E-245 前装式大砲を教えよう
「すると今回の出来事で、魔族の侵攻方向が変わる可能性が高いということになるのか?」
「魔族がレイデル川沿いに南進すれば、背後を俺達に閉ざされる可能性が出てきます。それが理解できる指揮官であれば良いんですが……」
魔族の中にはかなり頭の切れる連中もいるからなぁ。全員がゴブリンならありがたいんだけどね。
「とは言っても偵察部隊はレイデル川の東を動き回るでしょう。でも川を渡ることはほぼ無いと思います」
「皆無とは言えんか……。1個小隊規模での巡察で十分と考えてよいのか?」
ティーナさんの問いに、小さく頷いた。
1個小隊は必要ないだろうと思うけどね。1個小隊を半分に分けて巡察の頻度を上げるべきかもしれないな。
「これでブリガンディの崩壊が速まるかもしれませんね。まさか、そのために魔族の侵攻方向を変えたわけでは無いですよね?」
「そこまでは考えていませんが、ブリガンディの王国軍の弱体化は進むでしょう。果たして人間族だけでどこまで魔族を押えられるか……。戦をすればするほど戦力が低下していくと思います」
父上達の貴族連合はどうなっているのだろう?
俺達のように民兵の訓練をしているということだが、魔族の足を止めるだけの設備を構築しないと、クロスボウを装備した民兵が恐怖に狩られて逃げ出しかねないぞ。
街道を越えるようなことがあれば、ブリガンディを挟む王国が軍を派遣する可能性もある。
いかに街道を守ろうかという動きがブリガンディ王国を抜きにして議論されている状況だからなぁ。
ブリガンディの王制は既に黄昏を迎えつつあるようだ。
「気になるのは、魔族軍の野営地です。レイデル川に沿って南進しようと考えているようですけど、レイデル川の流域図はまだありませんからね。そのままブリガンディだけを狙ってくれれば良いんですが、川を渡河するようであるなら問題ですよ」
「マーベル国が先手を打ってはいるが、油断は出来ぬということか……。ユリアン至急父上に状況報告をして欲しい。とりあえずは1個小隊を使ってのレイデル川西岸の巡察。それとレオン殿達の渡河地点に1個中隊程駐屯させれば十分だろう。レオン殿達でさえ川舟を使っての渡河だ。泳いで渡れるとも思えんが弓隊なら渡河途中で敵を攻撃できるだろう」
「了解です。今回の攻撃も合わせて報告いたします」
ユリアンさんが去ったところで、再び地図を眺める。
さすがに大軍をこの地に押し出すことはしないだろう。となるとそのまま南下する考えも少し変えるかもしれないな。俺達が駐屯していた砦の東に軍を進めて街道を脅かすことも考えられる。
「やはり東に少し進路を変えると思います。石火矢の射程は最大でも300ユーデ程、でも試作した石火矢は2コルム程の射程を持ちますからね。侵攻している最中に背後を脅かされる可能性は魔族としても避けるでしょう」
「そんな石火矢を作っておったのか! さすがと言えばさすがだが、量産は可能なのか?」
「案外簡単なんですが、当たりませんよ。今回も500ユーデ程目標から逸れましたからね。飛距離も安定していません。風の影響をもろに受けるんです。敵を脅すのには丁度良いんですが……」
とはいえ4発の試射で仰角と飛距離の情報を得られたからな。発射台の方位角をずらして10発程度同時に発射すれば1発ぐらいは敵軍の中に落とせる可能性もある。
だが、それなら今回作った大砲を改良した方が良いように思える。現在でも1コルム以上の飛距離を得られるのだ。
砲弾を一回り大きくして薬莢の装薬量を増やせば3コルム程度の飛距離は得られるだろうし、回転する砲弾は風の影響を大きく受けるとは思えない。
「兵器の開発は難しいものだな。エクドラル王国も今回同盟軍が使用した石火矢を模造しようとしているが、その場で爆発してしまうと言っていたぞ。火薬の量を減らすと爆発はせぬが、今度は飛距離が足りないそうだ。このまま開発を続けるようだが、よくもあのような兵器を作れたものだと皆が感心しておった」
さっそく模造を始めたか……。
装薬と炸薬で火薬の質が違うことは教えないで置こう。
「苦労して考えた品ですからね。教えることはしませんよ。でも模造するなら爆裂矢を早めに作った方が良いと思います。矢でオーガを倒せるんですからね。利用価値は高いと思いますが?」
「量産しているらしい。弓兵に3本は持たせたいということだったな。さすがにマーベル国の爆裂矢程の威力は無いであろうが、数本をオーガに突き立てれば倒すことも可能だろう。それに一度に大量に用いればゴブリンの一斉突撃にも有効に違いない」
100本を超える爆裂矢が降り注げば、ゴブリン達の足を止めるのも可能かもしれないな。
「兵器を渡すのを躊躇うのは理解できる。さすがに石火矢の秘密を教授して貰うのは無理があるだろうが、各楼門に装備している大砲については教授して貰うことは可能ではないのか?」
「あれですか……。エクドラルとブリガンディ連合軍の攻城兵器を跳ね返した品ですが、その辺りの情報は知っているということですね」
俺と視線を合わせて頷いたところを見ると、門の防衛には極めて有効と判断しているに違いない。
あれは防衛兵器も良いところだし、あれを使って周辺王国を征服しようなんて考えは出来ないんだろうが、いくらでも改良を施すことが可能なんだよなぁ……。
レイニーさんに顔を向けると、俺の視線に気が付いて小さく頷いてくれた。
レイニーさんでは想像すらできないか……。
「俺達は門の防衛兵器として使っています。ティーナさん達もその有効性から教授を望んだんでしょうが、少し改良するととんでもない兵器になるんです。それを知ってのお話でしょうか?」
「ん? 単に門の防衛兵器ではないのか? 改良するとしても現状の使い方以外に方法が無いように思えるが?」
首を傾げているところを見ると、まったく分かっていないようだ。
さてどうするか……。
エクドラルの兵器工房がどれほどの技術と発想を持っているかだろうな。
前装式の大砲は後装式の大砲を越えられない。ましてや砲身内に溝を掘ることなど考えもしないはずだ。
教えてあげるか……。少なくとも、俺達に砲弾を放ったならエクドラル王国を滅ぼすことも今では可能だろう。
「そうですね……。教えましょう。そもそもあの大砲は銃を大きくしたものなんです。砲口から火薬と砲弾を詰めて押し込み魔石を使って点火します。反動はかなりのものですから砲身を固定した砲架は太い木材を組み合わせたソリを使っています……」
席を立って、黒板を使って構造を説明する。
ティーナさんが自らメモを取っているのはユリアンさんがまだ戻ってこないからだ。
「すると、火薬の量はきちんと図って布袋にあらかじめ用意して置くということか。砲弾が鉄屑とはなぁ。それも紙の袋に詰めた後にさらに布で包んでいるのだな。それを使えば……、なるほど全体としては銃と同じに思える」
「これがあの大砲です。問題は大砲を作っている砲身ですね。火薬を大量に使いますから、その炸裂に堪えないといけません。俺達は何度も砲身の厚さを変えて実験したほどです。10回程試射してヒビが出ないことを確認しています。さて、これが門の中に用意している大砲なんですが、少し改良すれば攻城兵器として使うことが出来ます……」
大砲の口径を大きくしてさらに火薬の量を多くする。砲弾は球形の鉄の弾だ。
「砲身の口径を3イルムほどにした大砲なら、この改良で鉄球を1コルム以上飛ばすことが可能でしょう。着弾の衝撃で門や城壁を破壊できるはずです。さらに、俺達が使っている大砲の有効射程は30ユーデ程ですが、この大砲を敵軍に向かって水平に打ち出せば……、鉄球が地面を何度も跳ねて敵兵を蹂躙するでしょう。さらに中空の鉄球に火薬を入れて使えばさらに効果が上がります。10門も並べて使えば周辺国を制覇することも可能ですよ」
「それを知っていて、大砲をあの程度に制限しているということか!」
かなり驚いたんだろうな。椅子を蹴飛ばすようにして立ち上がって俺に真剣な顔を向けてきた。
「そうです。それなりの人物が見れば直ぐに作ってしまいそうでしたからね。なるべく敵に見せることが無いように門の中で使用していたんです」
「さすがに、そのような兵器になるとは思わなかった……。だが、これを教えるということは……」
「あの大砲を改良したとしても、今俺が開発している兵器を越えることが出来ません。万が一にもマーベル共和国に対して大砲を使うような事態になれば、その威力を知ることになるでしょう」
「対抗手段があるということだな。3コルムを飛ぶ石火矢ということではあるまいが、よくもそのように新たな兵器を次々と考えつくものだ」
「基本は銃ですよ。長剣の腕がありませんし、弓ではどうしても威力不足ですからね。これからは銃の時代だと考えて早急に武装を整備しているところです」
必要に迫られたということもあったけど、フイフイ砲を渡したことから新たな兵器開発がエクドラル王国でも始まったようだからな。
相手の射程を越えて正確に打撃を与える兵器を用意して置かないと、エクドラル王国の技術が周辺王国に流失した時に困ったことになってしまう。
相手に技術を渡したなら、その技術を越える兵器が出来る事を想定しておけば俺達も安心できるからね。
「それにしても……、マーベル国が火薬を大量に買い込む理由が分かった気がする」
「石火矢にしても大砲にしても火薬食いですからね。寡兵で大軍を相手にするならそれぐらいは安いと思わねばなりません」
「寡兵であるゆえの対策ということか……。もし、レオン殿がエクドラルの王宮におったなら、周辺の王国は既に存在せぬかもしれんな」
「それは過大評価でしょう。滅ぼされないために日夜考えを巡らせているだけです。そんなことになっていないなら、のんびりと本を読んでいるに違いありません」
そもそもが怠け者だからなぁ。出来れば朝はのんびりと寝ていたいしね。
ナナちゃんに飛び乗って起こされる日々が続いていたから、何時の間にか朝は早く起きられるようにはなって来たけど……。




