E-256 放炎筒はヴァイスさんも使えるようだ
エディンさん達の帰国に合わせて、ティーナさん達も旧王都に戻って行った。
サドリナス領の分割が終わったようだから、新たにやって来た貴族達との交流も仕事になるんだろう。
春分ではなく夏至になるかもしれないと言っていたけど、ティーナさんもそろそろ身を固める年頃だからなぁ。
色々と世話になっているから、その時に何を送るかそろそろ考えておいた方が良さそうだ。
新たな住民達がこの国の暮らしに少し落ち着いてきたころ、雪が降りだした。
初雪だけど北風が強いから、このまま根雪になりそうだな。
たまにナナちゃんが外に出て、雪の深さを教えてくれる。
半日でナナちゃんのブーツが潜ってしまうほどだ。明日は兵士達に通りの除雪を頑張って貰わねばなるまい。
「それにしても急に降ってきましたね。焚き木はたっぷりと準備してありますから、凍える住民はいないと思いますが……」
「避難民達の様子を、更に積もる前に見て来ましょう。子供達だけで暮らしている長屋もありますから」
我が共和国の秘密組織であるビーデル団に、極秘命令が伝わったらしい。
それにより子供達が暮らす長屋にビーデル団の年長組が2人ずつ派遣されていると、
この間の集まりでエクドラさんが教えてくれたんだよね。
極秘命令ということに皆が大笑いをしたんだけど、よくよく考えてみれば大人達が身の周りの世話をするより子供達に任せた方が良いのかもしれない。
火だけは注意するようにと、水を入れた桶を2つ暖炉近くに置いているらしい。
「それじゃあ、出掛けてきますね。ナナちゃん、一緒に行く?」
「行くにゃ!」
暖炉傍のベンチから編み物を放り投げるようにしてナナちゃんが立ち上がる。
ベンチ近くの壁のフックから自分のコートを取って急いで着込んでいるぞ。後は手袋をすれば完了みたいだ。
レイニーさんも準備が出来たようで、「お留守番をお願いします!」と言いながらナナちゃんと手を繋いで指揮所から出て行った。
多分、一回りしたところでヴァイスさん達のいる屯所にも顔を出すんだろう。ミクルちゃんはヴァイスさん達と一緒の筈だからね。
さて、1人で何をしようかな?
とりあえずカップのお茶を淹れなおして、パイプに火を点けた。
暖炉傍のベンチに移動すれば、パイプの煙りが暖炉に吸い込まれていくから、帰ってきた2人に「臭い!」と言われることも無いだろう。
バッグからメモを取り出して、どんな課題が残っているのかを眺めてみる。
結構時間の掛かりそうなものばかりだな。それに俺1人で何とかできるようなものでもない。
メモを捲って、あまり上手ではない自分のメモの内容を読み進めていると、とある項目に気が付いた。
これって……、ガラハウさんにまだ話していなかったんだろうか?
出来たら当然のごとく皆で試したはずなんだが、そんな記憶が無いんだよなぁ。
今夜にでもガラハウさんに確認してみよう。
西の尾根の防衛に役立ちそうだし、既存の火薬で出来るならエクドラル王国に技術提供しても問題は無いだろう。
とはいえ、原理は石火矢の装薬に近いことも確かだ。だけど石火矢を飛ばしてなおかつ爆発させるのは提供する技術だけでは無理かもしれない。
ティーナさんが帰って来たなら、その辺りを調整すれば良いだろう。
その前に、数本この武器を作っておく必要があるな。
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雪に覆われた年越しを終えると、今年の予定を皆で話し合う。
秋分に姉上が、マーベル共和国の直ぐ南の領地を持つ貴族に嫁ぐのは皆が知っている。少しは南の脅威が減ることは間違いないだろうが、それよりもレイデル川の東画問題だ。
同盟軍に弓兵を1個小隊派遣しているから、エニル達の即応部隊を使ってレイデル川の監視を継続することになる。
「全く、頼んでおいて忘れるとはのう……。とりあえず10本を作ったが、試してみるか?」
「そうですね。最初は固定して試してみましょう。その後で……、ガイネルさん、手伝ってくれませんか?」
「俺の部隊か? 俺の部隊を使うということは……、かなり力がいるということだな」
俺が頷くのを見て、笑みを浮かべている。
トラ族の兵士の反応を見て、エルドさんやエニル達に使えるかどうかを判断して貰おう。
翌日。朝食を終えると中央楼門に続々と人が集まってくる。
用意した放炎筒は5本。その内の1本を城壁の矢狭間と丸太の三脚を使って水平になるように乗せた。
「固定はしないのか?」
「これは手に持って使うんです。反動がどれほどか分かりませんから、近くには寄らないでくださいよ。炎が噴き出しますからね」
俺の話を聞いて、エルドさんが慌てて周囲から兵士を退かしている。
周囲に誰もいなくなったのを確認して、ガラハウさんが筒先に付けた導火線に松明で火を点けた。
ジジジ……、と導火線が燃える音だけが聞こえる。話声さえ聞こえてこない。
次の瞬間! ゴォォーっという轟音を立てて、炎が筒先から延びた。
炎の噴出距離はおよそ20ユーデ、かなり太いな。2ユーデほどの広がりがありそうだ。
10秒程炎の噴出が続くと、ドォン! という音と共に後方の蓋が吹き飛んだ。
「ほう、後ろにも影響があるのか!」
「使う時には後方に兵を立たせられんな。蓋があれほど勢いよく飛んでいるんだ。ちょっとした石礫並みだぞ。それに炎も少しは出るんだな」
「反動はあまり無さそうじゃな。ガイネル、持ってみるか?」
「西の尾根で使うなら、手で持つ必要がありそうだな。どれ貸してみろ!」
ガイネルさん自ら試してみるのか。
さてどうなるんだろう?
ガイネルさんが腰だめに放炎筒を抱えると、ガラハウさんが筒先の導火線に火を点ける。
炎が噴き出した瞬間、ガイネルさんがビクっと震えたが、びっくりしただけなんだろう。
体の向きを変えながら噴出する炎を操っていると、突然筒の後ろから蓋が吹き飛んだ。
「これで終わりか! ガラハウ、これは使えるぞ。数人で使えば押し寄せてくる魔族を一網打尽に出来るんじゃないか?」
「ガイネル殿! 俺にも使えるでしょうか?」
エルドさんの問いに、にやりと笑みを浮かべたガイネルさんが大きく頷いている。
「予想より反動が無い。エルドなら大丈夫だ。最後に蓋が飛ぶから驚くなよ」
うんうんと頷いたエルドさんがガラハウさんから放炎筒を受け取ると、ガイネルさんと同じように構えて、筒先から炎が出るのを楽しんでいる。
残った2本を他の兵士が試したところで今日の催しは終了したけど、残りの5本も後に試すことになったようだ。
ヴァイスさんまで名乗りを上げるんだからなぁ。長く伸びる炎を自分の意のままに操れるのが面白そうだということなんだろう。
「雪解けまでに30本程作っておこう。石火矢よりも容易じゃからなぁ」
「真後ろはちょっと危険ですね。もう少し長く使えれば良いんですが……」
エルドさんの言葉に、ヴァイスさんが頷いている。だけど魔法を使っても放炎筒のような攻撃は出来ないし、魔法で作った炎の壁の持続時間は10秒にも満たないからなぁ。
俺には十分に思えるんだけどねぇ。
「ヴァイスにも持てるなら、もう一回り大きく作ってみるか。それで再度試してみてくれ」
ガラハウさんの言葉に、試してみた連中がうんうんと嬉しそうに頷いている。
最後の、ドォン! という反動が大きくなると危険じゃないのかな?
それでもガイネルさんなら問題は無さそうだけどね。
10日ほど経って、ガラハウさんが一回り大きな放炎筒を作ってくれた。
さっそくガイネルさん達が試してみたんだが、ガイネルさんはもちろんのことヴァイスさんまで問題なく使うことが出来た。
炎の放出距離は30ユーデ近くに上がっているし、持続時間も十数秒程に向上している。噴出する炎の太さは同じだが、最後のドォン! という音と共に吹き飛ぶ蓋の威力も上がったようだ。
危ないというより危険だな。当たったら間違いなく怪我をしてしまいそうだ。だけど、放炎筒を持っている連中には、それが面白いらしい。
これで終わりだと、明確に教えてくれると話してくれた。
「こりゃ良いぞ! ガラハウ殿。これを揃えてくれ」
「これなら魔族をたっぷり炙れるにゃ。でも、使いどころが難しいにゃ」
「左右に兵を置けますが、後方は無理。それを承知して使うなら問題はないでしょう。とは言え数人で並んで使いたいところですね」
3ユーデ程離れて数人が並んで使うなら、かなり面白いことになりそうだな。
手で持ちだけでなく、地上に固定して使っても面白そうだ。後方に放炎筒より高い土塁を築けば吹き飛ぶ蓋を止められるだろう。最初に作った砲炎筒をエクドラル王国軍の機動部隊に提供すれば、押し寄せる魔族を足止めも出来るだろう。
「レオンの兵器開発はこれで終わるんでしょう?」
指揮所に戻ったところで、レイニーさんがお茶のカップを俺の前に置きながら問いかけてきた。
「終わりにしたいですね。石火矢に大砲とライフル、それに今回の放炎筒。これで魔族の攻勢を跳ね返したいところです。寡兵であることは変わりませんから、なるべく白兵戦にならないような戦をしなければなりません」
「問題は東と南西ということですか……」
エクドラル王国軍とは同盟軍を作っているぐらいだからなぁ。それなりに相互の状況をある程度は補完できるのだが、東はそのような関係を持っていない。
ブリガンディの南方については貴族連合の勢力範囲だから、王子様の領地に魔族が侵入する可能性はほとんどないだろう。
だが、マイヤーさんの領地と俺達マーベル共和国については東のレイデル川の対岸はブリガンディ王国と魔族の闊歩する土地だからなぁ……。
早い段階でマイヤーさんとの協力関係を築く必要がありそうだ。姉上の夫になる人物だから、ある程度の危機管理が出来るに違いない。
レイデル川の監視体制と、迎撃態勢造りは早めに構築しておかねばなるまい。
「レオンは、ブリガンディ領に砦作りを考えているんですか?」
「あった方が、迎撃は容易でしょうね。それだけレイデル川流域の脅威を低減できます。ですが、まだ時期ではないでしょう。尾根の南の見張り台に対する魔族の脅威が低下してからで十分に思えます」
東門の防備は、滝向こうの広場に見張り台を設けたことで、かなり脅威は低下している。攻めて来れば見張り台を放棄して東門と東の楼門からの石火矢と大砲で阻止が可能だ。滝裏の道を通って東門に到達できる魔族が果たしているかどうか。
さらにレイデル川自体が天然の要害でもある。
渡河に時間を要するし、その準備に時間も掛かるだろう。早期発見に心掛ければ即応部隊で対処できる。
それに比べて、マーベル共和国の南西はちょっと心許ない。
魔族が尾根沿いに南下して、マーベル共和国の南西部に侵入した時は、かなり荒らされそうだ。
それが予想できるから今のところ開拓村を作る予定は無いのだが、将来的には対策を取らねばなるまい。
先ずは南西部の防衛能力の強化だな。
まだまだ冬は続くから、良く考えてみよう。




