E-242 準備を調えて、ゆっくり夜を過ごそう
東門からレイデル川の対岸を眺める。夕暮れと共に煙は見えなくなったが、東南東の空が少し明るく見える。
魔族の大軍との距離は3コルム程先になるかもしれないな。
当然向こうからも、東門に焚いた篝火の明かりが見えるに違いない。
門の中には旧型の大砲を運び入れたし、カタパルトで放る爆弾も30発程横に用意している。
「東の楼門から光通信です! ……『魔族の位置は52度、距離およそ3.5コルム』以上です」
「了解と返信してくれ。東の楼門の見張り台はかなり高さがあるからなぁ。魔族の焚火を確認できたに違いない」
門の上に上がった通信兵の少年が直ぐに返信の信号を入れる。
文字を送れるというのは、いろいろと使い道があるな。昔は伝令の少年達が走りまわっていたけど、今では200ユーデ以内での連絡に特化してしまった。
「この門にも高い見張り台が欲しいですね」
「エニルが必要だと判断したなら、エルドさんに相談してくれ。場所的には、あの砲台の南辺りが良いだろうな。東の広場の先を見通せるなら、東の広場で石火矢を放つことも出来そうだ」
光通信機で状況を確認する手間を省きたいのかな?
あの広場を安心して使えるなら、この東門は万全になるだろう。防衛施設が攻撃の拠点としても使えることになる。
「現在は滝向こうの広場からこちらまでの監視になるが、滝のこちら側に2段の柵を作ってあるから十分に足止め出来るだろう。篝火を絶やさずに常に1個分隊は此処に張り付けておいてくれ。ここには1個小隊だけになるが、魔族を阻止するだけなら十分な数だ」
「ですね。依然と比べて装弾に要する時間が半減以下になっていますし、門の前の広場が賑わえば爆弾を使う事も出来ます」
さすがに魔族が押し寄せてきた場合は、増援を要請することになるだろうが、それまでの時間は十分に耐えられるだろう。
ナナちゃんは運ばれてきた夕食をエニルの部下達と一緒に食べているようだ。
次の交代時間に俺達も夕食を取ろう。
それまでは、ここで東を監視することになりそうだな。
見張りの交代が済んだところで、俺達も門の上から降りて夕食を頂く。
樽を2つ並べてその上に盾を横にしたテーブルに、ベンチを両側に並べれば立派なテーブルセットになる。
野菜とハムのスープに黒パン、干した杏子が木の器に山盛りになってテーブの真ん中に乗っている。
モシャモシャと食べていると、ナナちゃんがお茶のポットを持ってきた。
個人装備の真鍮のカップを置くと、カップの中にたっぷりと注いでくれる。
俺達のテーブルを終えると直ぐに他のテーブルに向かったから、ナナちゃんもお手伝いをしてくれているってことかな?
食事を終えたところで、食器を当番兵に渡すとパイプを取り出す。
魔道具で火を点けると、お茶を飲みながらゆっくりと楽しむことにした。今夜は長くなりそうだな……。
「ここにいたんだな。私も助力するぞ」
暗闇から姿を現したのはティーナさんだった。彼女の後ろから続いて副官のユリアンさんが姿を現す。
俺達と一緒にお茶を飲んでいた兵士が席を譲ってくれたので、エニルが俺の隣に移動し、ティーナさん達が礼を言ってテーブル越しの席に座る。
「とりあえず待機ということになります。警戒レベルは1ということになりますから、ティーナさんの助力は嬉しい限りですが、ここで待機して終わってしまいそうですよ」
「魔族がやって来たなら、ここが前線そのものだ。だがレオン殿のこと、やってくるのを座して待つとも思えんからな」
どうするかな……。新型石火矢を見せることになってしまいそうだ。
まあ、当てようなんて大それた考えは持っていないから、研究途中の試作石火矢ぐらいに思わせておくか。
どこに飛んでいくか分からないような兵器を欲しがることも無いだろう。
ナナちゃんからお茶のカップを受け取ったティーナさんに、現在の状況を説明することにした。朝まで待機ということになりそうだからね。
いくら軍人でも、大使として赴任しているんだからおおよその状況が掴めれば帰ってくれそうに思っていたのだが……。
「かなりの軍勢ではないか! 兄上が魔族の大軍勢を殲滅させたと報告にあったのだが、少し盛り過ぎていたということか?」
「さすがにそれは無いと思います。バリウス殿はトラ族であり、オルバス家の将来を背負う誠実と勇猛を兼ね備えた人物。そのような事を行って称賛を得ようとするような人物ではありませんよ。以前西の尾根で俺達が戦ってから今年で2年目です。魔族軍の復活にそれだけ要したならば、東の魔族軍は別の王国に属すると考えた方が良いでしょう」
笑みを浮かべて俺を見ているのは、兄上の評価が予想以上に高かったということかな?
「かなり過大な評価だが、兄上が嘘を吐くとも思えん。となると、やはり……」
「レオン殿は北に魔族の王国が少なくとも3つはあると言っておりました。このサドリナス領が2つの魔族王国の境界であるということが、東の大軍が現れた理由にも思えます」
魔族の王国がいくつもあるのが問題なんだよなぁ。そいつら同士で戦ってくれているなら問題は無いんだが、やはり最終的には地上世界の制覇を目論んでいるに違いない。
「レイニーさんがやって来たにゃ!」
ナナちゃんが俺のところに走ってきた。
3人は腰を下ろせるかな? そんな事を考えていると、ティーナさんが、ナナちゃんを手招きして自分の隣に座らせている。
やって来たレイニーさんはエニルが一度席を立って、俺達の真ん中に腰を下ろして貰うことにした。
テーブル代わりの盾の上に地図を広げて、再度状況報告を行う。
どうやらここに来る前に、東の楼門に立ち寄ったらしく、東南東の焚火をしっかりと目にしてきたらしい。
「かつて私達が駐屯していた砦を破壊したことがあります。でも、不思議とレイデル川近辺を大部隊が南下したことがありません。今回も、かつての砦を目指すのではないでしょうか?」
レイニーさんも同じことを考えていたようだ。たぶんエルドさん達とそんな話をしていたんだろうな。
そう考えると現在の部隊展開は少し過剰にも思えるのだが、遅れをとるようなことはしたくない。
「少し、誘ってみようかと考えています。ここからでは東の広場の先は見えないんですが、東の楼門の見張り台ならしっかりと見ることが出来ます。東の広場から何発か石火矢を放ってみようかと……」
「届くんですか? 数百ユーデは飛ぶそうですから、魔族に届かなくとも魔族としては穏やかではないでしょうけど」
「飛距離を上げるために実験している石火矢があります。飛距離だけはあると思いますが、どこに飛んでいくか分からない代物ですよ。それでも魔族が駐屯している近くで爆発したなら、それなりの動きがあるでしょう。どのように動くかは東の楼門の見張り台で監視できますから、例えこちらに軍を進めてもこの門で防衛が可能です。それに滝の裏手の道は現在整備しているとは言え、大軍が一度に通れませんし、この門の前の広場だって1個小隊が整列出来るぐらいの大きさですからね」
大軍はやってこないだろうが、威力偵察部隊ぐらいはやってきそうだ。
銃兵の訓練には丁度良いかもしれないな。
「あえて魔族にマーベル国の存在を知らしめるということか?」
「その考えです。強力な武器を持ち、攻略不可能。それでいてブリガンディ領に軍を進めることが出来る。それを相手に知らせることでレイデル川の東岸の安全を担保したいところです」
「マーベル国と、尾根の南の見張り台、東の砦の存在でサドリナス領内の東は開拓があちこちで行われています。万が一にもレイデル川が危険だということになっては、現在の開拓地を放棄することになりかねません」
「レオン殿はエクドラル王国の将来を鑑みて、あえて魔族に存在を示すということか!」
そこまで立派な考えでは無いんだけどね。安心して砂鉄採取や漁を行いたいだけなんだよなぁ。将来的にはサドリナス領に大きな砦を作りたいところではあるんだが、とりあえず長距離攻撃が可能であると知らしめれば魔族はレイデル川近くには軍を進めることは無いだろう。
威力偵察部隊ぐらいであればあえて渡河することも無いだろうし、1個小隊規模の騎馬隊でレイデル川の西岸を監視すれば安心して開拓を進められるんじゃないかな。
「マーベル共和国の存在を示すとなれば、レイデル川の南端部に見張り台を設けたいところですね」
「確かに有効ですね。ここから歩いて半日ということですから、この辺りでしょうか?」
「作るのは春になってからだろうが、もう少し南になると思うぞ。父上がレオン殿の戦術を絶賛していたからな。たぶん国王陛下に報告する際にもレオン殿の話は伝わっているはず……。となれば、当然その報酬を考えねばなるまい」
ん? 思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。
「エクドラル王国の軍人であれば勲章や叙勲ということになるのでしょうが、レオン殿は友好国の軍人です。さすがに国王陛下が何度も賞するわけにもいかないでしょう。そうなると一番簡単で喜ばれる手段を取ると考えます」
「まさか、領地?」
「サドリナス領の北は正確な版図を決めておりません。たぶん以前渡河したと言われている地点から北を譲るということになるかと」
エクドラル王国としては痛くも痒くもない土地だ。
その土地を放棄するというより、エクドラル王国から譲るということで今回の作戦の代価としたいということかな?
とりあえずは杭を打って版図を明確にしておけば十分だろう。
とはいえ、将来的にはありがたい話だが、現状では色々と問題も出てくるな。俺達の版図内から魔族が侵入して、エクドラル王国の開拓村を襲うようなことがあれば両国間の戦になりかねない。
レイデル川の監視部隊を作ることになりそうだな。




