E-257 これで長距離砲ができそうだ
「ブリガンディ領に砦を作るのは賛成できますが、場所と時期が問題ですね。レオン殿の言う通り、その前に尾根の南の見張り台を強化した方が良いと思います」
夕食後に集まってきた連中に今後の対応を話したところ、エルドさんが賛成を告げてくれた。
他の連中も頷いているところを見ると、反対意見は無いようだな。
「計画では西の尾根から見張り台、さらにマイヤー領まで達する石垣作りをしないといけないんでしょう?」
「魔族が今後とも同じような軍勢で攻めて来るとは限らない。魔族間の争いで魔族が1つに纏まり始めたら、軍勢は2倍を超えるでしょう。それを止めるには、木製の柵や空堀では少々心もとない防衛策になってしまいます」
「最低でも西の尾根ほどの石垣と柵ってことだな。俺達が安心して暮らすには、まだまだやることがあるわけだ」
納得はしてくれたようだが、確かに大変な工事になりそうだ。南の城壁作りは2年で終わったけど、開拓民達も手伝ってくれたからなぁ。
広い荒野で石垣を作るとなると、周囲の状況も良く監視しての作業になってしまう。
エクドラル軍が邪魔をすることは無いだろうが、魔族の偵察部隊や周辺の野犬などに注意しないとなぁ。
「待機中の兵士2個小隊と民兵1個小隊で、今年は西の柵から見張り台までの石垣を作っていきたいと考えています。民兵については種蒔きを終えてからの参戦で良いでしょう」
「物資移送は、極秘指令を出せば良いですね。荷車3台程度ならビーデル団に任せても大丈夫だと思います」
「石運びまでは任せられんか……。エルド、河原から運ぶとなれば数台は必要じゃぞ」
「ですね。そうなると、民兵を1個小隊増員した方が良さそうです。2個分隊に数台の荷車を渡して運んで貰えば、石積みの石に困ることはないでしょう。民兵の参戦が種蒔き以降であるなら、その前に俺達で数回は運ぶことになりそうですけどね」
そんな話し合いを進めた結果、雪解けと共に南の見張り台までの石垣作りが今年の主目的となった。
後は、エクドラル側と調整すれば十分だろう。
その外の事業については、新たな長屋作りと開墾を行う場所ということになるんだが毎年のように10棟以上作ってきているからなぁ。いつも通りと皆には認識されているようだ。開墾場所は、まだまだ南の城壁内だから小さな森の伐採と切り株撤去ってことかな。
だけど、植林計画はどうなっているんだろう?
ちょっと確認してみると、エルドさんが順調に推移していると教えてくれた。
「針葉樹より広葉樹を多く植えてますよ。ドングリも取れますし、何といっても焚き木の火持ちが違いますからね。良い炭になりますから全部を広葉樹としたいところですが、建材としては針葉樹が一番ですからねぇ……」
広葉樹と針葉樹の比は7:3という事らしい。
南の森には建材に使える針葉樹がまだまだあるということだから、周囲から森が無くなるなんてことは無さそうだな。
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部屋の片付けをしている時だった。ナナちゃんが夏に遊んだ水鉄砲を見付けたので、笑みを浮かべてシャカシャカと筒から延びる棒を動かしていると、突然その働きが使えることに気が付いた。
大砲を発射した時の反動をピストン棒に伝えれば、シリンダーの穴から出る水が反動の動きを吸収してくれるんじゃないか?
さすがに水ではなく油になるんだろうけど、元に戻すのはバネを使えば良いし、シリンダーに設けた穴から漏れ出る油は小さなタンクに収まるようにすればバネの戻る力で初期位置にピストンが戻る際に再びシリンダー内に充填されるはずだ。
どれほどの制動が掛けられるかは、シリンダーに設ける穴の大きさで変わるはずだから、口径の異なる穴を何種類か作って実験すれば良いだろう。
さっそくメモ帳を引っ張り出して、概要図を描きだす。
出来た概要図をガラハウさんに届ければ、今年中には新型大砲の試作機ができるに違いない。
笑みを浮かべながら、頑張って書き上げた概要図を夕食後の集まりにやってきたガラハウさんに手渡すと、ちょっと驚いている。
かなり複雑になったからなぁ。やはりガラハウさんでも手を出しにくいのかと思っていたんだが、最後に俺に顔を向けて笑みを浮かべながら小さく頷いてくれた。
「全く退屈せんなぁ。だが何を考えたのかは分かったつもりじゃ。これで3イルム口径の砲弾を数コルム先に飛ばせるじゃろうが、とりあえずは1台で良いな?」
「お願いします。最終的には数台欲しいところですが、その前に敵との距離を正確に測る方法を考えないといけません」
「じゃろうな。そうせんと、着弾補正を何度もせんといかんだろう。最初の1発を補正して2発目は敵に撃ち込みたいところじゃ」
次は、10コルムを測れる距離計か……。観測班を作れば数コルムでも良さそうだが、現在の距離の計測方法は50ユーデ程離れた場所から目標の確度を測り、メモの上で三角形を作って距離を算出する方法だからなぁ。
もう少し便利に使える方法を考えないといけないな。
雪解けにはまだまだ間があるから、今度は距離計について頭を悩ます。
三角形を色々と描いてる時だった。直角三角形なら、角度を測るのは片方で良いはずだ。
底辺の長さを一定にしたときの、三角形と頂点までの長さは、直角でない方の確度によって決まる。
その角度と直角部と頂点までの長さには明らかな相関関係があるから、いろんな角度で三角形を作って、角度の長さの比を作ってみることにした。
60度ではほとんど目の前だから、70度から5度刻みに三角形を作って頂点までの長さを計っていく。
角度が直角に近づくにつれ、どんどんと距離が伸びていく。
80度から88度にかけてさらに2度刻みの三角形を作って詳しく調べてみた。
どうやら、距離を三角形で知るには86度から89度付近を使うことになるみたいだな。
さすがにこの辺りの確度を微妙に読み取り事は出来ないだろうから、同じ倍率の望遠鏡を作り、双眼鏡のように覗きながら片方のレンズの確度を動かすことになりそうだ。
どんな形になるんだろうと、概念図を色々と描くことになる。
もう1つの記憶から浮き出してきた形を参考にして、最終的に出来た概要図は、長い筒のような形状の代物だった。
筒の前後の側面に対物レンズがあり、中央部に2つの接眼レンズがある。筒の直ぐ内側に置いたプリズムで光軸は直角に曲がるから、説眼レンズの前に置いたプリズムを使って光軸をもう1度直角に曲げる。
これだけなら双眼鏡に見えなくもないが、筒の長さが2ユーデもあると、両眼で覗いた風景が一致しない。
それを一致させるように片方の対物レンズの裏にあるプリズムの角度を微調整できるようにする。
両眼で覗いた風景が重なった時のプリズム角度がすなわち距離に見合った角度になるわけだ。
角度の調整には減速歯車を使って、歯車に距離目盛を刻んでおけば、距離が直ぐに分かるということになるわけだが、果たしてちゃんと使えるんだろうか?
レンズとプリズムについてはエクドラル王国に外注も出来るだろうから、エディンさんに依頼して、筒と減速歯車、それにレンズ等の取り付け部分についてはガラハウさんに頼むことにした。
「今度は、変な望遠鏡じゃな? これで距離が分かるのか?」
「やってみないと分からないんです。とりあえずこの歯車で回る部分に目盛りを刻んでくれませんか?」
「結構、面倒な細工になるが、ワシの出来る範囲で作ってやろう。レンズは外注したんだな?」
「さすがにそこまでガラハウさんに頼めませんからね。エディンさんに頼むつもりです」
「よし、とりあえずは等分目盛りを刻んでおくぞ。上手く使えるようなら、距離を直接目盛りに刻んでやる」
ガラハウさんとワインで乾杯して、成功を祈ることにした。
これが無いとどうしようも無いからなぁ……。
これで忘れていることは無いはずだ。方位はコンパスを使って周囲を360分割したコンパスが既にあるからね。
指揮所に戻ると、何時ものようにレイニーさんとナナちゃんが暖炉の傍のベンチに座って編み物をしていた。
まったく庶民的な大統領だよな。今度も小さな靴下を編んでいるんだけど、赤ちゃんというわけでは無いようだ。ナナちゃんも同じ大きさの靴下を編んでいるみたいだな。
自分のカップにポットからお茶を注いで、ナナちゃんの隣の腰を下ろす。
「ナナちゃん。今度は誰の靴下を編んでるの?」
「新しくやって来た子供達用にゃ。穴が開いてる靴下を履いてたにゃ。あれじゃあ、この冬は足が冷たいにゃ」
ナナちゃんの言葉に、レイニーさんの顔を向けると俺の視線に気づいたのか、小さく頷いている。
「そうなんです。服は倉庫に在庫があったんですが……」
「大変ですね。まだまだ来るかもしれません。夏用、冬用はある程度用意しておかないといけませんね」
「エクドラさんと話はしたんですけど、冬場にやって来るレンジャーは不定期なんです。幸いに毛糸はありましたから、大急ぎで編んでいるんですよ」
マーベル共和国の立地場所が問題ってことか。今は雪に閉ざさせる時期だからね。
だけど、靴下を編める人は案外多いんじゃないかな。靴下に手袋ぐらいは新品を渡してあげたいと他の人達も頑張っているに違いない。
こういうところが獣人族の良いところなんだよねぇ……。少しは人間族も見習ってほしいところだ。
「レオンの方は、一段落したんですか?」
「何とか目途が立ちました。ガラハウさんにお願いしましたから、早ければ今年中に試験が出来ます。一応これで、兵器開発を閉じるつもりです。後はこれまでの兵器を組み合わせて魔族に対処したいですね」
「サドリナス領の分配が、今後どのように影響してくるか分かりません。それでも、これ以上は必要ないと?」
「ええ、これ以上作ったなら、俺達の次の世代がこの大陸に覇を叫ぶかもしれません。これから住人が増えても兵士をあまり増やしたくないところです。『消費すれど生産せず』が軍隊ですからね。軍備を拡充すればするほど、そのための資金が拡大していきます」
国力に会わない軍備は、貧乏へ足を踏み出すことになりかねない。
今のところ、他国に真似ができない製品を作ることで何とか維持できているけど、それがいつまで続くかは微妙なところだからなぁ。
既に砂金の採掘は、年に1袋にも達しなくなってきてる。
それに代わって陶器で埋め合わせをしてはいるんだが、エクドラル王国も作り始めるんじゃないかな。
俺達の独占が続くのは数十年程度と考えてはいるんだが……。




