E-252 いよいよエニル達の部隊を動かせる
新型石火矢の装薬は爆発的な燃焼ガスを後部のノズルから噴き出すことで空を飛ぶことが出来る。この燃焼速度を制御するために火薬の配合比率を色々と変えて最適な混合比率を導き出したんだからガラハウさんには頭が上がらないなぁ。
装薬を突き込んだ薬室の形状を後方に向かって細くし、補足した部分に外形が同一となるよう4枚の翼をやや斜めに取り付けた。
発射装置の筒から飛び出した新型石火矢は回転しながら目標に向かって飛ぶことになる。立ったこれだけのことで1コルム先の散布界が50ユーデほどになったんだから、ガラハウさんが驚くわけだな。
「大砲を作らずに、これで十分ではないのか? 2連装の発射機じゃから、3射もすれば目標に当たると思うんじゃが」
「6発でどうにかでしょう? 大砲なら1発目から当たるかもしれませんよ。それに射程が遥かに長いですからね。直ぐには必要なさそうですが、開発はしていきましょうよ」
しばらくは試作した後装式大砲を使うことになりそうだけど、防衛戦だけの運用だからなぁ。攻勢に使うにはまだまだ色々と考えないといけない。
「とりあえずは2台になるが、秋までにはさらに4台作れるじゃろう。6台で十分かな?」
「砲兵部隊の徴募があまり進んでいないんです。出来れば8台としたかったんですが、それで何とかします」
「小型の石火矢も使える筈じゃからな。移動はボニールを使うのじゃろう? 発射装置に直接車輪を付けたから、移動は容易いじゃろう。何度か試射をするんじゃぞ」
試射は数回予定しているから問題は無いと思うな。
新型石火矢の改良版の現在数は50発だと言っていたから、20発程試してみるか。
どうにか第2即応部隊の形が出来たということで、夕食後の集まりで皆に説明をしたんだけど、ヴァイスさんからブーイングが出てしまった。
「銃兵1個小隊を騎馬兵にするなら、私の小隊を騎馬兵にするにゃ。リットン達と後退も出来るにゃ」
言ってることは真ともなんだけど、ヴァイスさんだからなぁ。荒野をボニールで駆け回りたいに違いない。
さてどうしようかと考えていると、エルドさんからも賛成の声が上がった。
「やはりリットンだけに辛い役目を押し付けるのも考えものです。ヴァイスなら十分に役立つに違いありません」
「相手をおちょくるなら私に任せるにゃ」
そんな自信はない方が良いように思えるんだけど、多勢に無勢で押し切られてしまった。
「新たにボニールを手配しますか?」
「いや、何とかしましょう。エニル達がレイデル川の監視を主体にすることになりますが、東門はエルドさん達に任せても大丈夫なんですか?」
「東の楼門に2個小隊を置くから大丈夫ですよ。滝向こうの広場の先まで楼門の見張り台から見通せますからね」
「西は、俺の方で担当する。マクラン殿が2個小隊派遣してくれるから、余裕があり過ぎるぐらいだ。尾根の西にもう1つの柵だったな。俺達で何とかなるだろう」
ダレルさんもイヌ族なんだよね。エルドさんより精悍な顔付をしているからナナちゃん達が怖がる時があるんだが、これで西は問題ないかな。
ガイネルさんが即応部隊として西の楼門付近にいてくれるから安心感が倍増する感じだ。
「そうなると、エニル達の屯所を作らねばならんな。さすがに東門の屯所は手狭だろうに」
「近くにテントを張ってるぐらいですからね。場所的には東の楼門近くが良いんですけど……」
「それなら、譲りますよ。中央楼門の屯所がありますし、エニル達の屯所も使えるなら問題はありません。でも中隊となると一棟増築すべきでしょうね」
エルドさんの申し出をありがたく受けることにした。増築もしてくれるらしいから引っ越しだけをすれば良いらしい。
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「何とか部隊として体制が整いました。ここに小隊長と詰めることにしますが、当座は何を?」
どうにか引っ越しを終えて、屯所の一角に作った作戦室に10人ほどが集まった。
エニルと副官それに小隊長が4人と通信兵が2人。俺とナナちゃんは此処で良いのかな? レイニーさんの副官なんだけどね。
「新型石火矢の発射装置の習熟とレイデル川の監視をすることになる。エルドさんに作って貰った地図を渡しておくよ。ここが俺達の渡河地点。俺達の国の南端だ。ここまでの距離は徒歩でおよそ3日なんだが、エルドさんの部隊がこの辺りで砂鉄を採取しているからさらに南に下がった場所で石火矢発射の手順を学んで欲しい。そういえば観測装置は手に入ったのかな?」
「方位角測定儀と距離計を2式ガラハウ殿より受け取りました。荷車2台に簡易見張り台を搭載しています」
簡易見張り台といっても、柱2本に盾を数枚組み合わせたものだからなぁ。それでも身長より高い足場を確保できるから他の中隊でも用意しているようだ。
夜はテント泊になりそうだけど、今のところはレイデル川の西岸に異変は無いからね。
「ついでに光通信機の中継所を建てられそうな場所も見つけてくれないかな」
「了解です。やはり数か所になりそうですね」
「ああ、できれば南の見張り台のように作りたいところだけどね。だけど人がいないからなぁ。これから増える通信兵に期待したいところだね」
2次徴募でどうにか12個分隊の銃兵を作ることが出来た。3個小隊に分けて、3個分隊の砲兵を作り10人の通信兵と5人の中隊付きの銃兵を作ったんだからそれなりの働きが出来るに違いない。
砲兵には10イルム銃身の上下2連の拳銃を持たせたし、通信兵には6イルムの拳銃を持たせた。護身用には十分だろう。
小型の爆弾も銃兵小隊に各10個ずつ配布してあるし、荷車には20個程搭載してるようだ。レイデル川を挟んだ状態なら、魔族1個大隊を阻止できるんじゃないかな。
「それで、明日から出掛けるんだね?」
「部隊の行動速度を確認したいところです。数日後には帰投しますが、その後は銃兵1個小隊ずつを送り出してレイデル川の監視を継続します」
相変わらずエニルの責任感に感心してしまう。さてそろそろ引き上げるか。
女性ばかりの部隊だからなぁ。何となく居辛いんだよね。
指揮所に戻ると、レイニーさんがのんびりと編み物をしている。
ナナちゃん達は、どこかに出掛けたのかな?
「ご苦労様です。エニル達の様子はどうでした?」
「明日には出掛けるそうです。とりあえずは石火矢発射装置の熟達に主眼を置くようですね。ついでにレイデル川沿いに設ける信号中継所の候補地を探して貰うことにしました」
「急に石火矢を放ったら、砂鉄採取の部隊が驚くかもしれませんね」
「事前連絡はすると思いますよ」
ブリガンディにかなりの被害を与えた魔族はとうに引き返したらしい。
国力が低下しているから、魔族の襲撃を受けるたびに戦力が枯渇していくに違いない。持って数年というところじゃないかな。
だが、魔族は地上の土地を利用するんだろうか?
案外荒れたままにしてしまいそうにも思えるんだよなぁ。魔族間の争いが無いなら地上世界にも住み始めるんだろうけど、単なる獣の狩場となってしまいそうだ。
沿岸に領地を持つ貴族連合が戦力を積み重ねていけば、領地の拡大も視野に入れられる可能性もある。
その時に東の王国が食指を伸ばさなければ良いんだけどね。エクドラル王国はサドリナス領で手一杯の感じだから、レイデル川の東に版図を広げようとは思わないだろうな。
「魔族のいない間に、監視の手順を確立するということですか?」
「出来れば見張り台を兼ねた中継所も作っておきたいんですが、さすがに資材が足りませんね。来年以降になってしまいそうです」
「避難民も一段落したようです。貴族連合からの孤児達も、後1度やって来るだけになります」
「それだけ落ち着いたということになるんでしょうね。それにしてもだいぶ住民が増えました。レイデル川の状況次第では南にも村を作れるかもしれませんね」
塔門から南に半日程度なら、万が一の避難も容易だろう。
開拓はこれからだけど、開拓が可能な状況になりつつあるな。
レイニーさんが編み物の手を休めて、お茶を淹れてくれた。
ありがたく頂いて、パイプに火を点ける。
「敵めがけて、子供達にも石を投げて貰ったのが昨日のようです。さすがに今ではそこまでの戦が起こることは無いと思っていますが、エルド達が指導しているんですよ」
「備えあれば……、という言葉もあるぐらいですから問題はないでしょう。それに、どうしても魔族が気になるんですよねぇ。エディンさんに聞いた話ではブリガンディはかなり痛手を受けたらしいです。俺達が砦にいた時代とはまるで違ってしまいましたから、それが魔族間の争いに影響を及ぼすことも考えられます」
「例の魔族の複数国家という話ですね。今までにない大軍とまだ見ぬ魔族……。本当に来るんでしょうか?」
「来たとしても跳ね返せるよう、努力したいところです」
何とかして長城計画を、エクドラル王国に認めて貰いたいところなんだけどなぁ。
サドリナス領の分割が次の魔族の襲撃にどの程度影響を及ぼすかを確認してから相談してみるか。
現状では、それほどの資材を投入する利点は無いからね。せいぜい、柵を東西に伸ばす程度に収まってしまっている。
「ところで、孤児達と養育者は上手く行ってるんでしょうか?」
「私のところは問題ないですよ。ヴァイスが弓を教えると言って、今日も連れ出してますけど、ナナちゃんまでには行かないでしょう」
まだ小さいからねぇ……。とはいえ将来の弓兵ということになるんだろう。出来れば銃兵にしたいところだけど、俺が言っても反対するんだろうな。
「他の孤児達も今のところ不満はないようです。フィーナ様にしばらく見守っていてくださいと頼んではいるのですが、子供達は日増しに明るくなっていると教えてくれました」
子供を育てたことが無い連中の子育てだからなぁ。俺も気になって、マリアンに離れた場所から見ておいて欲しいと頼んではいるんだが、やはり問題は無いということなんだろう。
子供は皆で育てるという、獣人族の養育に対する考え方がうまく行っているということなのかもしれないな。




