E-216 母上達への報告
「すると、場合によってはリットン達の部隊がマーベル国にやってくるということじゃな?」
俺達が帰った晩ではなく、エルドさん達が砂鉄採取から帰って来た晩に指揮所に集まって来た連中に宮殿での会見の概要を説明すると、素軍い質問が飛んできた。
「ちょっとした休養というところでしょう。場合によっては損耗した武器の補給も兼ねるかもしれません」
「定数を常に用意しておけば良いことだ。リットン達の屯所も作るだろうから、ついでに専用の倉庫を作れば良いじゃろう。倉庫は石造りで少し話して作るんじゃぞ」
最後の言葉はエルドさんに向かって投げている。いつの間にか建設はエルドさんが指揮するようなっていたんだよなぁ。
「了解です。それで、場所なんですが……」
テーブルにもう1枚の地図が広げられた。マーベル共和国の地図だが、国が小さいからねぇ、家まで一軒一軒描かれているんだよなぁ。
その地図に身を乗り出したエルドさんが示した場所は陶器工房の西側だった。皆の視線が地図の一点に向いたところで、再びエルドさんの指が動く。今度は中央楼門の西だが、住民の居住区からかなりはなれている。
「中央楼門から東は大きな建物を建てられませんよ。一番安全な場所でもありますか
ら屯所を作るなら長屋を作りたいですね」
「工房近くは、工房の秘密を盗み出そうとする輩も出て来るじゃろうな。となれば、この城壁近くじゃが、子供達がヤギを放牧してたんじゃなかったか?」
「あれは、放っておくと草が生い茂ってしまうのでヤギに草刈りをさせているんですよ。城壁の北の斜面もヤギで草刈りをしていますよ」
それなら問題ないか……。皆がレイニーさんに顔を向けて頷いている。
これで場所が確定したな。
リットンさん達は、強化した荷馬車と小型石火矢の発射訓練を繰り返しているらしい。
そこで浮上したのが石火矢や爆裂矢への点火に用いる方法とのことだった。
従来は焚火や松明を使っていたのだが、それは防衛時なら出来ることであって、素早い機動を信条とする同盟軍には難しいところがる。
俺がパイプに火を点けるために購入した魔道具のような代物を姉上が作ってくれたということだが、どちらかと言うと改良したのだろう。
ボニールの鞍にお茶のカップの半分ほどの大きさで取り着けることが出来るらしい。上部の火壺に導火線を近付ければ着火するとのことだ。
逆さにしても効果が変わることが無いとの事だから、荷馬車の左右に設けた発射台に装填した石火矢にも問題なく点火できるとのことだった。
「さすがはレオンの姉上だけのことはあるのう。ワシ等が悩んでおった時に通り掛かったので状況を話したら、翌日には試作品を渡してくれたぞ」
「姉上は魔道具作りが得意ですからねぇ。俺もこれを作って貰って助かっています」
見た目は安物の銀製のバングルだが、生活魔法のいくつかが使えるからね。
これが無いと不便でしょうがない。ナナちゃんにいつもお世話になるわけにはいかないしね。
「このままでいけば、秋分にはエクドラル軍との合流は可能でしょう。最初はリットンを派遣しますけど、期間は2年ほどに区切りたいところです」
「そうですね。エクドラル軍の気風をある程度皆に知って欲しいところです。今のところ敵対することは無いと考えますが、相手を知ることは重要ですからね」
昨年の魔族との戦で消耗した武器の生産も順調らしい。いつもなら2個大隊程度に納まっているんだが、昨年は3個大隊近い数だったからなぁ。
次はどれぐらいの魔族が来るのか見当もつかない。
マーベル共和国を狙うのではなく南のエクドラル王国や東のブリガンディ王国を狙って欲しいところだ。
少なくとも俺達の数倍以上の戦力を持っているんだから、よほど下手な防衛をしない限り王国を蹂躙されることはないだろう。
だが、俺達の場合は西の尾根の防衛戦が破られたなら、簡単に蹂躙されてしまいそうだ。
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マーベル共和国に戻って数日は工房や西の尾根の状況を確認するなどやることが色々だった。
何とか一段落したところで、母上達が住む長屋に出掛ける。
ナナちゃんが笑みを浮かべているのは、マリアンのクッキーが楽しみなんだろう。
長屋の扉を叩くと、すぐにマリアンが俺達を招き入れてくれた。
リビングにテーブル席で母とマリアンは編み物をしていたみたいだな。マリアンの席には編み掛けのセーターが置いてあった。
姉上はテーブルの上で何やら魔法陣を紙に描いていたようだ。
俺が入って来たので、作業を止めて笑みを浮かべている。その視線は俺ではなくナナちゃんだな。自分の隣に来るよう手招きしている。
「王都に行ってきたそうですね?」
「旧サドリナス王国の王都ですよ。新たに同盟軍を作るのですが、連絡を密にするために通信網を整備することになります。エクドラル王国は大国ですから、本国領と街道は第一王子に、サドリナス領内は第二王子が整備して、それそれの功績とするようです」
「大国になればなるほど連絡に時間が掛るということが、王国の大きさを制限していたとも考えられます。素早い通信手段は新たな戦乱を招く恐れもありますよ」
「唯一の懸念ですね。でも、現在のエクドラル王国はサドリナス領を併合したことで手一杯。領土拡大が必ずしも自分達の利にならないとある程度自覚しているようです」
覇道を進めるともなれば相手を上回る戦力が必要だが、沿岸王国の多くが魔族相手に5個大隊を維持するのがようやくだからなぁ。
サドリナス王国の内乱で弱体していたから3個大隊程度の派遣軍でどうにか手に入れた領土だが、北の魔族の侵入に備えるために3個大隊を戻せなくなっている。
大急ぎで兵を徴募してどうにか本国の防衛体制を維持できているというのが現状だろう。
この状態でさらなる領地を手に入れるとなれば、5個大隊以上の精鋭を作らねばならない。2個大隊程度ならすぐに作れるだろうが、5個大隊は無理だろうな。その5個大隊にしろ、新たな征服地を防衛するために3個大隊以上は戦後に残っていなければならないだろう。
どう考えても現状では無理だ。
数十年先、いや戦力増強が周辺の王国に知られたなら相手の王国も増強すらだろうからなぁ。百年以上先になりそうに思える。
「次の世代の王子達も新たな領地を得ることによって生じる当地の難しさを知ることになりましたから、孫の代ぐらいまではこの状況が続くでしょう。姉上、エクドラル王国の貴族に嫁いでも平和に暮らせますよ」
俺の言葉に、姉上が顔を赤くする。席ばらしてごまかそうとしているから、母上も笑みを浮かべて姉上を優しいまなざしで見ているようだ。
マリアンはナナちゃんにお菓子を勧めていたんだけど、その手を休めて母上と姉上を交互に眺めながら笑みを浮かべて頷いている。
「やはりその話があったということですか?」
母上の問いに、エクドラル王国の御妃様が動いていることを伝えた。
「ブリガンディなら家柄が重視されているようですが、エクドラル王国は本人の意思が重視されているとのことでした。とは言っても家柄を全く問題視しないわけではないようです。オリガン家はブリガンディ貴族の中では低いと言ったのですが、貴族の地位というよりオリガン家の義を尊ぶ存在を重く見ているようです」
「要するに本来の貴族が多いということでしょうね。家の名を重んじる貴族はいるようですが、それほどでもないならどこに嫁いでも問題はないでしょう」
相手がある程度絞られたなら、オルバス家でちょっとしたお茶会を開くと話をしたラ、一番うれしそうだったのがマリアンなんだよなぁ。
姉上が恥じらう姿を見るのは生まれて初めてなんじゃないか?
後で兄上に教えてあげよう。兄上だって見たことが無いかもしれないからね。
「となると、ドレスを作らなくてはなりませんね。エディン殿に頼めば手に入るかしら?」
「ドレスについてはティーナさんに確認したほうが良さそうです。ナナちゃんには色々と服を作ってくれましたし、一度商店にも行ってみたんですが、ドレスが沢山ありましたよ」
姉上の晴れの席だからなぁ。俺からプレゼントしても良さそうだ。
母上も1着作ってはくれるに違いないが、お茶会が1日で終わるとも思えない。何着か用意しておかねばならないだろう。
2時間ほど母上とお茶を楽しんだところで、指揮所に向かう。ななちゃんはお菓子の袋を手にどこかに向かったんだが、あの方向は養魚場だな。子供達が頑張って育ててくれているから一緒に食べようということかな。
指揮所に入ると誰もいない。
レイニーさんも多忙のようだ。案外苦労性なところがあるからなぁ。自分から苦労を見つけてくるんだからねぇ……。
静かだから、自分達の部屋から時計の試作品を持ち出して、振り子の調整を始める。
砂時計を使って最終歯車が5分間でどれほど回転角が変わるかを目印を付けて確認する。
3回測定したところで、振り子の長さを変えて同じことを繰り返す。
半イルム刻みで長さを変えながらだから、時間が掛ってしまうがこれをきちんとしておけば1時間の星の動きを最終歯車の1回転に合わせることが出来るはずだ。
星の動きを計るとガラハウさんに言ったら、面白い望遠鏡を作ってくれた。水平面に180度の角度が刻まれた円盤が付いている。
水平の回転軸は30度の範囲で微調整が出来るネジが付いている。このネジを使って星を望遠鏡内で固定し、天球面を15度移動する時間が1時間になるわけだ。
秋の夜長は、この望遠鏡で星空を眺める日々が続くのだろう。
望遠鏡の倍率は20倍程度らしいのだが、月にあるというクレーターを見ることは出来るだろう。もう1つの記憶では惑星を望遠鏡で見ると面白いものが見えるらしい。
そんなに面白いなら、もっと倍率の高い望遠鏡も作ってみようかな。




