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オリガン家の落ちこぼれ  作者: paiちゃん
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E-203 同盟軍にはリットンさんを派遣しよう


 ティーナさん達が帰還するための護衛兵達が到着したのは、どんよりとした空が毎日続くような初冬に入っての事だった。

 ワインを20樽も運んできてくれたから、ガラハウさんは機嫌が良い。

 俺としては、護衛の騎兵達と一緒に訪れた少年兵達の方が気になるところだ。

 光通信機の操作とその信号を言葉として覚えるための勉強に来たのだが、1個分隊ほどの人数だからね。とりあえず2つの長屋に押し込んで、伝令の少年達の教えを受けて貰おう。

 全員が覚えられるとは思えないんだが、半数でも覚えてくれたならここから宮殿までの通信網構築の足掛かりになるに違いない。


「それでは、来春まで帰還する。申し訳ないが少年兵達をよろしく頼む」

「獣人族なら、気兼ねなく過ごせるでしょう。とはいえ、果たして覚えられるかどうかについては保障できないところです」

「半数でも覚えられたなら上出来だ。少なくとも砦に1人ずつ配置できる。常に通信があるわけでは無いだろうから、その間に他の少年達に教えれば良い」


 かなり前向きな考えだけど、まあそんな風に考えるなら気も楽だ。

 道中の無事を祈って、ティーナさん達としばしの別れをする。


「行ってしまいましたね。これで少し静かになるかと思いましたが、少年兵達がやってきました」

「伝令の少年達に、頼んでありますから何かあった時に対処すれば良いと思いますよ。とはいえ、やって来た少年兵達全員に光通信機を渡すつもりです」

「案外簡単な仕掛けでしたね。見通し距離で使えるなら、馬で連絡するよりも早く伝えられますから、エクドラル王国で普及するかもしれませんね。でもそうなると、私達の通信は全てエクドラル王国の知るところになってしまいますよ」


「その対策は案外簡単なんです。暗号を使えば良いんです」

「暗号ですか? 王宮内で使われていると聞いたことがありますが、軍では使われていませんよ」


 魔族相手の戦ばかりだったからなぁ。手書きの文をそのまま伝令に持たせても何の問題も無かったはずだ。その点王宮ともなると貴族の勢力争いが水面下で行われているようだから、相手だけ伝わるという暗号文が色々と工夫されていたようだ。

 主に単語と数字を変えたものだと父上が言っていたな。


「どのような暗号を?」

「これが一番だと思いますよ」


 テーブルに乗せた小さな冊子は、風の神殿の教えを纏めた経典のようなものだ。子供達に文字を教えようとした時に、それなら道徳の教育も一緒に行おうということで神の籠を得るための努力目標をまとめて貰ったものだ。

 石膏に文字を刻み、その上に説けた銅を流した型板にインクを塗って紙に写し取る。20枚に満たない小さな冊子だけど、人には親切にするとか、年下の者達の良き手本になるとか為になることが書かれているようだ。

 この冊子の教える通りに実践できるのは聖人ぐらいなものかもしれないけど、一応理想は高いに越したことはない。


「これが暗号になるとは思えないんですけど……」

「数字3桁で文字を作ります。最初の数字がページになります。次が上からの行数、最後が左から何文字目か……。これで同じ文字が重複しない数字暗号になりますよ」


「なるほど……、そんな使い方が出来るんですね」

「しばらくは使えると思いますよ。それが相手に知られるとなれば別の手段を考えれば済むことです」


 文字や計算が出来ない兵士や住民が多いから、かなりの数を作って配布しているようだ。今でも食堂の掲示板の下に何冊か置いてあるらしいが、どうやら出回ったらしく、月に1度数冊を補充するだけで済むらしい。


「とはいえ、さすがに暗号通信をエクドラル王国に中継して貰うことは出来ません。将来は旧王都に大使館のような館を作ることになりそうですが、その時にはここから旧王都までの通信経路にマーベル共和国の通信兵を配置したいところです」


 それはしばらく先になるだろう。少なくとも来年ということは無いが、10年以内であることは間違いないだろうな。


「ところで、同盟軍への派遣は誰の部隊に?」

「ヴァイスが名乗り出ているんですが……、さすがにヴァイスではと……」


 俯きながら小さな声で教えてくれた。

 レイニーさんの心境も理解できるんだよなぁ。思わず苦笑いを浮かべてしまった。

 だけど、お祭り好きなお姉さんだからねぇ。適材と言えば適材ではあるんだよなぁ。


「エルドさんが一緒なら問題は無さそうですけど、さすがにエルドさんを出すのも考えてしまいますね」

「エルドも同じことを言ってました。となると、他を当たることになるんですが」


 パイプに火を点けて俺も考えてみた。

 ヴァイスさん並みに、攻撃的でなおかつ部隊全体に目を向けられる人物と言うと……。


「リットンさんなら、ヴァイスさん並みに活躍してくれそうですけど」

「リットンの部隊は弓兵ではありますが混成部隊ですよ。問題はありませんか?」


 種族が統一されていないというのも、ある意味利点になりそうな気もするな。どちらかと言うとネコ族の連中が少ないし、男女比率も男性の方がかなり多いぐらいだ。ヴァイスさんの率いる弓兵部隊が全員女性であることの方が、王国軍からすれば珍しいと言えるだろう。


「特にないと思いますよ。種族はバラバラですけど、男女比率が王国軍に近いですから、向こうも気兼ねしないで済むと思います」

「そうですね。ヴァイスを出すよりも気苦労をせずに済みそうです」


 その夜の会議で、リットンさんの派遣が決まったんだが、ヴァイスさんの御機嫌が良くないんだよなぁ。

 レンジャー達があまり狩りをしない西の尾根の南西部を、広範囲に索敵できる人物はヴァイスさんの部隊以外に任せられないと言ったら、急に笑みを浮かべて機嫌を直してくれた。

 地図で見ると、魔族と会敵する危険性が極めて高い場所なんだけど、すぐ北に見張り台があるし、尾根の指揮所とさらに北にあるレンジャーの監視所の存在があるからヴァイスさん達が会敵するより先に魔族の部隊がいるなら発見できるだろう。

 考えねばならないのは魔族軍が先方に放つ偵察部隊との接触だが、ネコ族のヴァイスさんを出し抜ける魔族はいないだろう。

 唯一の問題点は冬季にネコ族の活動は低下することだが、魔族も雪の中を進軍することは無さそうだ。


「尾根の南に設けた見張り台、その南西に作った王国軍の砦。その中間位置をヴァイス達が遊弋するとなれば、尾根の東の安全性はかつてないほどに高まるでしょうね」

「そんな環境を更に西に伸ばしたいのがエクドラル王国の思惑になるんでしょう。旧サドリナス領内の発展が東側から進むのは俺達にも都合が良いです。以前と比べてマーベル共和国への避難者は少なくはなってきましたが、依然としてブリガンディ王国の施政に変化はありません。南に1日という俺達の領地は、まだまだ開拓の余地がありますよ」


 地図上の開拓地は、領土の十分の一にも満たない面積になるだろう。

 領内を全て農地にするなんてことにはならないだろうが、四分の一ぐらいは安心して農業生活が出来る場所にしたいところだ。


「私達の補給はどうなるのかな? マーベルから補給できないかもしれないよ」

「必要な品は全て王国軍が提供してくれることになってます。……そうだ! 弓兵全員がボニールに乗って戦うから、ボニールに乗れるようにしていて欲しいです。走るボニールから矢を70ユーデ放てる訓練を続けてください。それぐらい飛ばせないと爆裂矢を50ユーデ先に飛ばせませんよ」


「石火矢は少し小さめの物を作っておる。飛距離は30度で放って、300ユーデ程じゃ。40度なら350ユーデに届くぞ」

「尾根で使った爆裂矢はその倍は飛んだけど……」

「劣化版じゃな。さすがにあまり飛ぶと後々問題が出そうじゃからのう」


 300ユーデなら十分だろう。フイフイ砲並みの射程だからね。

 魔族の進撃を一時的に止めることぐらいはできそうだ。


「劣化版ということですが、大きさは?」

「一回り小さいな。重さもかなり軽くなったぞ」

「なら、尾根にもある程度用意しておきたいですね。谷底への攻撃は現在カタパルトだけですが、数は少ないですし操作人員もそれなりの数が必要です」


 エルドさんの問いは、前回の魔族との戦を反省しての事だろう。

 俺は小型の爆弾を増やそうと思っていたんだけど、小型の石火矢も良さそうだな。

「ドワーフ族を増やさんといかんのう……」などと、ガラハウさんが呟いていたがあてはあるんだろうか?

 エクドラル王国の工房から引き抜くのは考えてしまうんだけどなぁ。

                ・

                ・

                ・

 初雪が降って10日も過ぎない内に、共和国は辺り一面の雪景色に変ってしまった。

 子供達がソリで遊べるように、城壁の北斜面になだらかな雪の斜路を作ってあげる。

 毎年の恒例行事なんだけど、数年前から少し斜度のキツイのも作っている。大人も結構遊んでいるんだよねぇ。さすがに子供達の邪魔をするのはどうかと思ってのことだが、年長組の少年達もたまに滑っているようだ。

 大人用の斜路で滑れるということが、年長者の矜持ということなんだろうけど、子供達からの尊敬の代償に怪我をしたりしたら大変だ。無理をしないように子供達だけでの使用は禁止しているとのことだ。


「犬族の人達が遊んでいるんです。エルドも一緒なんですよ」

 

 レイニーさんが困った顔をして話してくれたけど、レイニーさんには分からない心境ということなんだろうな。

 ネコ族は寒さが嫌いだし、イヌ族のエルドさんは寒さなんて何のそのだからだろうな。

 だけど、斜路にエルドさんがいてくれたなら安心できる。斜路が良く見える丸太小屋で焚火をしながら子供達を見守っているんじゃないかな。

 エクドラさんもスープの差し入れをたまにしているらしい。

 やはり雪の中で遊ぶ子供達を見るのが楽しみなんだろう。


「レオンの方は順調なんですか?」

「工房の方は炉を作っている最中です。冬場は水車を動かせませんから水路に水が流れるようになれば直ぐに陶器生産が始まれそうです。ガラス工房は暗中模索と言った状況ですね……。これが現在の彼らの実力です」


 バッグから2つのワイングラスを取り出した。

 赤の持ち手と透明なカップ部分のグラスだったのだが、持ち手部分が六角形の面で覆われている。

 もう少し透明感を出したかったのだが、現状ではスリガラスを水で濡らしたほどの透明感を持たせるぐらいが精々だ。

 もっと細かな砥石を見つけないと、さらなる透明感は出ないだろうな。


「きれいですね……。これを量産すると?」

「量産体制になるには数年は掛かりますよ。先ずは売れる品かを確認したいところです」


 春までには10個ほど作りたいところだ。

 王子様とオルバス家に渡して、残りはエディンさんに買い取って貰えるとありがたいけどなぁ。それでどの程度の付加価値が生まれるか分かるはずだ。

 かなりの高値が付いたなら、クリスタルガラスの試作にその利益を使うことが出来るだろう。


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