」
「火薬というと、銃に込めるあの黒い粉じゃな? 火薬袋が爆発したことがあったが、かなりの被害を出してしまった。あれを使うというのか……」
「取り扱いは難しいが、我等の爆弾はかなり改良してあるぞ。火縄に点火しておよそ10数えたところで爆発する。ボルトに括り付けて打ち出す前に火を点ければ城壁を越えて落下したところで炸裂する」
ここまでは納得してくれたか。
次は少し面倒なんだよなぁ……。
「次に、万が一にも魔族が打って出ることになった時の対応になる。さすがに城壁から飛び降りるようなことはするまい。となれば、この3つの門になるのだが……」
移動式の柵を利用しての足止めしかないんだよなぁ。
門から100ユーデの場所を弧を描いて柵を2重に作る。魔族相手に矢を放ち、柵に取り付いたなら槍で対応することになる。
「放炎筒という兵器が役立つだろう。作るのは案外簡単だから、これは作り方を教授しよう。およそ10数えるぐらいの間、数十ユーデ先に炎を噴き出すことが出来る。力の無い獣人族でさえ使える代物だ。使い方次第では門前に魔族の焼死体の山を築けるぞ」
「兵器は使い捨てじゃな。最後は己の力で何とかせねばなるまい。じゃが、その前に敵を減らす兵器があるのは心強いのう」
うんうんと笑みを浮かべながらバイネルさんが頷いている。兄上は固い表情でジッと地図を眺めている。
やはり魔族が出てきたなら、白兵戦を覚悟せねばならんと思っているに違いない。
「……と言う考えなのだが、これで魔族を王都から追い出したい」
「追い出すというより殲滅じゃな。このように兵器を使い分けるということが出来るとは思わなんだ。それにしても……」
「自国の戦力と兵器を組み合わせよう等とは思わんことだ。石火矢は一度に放たれる。それは壮観な眺めだぞ」
「我等の考える戦は過去の物ということになるのじゃろうなぁ……。このような兵器の組み合わせを考えながら戦をするなど、ワシ等には考えもつかん。ワシはこれを最後に引退じゃな」
老兵は去り行くのみ……。そんな言葉が脳裏に浮かぶ。
それも寂しい感じがするな。
新たな戦術が編み出されたとしても、過去の経験は生かされるに違いない。
作戦立案時には同席して、若い連中が気付かない部分を補足するぐらいは出来ると思うんだけどねぇ。




