E-229 魔族軍はなぜ俺達を襲うのか (1)
「すると昨年はブリガンディ王国も魔族との戦が無かったと?」
「不思議な話にも思えるが、ブリガンディ王国と交易をしている商人や王宮からの情報ではそうなる。前にレオン殿が言っていた魔族の王国の話を父上に効かせたのだが、ジッと腕を組んで頷いていたぞ。今朝早くに宮殿からの通信があった。どうやらレオン殿なら今後推移も想定しているだろうとのこと、馬を飛ばしてくるはずだ。やって来たなら父上に教えてやってくれぬか」
指揮所にやってくるなり、魔族相手に今後どのように戦をするのかという話になった。
副官のユリアンさんを連れてきたから、工房の視察を終えた帰りぐらいに思っていたんだけどなぁ。
「俺達も今後の戦をどのようにするかについて検討しているところですから、その想定を話すぐらいなら出来ますけど……。あくまで想定ですからね。必ずしも、そのように推移するわけではありませんよ」
「父上が王宮に置きたいと言うぐらいだから、問題はあるまい。その想定すらできずに軍の上級仕官達が悩んでいる始末だからな」
それだけ現実を重視するということだろう。後手に回ってしまうのが難点だが、そのために同盟軍を作ったのかもしれないな。早期警戒の網に掛かったところで対処するならあまり痛手を受けることは無いはずだ。
「レオンの考える魔族ということですか……。魔族は1つの王国ではないという話ですね」
「我等には同じに思えるが、そう言われると頷けるところもあるということになる。父上は編成と魔族の種別を挙げていたな。私は直に思い浮かべることが出来なかった」
さすがはグラムさんだ。良く相手を見ている。
ここにいては魔族の王国がいくつあるか分からないけど、エクドラル王国の国力があればある程度の調査を行うことができそうだ。少なくとも俺達の北に位置する魔族の王国はいくつあるのか、その版図はどれほどなのか、最後に隣会う魔族の連携が行われているのか……。これぐらい分かればありがたいんだけどなぁ。
「グラム殿1人とは考えにくいですね。何人でやって来るか分かりませんか?」
「父上達が3人、護衛の騎士が1個分隊ということだ。歓待はいらぬ、直ぐに話をしたいとも書かれてあったぞ」
忙しい最中にやってくるということか。
よほど気になっているのだろう。本国に大軍が押し寄せてきたということだから分からなくもない。
「となると、ティーナさんも、少しは考えておいた方が良いですよ。父上からの評価も上がるはずです」
「それをユリアンに指摘されてなぁ……。ここにやって来たというのもある」
思わずレイニーさんと顔を見合わせてしまった。
小さく笑みを浮かべたぐらいだから、ティーナさんには気付かれなかっただろう。
それにしてもねぇ……。考えることは大事に思えるけどなぁ。
「たぶんグラムさんの事ですから、かなり突っ込んだ話になるはずです。となると、ある程度の状況を理解しておくべきでしょう。そうでないと、俺達の話を聞いても何のことかさっぱり……、という事態になりかねません」
「うむ。レオン殿の想定の前提となる状況を整理するということだな。この地図で言うと……」
ティーナさんが地図の上を指で押さえながら、自分の知る範囲で状況を話してくれた。
時々俺の知らないことまで教えてくれるからありがたい話だ。特に、サドリナス領内のレンジャー達の活動範囲は初めて知ったぐらいだからね。トレムさん達の活動範囲と比べると山麓にまでは届いていないが、尾根筋はレンジャー達の良い狩場になっているようだな。
「かつてのサドリナス王国には、あまり魔族が活発に進行してこなかったようです。魔族の侵攻が著しくなったのは俺達が国境の川を渡ってからぐらいですから、10年程度というところでしょう。先ずは此処からです。その理由はなにか?」
「レオン殿の考えではトンネルを穿ったということだな。それ以外に間道があるかとも思っていたのだが、シュバレード山脈の峰々の頂は夏でも雪を頂くほどだ。谷筋を越える間道を使ったのでは魔族の移動が初夏を過ぎてからになる。だが魔族の偵察部隊は尾根の木々が緑になる頃には動き始めるようだ。となるとトンネルということになるのだろうな」
ユリアンさんも、ティーナさんの言葉に頷いている。この推測は受け入れることが出来るということだな。
「次に気になるところは、魔族はシュバレード山脈の北に住むと言われています。それなら俺達より寒さに強いはず、それなのに冬場は襲ってこない理由は何か?」
「魔族は直に鎧を着ておるような連中だ。襤褸をまとうというよりは毛皮をそのまま巻き付けているという感じだな。あれでは寒さを凌げまい。だが、彼らが住むのは北の大地、ここより遥かに寒い場所であることは確かだ。となると、魔族は寒さに対して耐性があるか、もしくは寒さを和らげる何かを持っているということになるのだが……」
「もう1つ、それに加えて考えなければなりませんよ」
「彼らの食料……、ですね?」
ティーナさんが首を傾げたのを見て、ユリアンさんが答えてくれた。良く出来た副官だな。
「そうです。魔族の1個大隊は1万人。一昨年は3個大隊規模でやってきましたからね。魔族の総数は数十万を超えるでしょう。そんな魔族をどのように食べ支えるのか?
俺達と同じように農業をするなら直ぐに飢えるでしょうし、狩りをするにしても獲物を食べつくしてしまいます」
「我等と同規模の王国ともなれば、かなりの食料を必要とするぞ。それを北の大地で行う等不可能に思えるのだが、レオン殿にはある程度の魔族の暮らしも想定しているということだな?」
大きく頷いて、温くなったお茶を飲む。ついでに立ち上がってチロチロと燃えている暖炉の焚き木でパイプに火を点けた。
「彼らは地上に住んでいるのではなく、地下で暮らしているんです。シュバレード山脈のいくつかは煙を上げているそうです。それは火山であることを示しています。地下なら火山の熱で暖かく暮らせるでしょうし、その熱を使ってキノコ類の栽培も出来そうです。キノコを獣に与えて肉を得る畜産も行えるでしょう。地上では数十万の魔族を養うことが出来なくとも地下なら可能です」
地下で暮らすということで、上質な金属も手に入れることが出来る。さすがに精錬技術はお粗末だから俺達よりも劣った武器にはなるんだが材料は極上品だ。
「なるほど、地下で暮らすなら我等の王国に向かってトンネルを掘るなど簡単だろうな。となると気になるのは、なぜに魔族は毎年やって来ぬかということだが、これは戦力の復活に1年はかかると考えれば良いな」
「戦力復帰に時間が掛かる。でも昨年は本国に大戦力を投入してきた……。これが魔族が1枚岩では無いという元になるのですね」
「俺はそのように考えました。魔族は俺達と戦を行いますが、自軍の壊滅まではあまりしてこないんです。一昨年はあのような結果になりましたが、本来ならもっと早くに撤退したはずです。あれは魔族側の指揮官の失策ですよ」
「大軍を率いて我等が王国人攻め入り、適当に戦って去っていく……。我等を侮っているのか!」
「ティーナ様、そう考えては、王宮の老害と同じになりますよ。たぶんそんな戦にも意味があるということですね?」
俺にユリアンさんが顔を向けて、小さく頷いた。
どうやらユリアンさんには理解できたみたいだな。
「レオン殿も同じか……。ふむ、大勢でやってきて、頃合いを見計らって撤退する……。戦とは言えぬな。それではまるで……っ!!」
ティーナさんが大きく目を見開いて俺を見た。
どうやら理解できたみたいだな。これでグラムさん達との会合に参加しても、話についていけず首を傾げることにはならないだろう。
「そんな考えを、この場所であまり動かずに推定していたのか! オリガン家は武技を誇る一族では無かったのか!」
そう言われてもなぁ……。
ブリガンディ王国の宮殿でそんなことを言ったなら、落ちこぼれの世迷言と囁かれるのが目に見えている。俺と魔族の話をするためにマーベル共和国にやって来る人物の地位を考えると、エクドラル王国の方が俺には奇異に思えるぐらいだからね。
「オリガン家は武技を誇る家柄ですよ。付け加えるなら義も尊ぶ一族です。それに武は白兵戦の腕を誇るものではありません。如何にして相手に勝つかを考えることも大事です」
とは言うものの、兄上の長剣の腕は見ていても惚れ惚れするほど美しい。
長剣に炎や風を纏わせられるんだから凄いものだ。マーベル共和国の前身時代にやって来た時に見せてくれたけど、やはり兄上だと弟であることが誇らしかったのを覚えている。
「今を見て対処するのではなく、その先を見るということか! 単に長剣の腕を誇るわけでは無いのだな」
「小隊長、中隊長であるならそれでも十分でしょうが、大隊を率いるのであれば先を見る目が必要かと……。それは図上訓練で養うことが出来ると思います」
思うところがあるのか、ユリアンさんと顔を見合わせて頷いている。
「この冬に行った図上演習には我等も参加したぞ。偵察部隊を2倍に増やすという我の案が功を奏して敵を挟撃することが出来た。情報を沢山持つ方が勝利を得ると、父上達が評価してくれた」
「その情報から敵の次の動きを予想したはずです。俺のしていることはそんなことですよ」
少し首を捻っているけど、情報を制するものは戦を制すると言うぐらいだからなぁ。戦は数という言葉もあるけど、たぶんその次ぐらいには大事なことだと思う。
数を頼りにひたすら押し寄せてこられたら作戦なんて吹き飛んでしまうだろう。だがそれを覆す兵器があるなら、ある程度の戦力差を覆せることも確かだ。
その辺りの加減を覚えることが、ティーナさん達の次の課題になるんだろうな。




