E-236 勝利はしたものの
ヴァイスさんが弓兵1個小隊を引き連れて南の見張り台に向かった2日後に、リットンさんからの通信が入ってきた。
レイニーさんが通信文を読み上げてくれたのは、俺とエルドさん、それにガラハウさんとティーナさんが指揮所に詰めていたからだろう。
「……推定3個大隊の魔族の内、北に向かって逃走できたのは2個中隊と考えられる。以上」
読み終えたところで俺達に通信文を渡してくれたけど、レイニーさんが読み上げてくれた以上のことは書かれていないようだ。そのままエルドさんに手渡して読んでもらう。
「レオンの作戦通りということじゃな。こちらにやって来るかと思ったが、一目散に逃げ帰ったということか」
「残存戦力が1割以下ですからねぇ。指揮官は無事では済まないでしょうな」
「戦力が半減したならば後退するべきだろうに……」
どれだけ爆弾を使ったんだろう?
カタパルトを使って1度に2、3個の爆弾を投射できるはずだが、数台を使って交互に放ったに違いない。
さらに、守りを固めるトラ族の連中も盾の間から投げることは出来そうだ。トラ族なら30ユーデを越えるんじゃないかな。
「前回の西の尾根の戦の再現というところだろう。布陣を見れば魔族が優勢であることは誰の眼にも明らかだ。さすがに劣勢の相手を見て後退するようでは指揮官としての資質が問われるのだろうな」
勝利したのは良いが、素直に喜べないんだよなぁ。
これが何度も続くとなれば、エクドラル王国への魔族の侵入はやがて止まるはずだ。
次の魔族の侵入がどこで起きるか……、しばらくは様子を見ることになりそうだ。
「ティーナさん。エクドラル王国軍に被害と、爆弾の使用量を確認して貰えませんか? リットンさん達が使った石火矢と爆弾の数はこちらで調べます。次の戦がないとは言い切れません。今回の消費量を上回る数を早めに揃える必要があります」
「了解した。たぶん父上達も報告書としてまとめているだろう。同盟軍の消費量が判明したなら私にも教えて欲しい」
「ヴァイス達に、早めに帰るよう指示を出しますか」
「嬉しそうに出掛けて行きましたからねぇ……。がっかりしているかもしれませんから、途中で鹿を何頭か狩ってくるように伝えた方が良いですよ」
「数頭狩れれば、満足した表情で戻って来るじゃろう。どれ、とりあえずは安心できそうじゃから工房に戻っておるぞ」
ガラハウさんが腰を上げて指揮所を後にする。エルドさんも俺達に頭を下げて出て行った。エルドさんの場合は待機している中隊に解散の指示を出すのだろう。
残ったのは、ティーナさん達だけだ。
腰を上げずに、俺の顔をジッと見ているんだよなぁ……。
「やはりレオン殿の予想通りということになる。となれば、しばらくは魔族が侵入することは無いということになるのだが?」
「威力偵察ぐらいはしてきますよ。向こうはそんな気持ちでも、千体を越える魔族ですからねぇ。侮ることは出来ません」
「まあ、それぐらいなら十分対処できるだろう。こちらでも騎馬隊を使って広範囲に偵察はせねばなるまい」
とは言っても、尾根に近づくことは無いだろう。
シュバレード山脈から南に幾筋もの尾根が伸びているんだが、結構複雑な地形を作っているからなぁ。深入りし過ぎて退路を断たれるようなことがあったら全滅しかねない。
レンジャー達は大物を狙って山裾まで足を延ばすけど、少人数だから魔族に気付かれることも無さそうだし、何といっても狩りで身を隠す術を鍛えているからなぁ。
トレムさん達は山裾ではなく、山麓にも足を延ばしているぐらいだからね。
「ところで、脅威があるならそれを低減したいと考えるのは俺達の基本でもあるんですが……。膨大な時間と莫大な資金を使うことで可能な事前対策を始めませんか?」
「確か、長城を作ると言っていたな。どれほどの資材を使うのだ?」
バッグから数枚のメモを取り出して、ティーナさんに手渡した。
まるで賞状を受け取るかのように恭しく両手で受け取ると、素早く中を確認して俺に顔を向けてきた。
「これほど掛かるのか!」
「実際に初めてみないと分かりませんが、おおよそは正しいかと。問題は投入可能な兵員数です。100ユーデ程実際に築いてみて修正を掛けたかったんですが、それすらかなりの資材を使いますからね。出来ればティーナさんの発案としてやって頂けたならと……」
ティーナさんが大きく目を見開いて俺を見ている。俺の言葉に副官のユリアンさんまで驚いている始末だ。
そんなに驚くことなのかな? どちらかと言うと困らせてしまうような話なんだが。
「この計画が王宮の国王陛下耳に届いたなら、国家事業の提案者と賞される可能すらあるのだぞ!」
「俺はマーベル共和国の住人ですよ。エクドラル国王陛下に賞されるのはあまり感心できないところもありますし、下手に提案しようものなら国王陛下の取り巻きの中から、別の狙いがあると疑いも掛けられないとも限りません。せっかく友好協定を結んでいるのですから、波風を立てないようにしたいところです」
「多大な資材の投入は国力の低下をもたらす可能性があるということですね。確かにティーナ様の提案ということであるならそんな問題は出てこないでしょう。でも、ティーナ様だけでは荷が重すぎるようにも思えますが?」
最後の言葉は、ティーナさんに顔を向けている。ユリアンさんから見ても、長城計画は1個人として対案するには重すぎるということになるようだ。
「父上と相談した方が良さそうだな。内容が内容だけに光通信とはいかぬだろう。1度実家に戻った方が良いかもしれぬ。ついでに今回の戦の報告書を1部頂いてこよう」
「よろしくお願いします」
テーブルに広げたメモをまとめて大事そうにバッグに入れると、席を立って騎士の礼を取る。
俺達のように下士官出身ではないから、礼儀作法はしっかりしてるんだよなぁ。
レイニーさんと一緒に慌てて席を立って答礼をしたんだが、そんな俺達に笑みを浮かべると直ぐに指揮所を出て行った。
あの様子だと、明日の早朝には此処を発つに違いないな。
「だいぶ急いでいるようでしたけど……」
「布石は前回グラムさん達が来た時に打ってあります。その具体化に向けた資料を持たせましたからグラムさんとしては嬉しい資料になるはずです。王子殿下に提言するにしても、ティーナさんの隣にグラムさんがいるなら賛意を得られる可能性が高くなりますからね。それに最初から始めるのではなく、先ずはどれほどの作業になるのかを確認するだけです。資材をまったく使わないわけではありませんが、兵士達に築城訓練をさせるぐらいに考えて貰えるようメモの内容を工夫してあります」
「上手く行けば良いですね……」
「時間は掛かりますが、作れることは確かです。早急に作ろうとするから莫大な資材が必要になるだけですよ」
何も一か所から始める必要はない。頂上にいくつか設ける見張り台を始めに作ってそこから横に長城を伸ばしていくことだってできるからね。
でも、できたら東側から初めて欲しいところだ。
「もし、長城計画が動きだしたら、レイデル川の監視体制を強化しないといけませんよ」
「将来的にはブリガンディ王国が無くなる話でしたよね?」
「そうです。魔族の南下が本格化します。東門の存在を魔族が知ったならレイデル川を渡河してくる可能性は少なくなるんですが、完全に無いとも言えませんからね。少なくとも俺達が渡河した位置付近までは責任を持つべきでしょう」
「砂鉄と砂金の採取が難しくなりそうですね」
それは諦めるべきだろうな。
既に砂金はあまり採れなくなっている。砂鉄の方が問題ではあるけど、川に堰を作って西に運河を掘ればかつての川筋で砂鉄を採ることも可能だろう。
だけど、だいぶ砂鉄を運んでいる気がするんだよなぁ。年に2回の製鉄なら、現在の保有量で10年以上使えそうに思うんだけど……。
「やはり石垣を作るんですか?」
「柵で十分だと思います。ついでに川岸に空堀を作ってその土で堤を作れば、洪水の被害も低減できそうです」
その為にはレイデル川の地図を作る必要がありそうだ。
簡単な測量を行って川筋を明確にすれば、今は埋もれてしまったかつての川筋も分かるだろう。そんな場所なら再び砂金が採れる可能性だってあるんじゃないかな。
「畑の灌漑用の水路の先は荒地に流しているだけだそうです。荒地にも水路を作る必要がありそうですね」
「水路が整備されれば畑が広がりますからね。砂鉄採取で汲み上げた水の流れを荒地に向かわせることも可能だと思います」
そうなると、大規模な流水選別場を作ることになりそうだな。
砂金採取の為だと皆には広めようか。俺達の国の大事な収入源であることは皆に知れ渡っているからね。
兵士を派遣して周辺警備を厳重に行っていると、エディンさんも思っているぐらいだ。
「広大な丘陵地帯が畑になるんですね。住民が10倍に膨らんでも十分に生活できそうです」
「将来はそうなるでしょうね。今年は南の城壁からようやく南に畑を作りましたからね。もっとも牧草地と放牧地ですけど、いずれはライムギ畑になるはずです」
まだまだ自給自足には達しないけど、マクランさんの話ではそれほど先の話にはならないらしい。
それだけ畑が広がったということだな。
ここに来た当初は、森の伐採と切り株の引き抜きが開墾作業の大部分だったけど、近ごろは開墾地の石の撤去が兵士達の主な仕事のようだ。
どうしても動かせないような大きな岩は、ガラハウさんが火薬を使って爆砕しているらしい。たまに大砲の訓練かと思っていた大きな音は、岩を砕く音だとガラハウさんが教えてくれた。
「砂鉄の採取をいつまで続けるかについては、今夜にでも確認してみましょう。エルドさんが暇になればレイデル川の地図作りをして貰えそうです」
「毎年長剣を10振りでしたよね。私も頂いたんですが、そろそろ小隊長にまで配布されと思います。そうなると、長剣もエクドラル王国が買い取ってくれるのでしょうか?」
「人気がかなりあるようです。エディンさんに頼む人物もいるそうですが、基本はエクドラル王国が買い取ってくれています。王国への功労者に贈るのでしょう」
出来ただけ買い取ると言っていたからなぁ。
それを考えると、砂鉄の採取は続けたいところだ。
何とか危険性のない方法で採取する方法を考えないといけないな。




