E-026 砂金が採れるとなれば王国が動くかも
「要するに、砂金を見つけるってことですか?」
そんな馬鹿な話……、とは思っているのだろうが、エルドさんは最後まで話を聞いてくれた。
「まぁ、そんなことなんだけどね。かつて旅の学僧が館に滞在した時に、しばらく教えを受けたことがあってね。銅鉱石の取れる場所には砂金が採れる場合もあるという話を思い出したんだ。
忙しいとは思うけど、半信半疑でやってくれないか? まったく採れない時には周辺で狩りをしてくれると助かる」
「まったく根拠のない話というわけではないんですね? なら行ってみましょう。最も砂金取りなんて初めてですから、言われた通りにやっては見ますけど……。どちらかというと土産の鹿を楽しみにということで……」
エルドさんが指揮所を出て行った。
さて、副官にどんな説明をするんだろう?
後を付けていきたい気持ちはあるけど、とりあえずエルドさんに任せておこう。
「上手くいけば来年が楽になるんですが……」
「食料確保ということですね。それは分かるんですが、自給できるまでには時間が掛かりそうですね」
「いろいろとやってみようとは思っているんですけどねぇ……。でも、万が一にも砂金が採れた場合は少し面倒になる可能性もあるんです。
ここはどこの王国の版図に入るんでしょうか? 王国の財政に問題があるようであれば直ぐに軍がやってきます。その辺りに気が回る商人だとありがたいんですけどね」
多分、サドリナ王国の版図ということになるんだろうが、魔族の版図ともいえそうだ。
交渉することで、自治権を持つ村と認定してもらえないかな。
税は取られそうだけど、税を取る以上はこっちを守ってもらわねば困るということを明確にしておけば良いだろう。
さすがに辺境領主としての地位は望めないだろうが、俺達を監督する貴族が出てくる可能性もある。
その辺りには十分気を付けねばなるまい。
俺達の上で胡坐をかこうとするような輩では、百害あって一利無しと言えそうだ。
「ここにやってきて1か月ほど経ちましたけど、どうやら冬越しの家は何とかなりましたね。城壁となる丸太壁もだいぶ伸びてきたようです」
「逃げてきた農民の人達も協力してくれてるからです。子供達も正門の石垣を作るために石を運んでくれるんですよ」
運ぶ石が握り拳ほどの大きさであっても、1度に数個は持てるようだ。10人ほどの子供が1日石を運べば200個近い量になる。
大きな石の隙間を埋めることも出来るし、石壁の間を埋めるためにも使えるからなぁ。
たまに飴玉を配ってあげるらしいけど、春分になったらたくさん買ってあげよう。
「気になるのは、ここになります。滝がいくつかあるようなのですが、滝の裏を通ることで、追手が来ないとも限りません」
「とはいえ、大群で寄せてくるのは無理だろう。念のために石の門を作っておけば十分に思えます。さすがに丸太を並べただけでは問題ですね」
俺達がここにいること、この場所に鉱物資源があること。この2つを知るなら併合するためにやってくるに違いない。
その前に、南の王国が自分の領地であることを宣言してくれれば助かるんだが、それを目的とするような交渉では裏をかかれそうだ。
結果として、自治権を持つ村であるとサドリナ王国が認めたことにしておきたい。
かなり面倒な交渉になりそうだな。
早ければ新緑の季節にはやってくる可能性があるけど、それまでには迎撃態勢を整えておきたいところだ。
「やることがどんどん増えていきますね。でも、ここで暮らすには必要なことですから」
「そうですね。さらに逃げてくる人達もいるでしょう。長屋は余分に作っておかないと……」
数軒余分に作っておけば当座は大丈夫だろう。
将来は個別の家を持つのかもしれないけど、とりあえずは寒さを凌げることで満足してもらうしかなさそうだ。
それにしても、東は盲点だった。そんな裏道があるとはなぁ。
南の正門よりも頑丈に作っておかねばなるまい。俺達がここで自給自足できたなら、絶対に明け渡しを要求してくるだろう。
それも力を誇示しての要求になるのは容易に想像できる。
南の王国が俺達を認知してくれると少しは助かるんだが、さてどうなるかはエルドさんの調査次第ということになるだろう。
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砂金を取りに出掛けた連中が5日後に帰ってきた。
指揮所のテーブルに小さな革袋が3つ載せられた。
「確かにありました。2個分隊で周辺の警戒を行いましたから、2個分隊での収穫になります。本格的に行えばかなりの量が採れるのではないかと」
「ご苦労様です。これからは河原に氷も張るでしょうから、来春を待っての採取になります。その間に道具を考えないと……」
レイニーさんが革袋を開いて中の砂金を確認している。
1つの革袋の重さは金貨数枚ぐらいになりそうだ。どんな金額になるか分からないけど、3つで金貨10枚を超える値が付くんじゃないかな。
「これで、来年の食料は何とかなるんじゃないかと。残金で武器を揃えれば少しは安心できますね」
「必要な品のリストを作ります。それを元に優先順位を作れば、商人との交渉も容易かと」
「ところで、銃による狩猟は許可できませんか?」
「銃弾が心もとないんだ。とはいえ1か月に3発程度は訓練に使いたい。だけど、銃声が敵を呼ぶことも考えないといけない。訓練としての狩猟は村の周囲を囲ってからにしてほしい」
俺の言葉に、笑みを浮かべる。
かなり進んでいるからなぁ。残り三分の一というところだから、先が見えていると考えたのだろう。
「かなり大型の鹿を目撃したらしいんですが、弓ではちょっと力不足ということなんです」
「確かに弓ではなぁ……。落とし穴を掘ったらどうだ? だけど作った時には皆に知らせて欲しい。それと、穴の中に杭を打つのは禁止だからね」
「確かに、落とし穴は使えそうだ……。
少し深く掘って、槍で止めを刺しますよ。」
俺達に手を振って指揮所を出て行った。早速始めるんだろうか?
ちょっと期待してしまうな。うまく獲れたら、皆で焼き肉パーティができそうだ。
「広場の真ん中に焚火台が欲しいですね。たまに皆で騒げそうです」
「今でも焚火を作っていますけど、あれより大きいものと?」
「村人総出の、焼き肉パーティともなると、さすがにあれでは……」
「ヴァイスに指示しておきます。すぐに作ってくれると思いますよ」
思わず互いに笑みが浮かぶ。ヴァイスさんだからなぁ。普段は面倒くさがって仕事をさぼるんだけど、興味が出ると率先してやってくれる。
きっと立派な焚火台ができるんじゃないかな。
そんな俺達の期待を裏切ることなく、数日後には立派な大鹿が2頭も担がれてきた。
ヴァイスさんの小隊が、3日で仕上げた焚火台がさっそく役に立つ。
軍属の小母さんや、農家の嫁さん達も鹿肉を串に差す作業を嬉しそうにおしゃべりしながらやっている。
焚火の周りに串を差して、たまにひっくり返して裏面も丹念に焼いている。味付けは香辛料と塩だけのようだけど、皆が嬉しそうに見てるんだよなぁ。
日が落ちると、どこからともなく皆が集まってくる。
ワインの樽が開けられ皆のカップに満たされると、レイニーさんが短い挨拶をした。
あまり長いと、皆に嫌われるのが分かっているようだ。
「乾杯!」の言葉が終わると同時に、全員の「「「乾杯!!」」」の声が周囲の山々にも木霊する。
後は良く焼けた鹿肉を齧りながら、飲むだけだ。
元々獣人族はあまり酒が強くはないんだろうな。1杯のワインでワイワイと騒げるんだからね。
三分の一ほど樽に残ったワインは、工房のドワーフ達が飲んでくれるに違いない。
「たまには皆で騒ぐのも楽しいわね。もう1樽残っていると聞いたけど?」
「新年で祝いましょう。5樽ほど手に入れたいですね。それなりの祝いもあるでしょうから」
そういえばエルフ族の神官は、どの神に仕えているんだろう?
神の祝いもきちんと行っておかないと、後々に困りそうだ。
俺達は敬虔な信徒であること示した方が、交渉事は纏まりやすいに違いない。
「そういえば、教会はどこに作ったんですか?」
「まだ作ってないの……。神の啓示が降りてこないと言ってたわ。それで毎日……、ほら、ああやって祈りながら村の中を歩いているの」
聖典を手に、ぶつぶつと聖句を呟きながら、神官が俺達の傍を通り過ぎた。
神の啓示ねぇ……。この世界の住民が信仰する4柱の神は本当にいるんだろうか?
まぁ、4柱の神とは異なる神のアトロポス様には出会えたし、精霊族のナナちゃんもいるぐらいだからなぁ。
敬虔な信者でなければ見ることができないのかもしれないな。
みんなで騒いだ翌日。
ナナちゃんと一緒に村の中を散歩することにした。
指揮所で皆の作業の進捗状況は確認しているけれど、やはり見ることも大切に違いない。
そんな俺達の前方を歩いているのは、神官様のようだ。
聖典を手に、使い古した杖を手に歩いている。たまに天を仰いで聖典の一節を唱えている声がここまで聞こえてくる。
まだ探しているということは、この村には教会を作る場所がないということなんだろうか?
神の祝福も無いような村では問題も出てきそうだな……。
神の啓示を得るために、あちこちを巡っているのだろう。村は狭いようでも案外広いからね。
森の木々をすべて倒すようなことはせずに、森の中に住居を設けた感じにしたのは、レイニーさんの考えのようだ。おかげで、村を囲う塀作りは大変な作業になっている。
「悩んでるみたいにゃ」
「どこに教会を作るか悩んでるみたいだよ。どこでも良いように思えるのは、俺の信心が足りないからなんだろうな」
「私は見つけたにゃ。どうしても見つけられない時には教えてあげるにゃ」
ナナちゃんの言葉に、思わず立ち止まってナナちゃんの頭をなでてあげた。
笑みを浮かべて頷いているから、この地にやってきたときにその場所を見つけたんだろう。
そんなナナちゃんの肩を誰かが、がっちりと掴んでいる。
思わず背中の片手剣に手をかけて、その凶行の犯人の顔を見たんだが、なんと! 先ほどまで前を歩いていた神官様だった。
「本当ですか! それで、それはどこに?」
ガタガタとナナちゃんの肩を揺らしているから、頭がふらふらしているぞ。
このままではナナちゃんが倒れてしまいそうだ。
とりあえず、神官の手を抑えて落ち着くように言葉をかける。
「……大変失礼を致しました。未だ神の啓示を受け取れずさまよう日々でしたが、さきほどお嬢さんがその場所を見つけたという言葉を聞いて、すがる思いで教えを受けに来た次第です」
「本人も教えてあげると言ってましたから、多分大丈夫でしょう。俺も興味がありますから……。ナナちゃん。だいじょうぶか?」
「……だいじょうぶにゃ。その場所を教えれば良いにゃ? この場所にやってきたときに、見つけたにゃ。1本だけほんわかと光っていたにゃ」
思わず、神官と俺が顔を見合わせてしまった。
啓示を受けたわけではないのか……。
「私が仕える神は、森の精霊神でもあります。お嬢さんが見た木は、上位神官がたまに目にする啓示と同じです」
「俺達庶民にも見えるということは、それなりの神木ということでしょうか?」
「そうなるでしょうね。無垢な魂に姿を見せようとしていたのかもしれません。このようなことが私の里で起これば、直ぐに神官見習いとして神に仕えて頂くのですが」
「生憎と、成人するまでは保護しなければならない。これはあなた方と信じる神との契約にも等しいことだ。さすがに神官見習いとして託すことはできないよ」
アトロポス神との約束は、対価まで頂いている。
ナナちゃんを引き渡すことはできないけど、手伝いぐらいは構わないだろう。
しばらくは戦も無いだろう。指揮所でじっとしているのは退屈に違いない。
ナナちゃんの案内で、俺達は問題の場所に向かった。
村の北側だな。中央よりもやや東に寄った場所が目的地らしい。
しばらく歩いているとナナちゃんが教えるよりも早く、神官がその木に駆け寄って跪く。
木漏れ日がその木を照らしているだけに見えるんだが、ナナちゃんが神官の隣に跪いて一緒に祈っているから、あの立ち木で間違いはないんだろう。
俺には周囲の木々と、どんな違いがあるのか分からないんだよなぁ……。
だが、これで教会を建てられそうだ。
住民の日々の祈りの暮らしができるのは良いことに違いない。




