E-208 通信機を活用してこそ機動戦が行える
魔族の進軍に対して横腹に痛撃を与える。魔族の追撃を紙一重で交わしながら味方の殲滅陣に誘導する……。
「もう1つの部隊は1個大隊程ではあるが……、小型軽量化したカタパルトと爆弾を使うという話だった。爆弾を途切れなく浴びせれば、1万の魔族を葬ることも容易であろう……」
「上手く行けば、の話です。それには待ち構える部隊との連絡を密にしなければなりませんし、誘導方向が違ってしまえばこちらが殲滅しないとも限りません」
「驚くような話ですね。でも遣り甲斐はあります!」
エルネールさんが目を輝かせている。
案外ティーナさんと似た性格なのかもしれないな。
「さすがに石火矢をエクドラル王国に渡すのは出来ませんが、爆裂矢であれば弓兵に数本ずつ供与できると思います。練習は3本までにして頂けると助かります」
「爆裂矢はマーベル国より購入することにしたいが、可能だろうか?」
「他の部隊に流れないようにお願いしますよ。でも……、それであれば……、レイニーさん!」
「もう1つの迎撃部隊にも供与は可能でしょう。ですが、万が一にも我等マーベル共和国に使ったならば」
「今の王子殿下であれば、そのような愚行はせぬはずだ。もし使ったなら、その後が恐ろしく思えるぞ」
石火矢を知っているならそうなるだろうな。実際に使うとすればその改良型だ。魔族相手に尾根で発射した石火矢の威力の更に上を行く。
2つの部隊で使うことになれば、3千本ほどになるのかな?
買ってくれるなら助かる話だ。
「少年兵達を3つの砦に当座は配置することになろう。そうなると彼らがどこまで次の者達に教えることが出来るかだが、マーベル国で教育をして貰うわけにはいくまいか?」
「前回と同じであれば問題は無いと思います。夏至に派遣してください。上手く行けば秋分にはお返し出来ると思います」
これも、教育費として支払いをしてくれるそうだ。なら、銅の塊で手を打とう。発光式信号機は銅製だからね。それに使うガラスやレンズはガラス工房の初期運転時に作ることが出来そうだ。
「ところで、我等は石火矢がどんなものか知っているが、生憎とエルネール姉様は話を聞くだけだ。何発か放って威力を見せてやってくれぬか」
「そうですね。一度見ておいた方が良いでしょう。尾根で使った品よりも一回り小型ですから、ティーナさんも見てください。リットンさん、頼めるかな?」
「私も発射したのを見たことがあるだけよ。でも使い方はヴァイスに散々教えて貰ったから心配はいらないわ」
リットンさんは手伝っていただけみたいだな。
面白そうなことは、全部ヴァイスさんが行っていたってことか。
リットンさんが3人を連れて指揮所を出て行ったけど、南の城壁辺りで試すんだろうな。飛距離は40度で放って400ユーデ前後だからフイフイ砲よりは少し距離が出る感じだ。
もっとも、フイフイ砲はちょっけ違反ユーデほどの爆弾を飛ばせるが、小型石火矢の炸薬は手で投げる爆弾2個ほどだからなぁ。10発以上一度に放たなくては真価を発揮できないだろう。
荷馬車に搭載した三角柱のような骨組みだけの発射装置なら、一度に6発を放てる。5台だから30発になるが、固定しての発射だから再発射がどうにかだろう。
逃走しながらも後方に撃つことは可能なんだが、荷馬車の側面から放つから2発同時がどうにかだな。
それでも魔族の追撃を遅延するぐらいは出来るだろう。
もっと数を打つことができるようにしても良かったんだが、逃走時を考えると小型の爆弾でも十分なんだよなぁ。
そんなことで、荷馬車に搭載した石火矢は1台当たり20発、それに小型の爆弾が10発ということにした。小型の石火矢は300発ほど作るとガラハウさんが言っていたから、訓練を含めて当座は問題ないだろう。
「リットンの部隊に光信号を解読できる弓兵はいませんよ」
「伝令の少年達から2人ほど選びます。逃走時を考慮しクロスボウは使える少年を選ぶつもりです」
見張り台や砦付近を遊弋してるときに情報伝達が出来ないと不味いからなぁ。
不定期な光通信を行うことも重要だし、伝える情報が無ければしりとり遊びで能力の向上を目指して欲しいところだ。
「気になるのは、同盟軍の拠点となる砦です。既存の砦は魔族の襲来時に一時的に兵員数を増すことは出来るでしょうが、恒常的に2個中隊の増員を賄えるとも思えませんね」
「機動部隊ですから、荒野に拠点を構えるということも考えられますが?」
「そんなことをしたら、いざという時に使えませんよ。荒野で陣を構えるとなればそれだけで緊張が高まります。数日なら問題ないとしても毎日がそれでは兵士が消耗してしまいます」
グラムさんが一枚噛んでいるはずだから、それぐらいは考えているはずだ。
俺なら……、とテーブルの上に広げられた地図をパイプを煙らせながら眺めてみた。
別に、砦でなくとも良いはずだ。
普段は兵営で暮らすに何の問題もない。それなら開拓にも手を出してもらおうと考えるのは俺達なんだが、さすがに大国の軍隊だからなぁ。
そこまではしないだろう。
そうなると、比較的安全な村に近い場所ということになりそうだ……。
砦から少し南に下がった開拓集落辺りかな?
砦までは徒歩で1日程度の距離だからボニールに騎乗するなら半日も掛からないはずだ。同盟軍が遊撃に向かったなら、同盟軍の屯所を予備戦力の終結場所に使うことも出来るだろう。3個中隊ほどの屯所と数軒の倉庫を多重の柵で囲えばそう簡単に魔族の蹂躙に合うこともないだろうし、近くの開拓民の避難所としても使えそうだ。
「中々グラムさん達も深い策を考えてますねぇ。ますます旧サドリナス領の東部が安心できる領地になりそうです。でもそのためには……、この辺りに砦の支城が欲しいところです。もっとも支城を作ったなら同盟軍の活躍場所が旧王都周辺になってしまいそうですけど」
「現在の3湯の砦の北に設けるとなると、かなり堅固でなくてはなりませんよ。2個中隊ほどの守備兵では全滅しかねません」
「現状のエクドラル軍ならそうでしょうね。でもマーベル共和国軍なら対応できるでしょう。とはいっても、現状ではこの地の守りが精一杯。そんな支城を作るのは10年は先になるでしょうねぇ」
魔族襲来の矢面に立つけど、俺にはどう考えても2個中隊で十分に思える。
攻撃目標の手前に堅固な支城が目の前にあったなら、支城攻めで戦力を消耗させるより迂回するのが得策だろう。
大軍に対して支城の門を開けて打って出るような指揮官はいないはずだ。よほどの自殺願望があればやりかねないけど、そんな時には部下の反乱を受けかねない。
石額を上ってくる魔族だけを相手んいすれば良いはずだから、軽装歩兵に爆弾を持たせれば事足りる。弓兵も必要ないんじゃないかな。
現在の3つの砦を結んだ線の北側半日程度に設ければ、魔族の動きをかなり詳細につかめるはずだ。
通常の防衛拠点という意味合いよりも、前進監視点の方が分かりやすいかもしれないな。
これは、さらなる魔族対策としてメモに留めておこう。
「同盟軍が正式に発足したなら、南の城壁の見張りを少し減らしても良さそうですね」
「それだけ危機は低下するということですね。私としては東の門の警備がそのままなのが気になるんですが」
東の門はブリガンディ王国から滝の裏を通ってマーベル共和国に入れる道の警備だ。常に1個分隊を配置しているんだが、動きがあれば東の楼門に待機しているエニルの部隊が救援に向かう体制が出来ている。
横に3人も並べないような道だし、道とは言ってもごつごつした岩肌だからなぁ。大舞台での強襲は不可能だろうし、そのような部隊が現れたなら多岐に入る手前の岩棚の広場を見ただけで確認できる。
未だに俺達の砂金を狙っているみたいだけど、すでに砂金採取量は減りつつあるんだよなぁ。向こうにそれが分かるはずもないか……。
「唯一、ブルガンディ領と地続きになる場所ですからね。砦からかなり北に位置していますし、再度攻め込むような愚を犯さないとは思うんですが……。現状のままで行きましょう。ブリガンディだけでなく魔族ということもありえる話ですから」
もっと強化したほうが良いのかもしれないな。城壁と門は現状で良さそうだけど、急峻な山を越えて種数部隊が入ってこないとも限らない。
レンジャーのトレムさんと、その辺りを相談したほうが良いのかもしれない。
「リットンさんの抜けた穴は?」
「住民から募集できそうです。ヴァイスに預けて訓練して貰うつもりです」
マーベル共和国軍は民兵を合わせてどうにか1個大隊規模だからなぁ。
この地にやって来た当初は1個中隊にも満たなかったんだから、だいぶ増えたけど、当時の防衛圏と現在を比べると10倍状に増えている。
出来れば2個大隊程に増員したいところだが現状では難しそうだ。
もっとも、いざとなれば住民が協力して防衛に当たってくれるから、このままで問題が無いのかもしれない。
しばらくは、魔族の動向と周辺王国の状況を見守ることになりそうだ。
「機動部隊と似た部隊は、私達の中に作っても良さそうですね?」
「緊急展開部隊ということですか? 確かに西の尾根には中隊規模で常時部隊を派遣していますが、魔族の不意打ちを考えると心許ないことは確かです」
「光通信や腕木通信機で状況を知ることは出来ます。それを受けて部隊を集めて派遣することになるのですが、どうしても少し遅れてしまいます」
「4個中隊の内、2個中隊は西と南に展開していますからね。非番の2個中隊が訓練と休養中ですから、どうしても召集に時間が掛かっているのが現状です」
1個中隊等という贅沢は言わない。2個小隊でも先に向かわせるべきだろう。その派遣部隊が爆弾をたっぷり持っているなら、尾根をしばらくは持ちこたえてくれるに違いない。
だが、その舞台をどこから引き抜くかが問題だな。
どの中隊も定員に満たないのを嘆いているぐらいだからなぁ。
いっその事、新たに徴募してみるか。とりあえずは2個小隊を作って、常時1個小隊を待機状態にすれば良さそうだ。




