ステイト・オブ・ウォー 05年
2014年5/4ガラケー投稿 2019年1/14タブレット端末にて改稿開始〜1/15終了
【 まともな訓練も程々に徴兵され最前線に送り込まれた若者達が目の当たりにしたのは航空機や艦船相手に塹壕やタコ壺掘って反撃のチャンスすら無いまま一方的にぶちのめされる近代戦の過酷な現実と彼等を使い捨てにしつつ見向きもしない祖国上級市民の圧倒的な無関心 まあそんな感じでアルゼンチンの中産階級=メスティーソの兵士目線でマルビナス戦争=フォークランド紛争と消えない痛みを描いた作品 アクション要素やお笑い要素も存在してませんので退屈な鬱展開に耐えられるお客様限定の物語となります。 】
★日本向けのDVDのみSTATE OF WAR=戦争状態のタイトルに変更。
原題:lluminados por fuego.
英題:Blessed by Fire.
戦火に照らされて
アルゼンチン&スペイン合作劇場公開作品.
日本未公開はDVDセルのみ.
1982年3/19~6/14にかけ行なわれた20世紀最後の植民地戦争“フォークランド紛争(アルゼンチン側はマルビナス戦争と呼んでます。)”を戦後29年も経過して漸く経済に明るい兆しが見え始め、21世紀に入りイギリス経由ならフォークランド諸島への自由な観光旅行がイギリス政府から許されたアルゼンチンサイドから映像化した映画と聞いて期待してたんですけどね。ノンフィクションだった為に娯楽要素皆無で鬱展開ばかり…正直眠かったです。
まあそもそも岩礁だらけの上に、年中氷雨が降り注ぐだけの地下資源どころか海洋資源すら怪しい生物が暮らすにはあまりにも過酷なこの諸島群を何故アルゼンチンとイギリスが奪い合うのか……その辺りから説明しないと色々訳がわからないと思います。 まあ簡単に説明すると何れ始まるであろう南極大陸の地下資源&海洋資源の奪い合いの為の前線基地を維持する目的と南アメリカ最南端経由の航路確保が目的 ニュージーランド近くの離れ小島=ピトケアン諸島のイギリスによる領有もオーストラリアやニュージーランドとちょっとだけ揉めてるけどTPP参加締結の条件問題(あれに参加するなら太平洋に領土無いと駄目で参加国全ての承認必要 つー訳で台湾はOKだけど特亜は論外)で価値が上がる一方だし下手に封じ込められるとパナマ運河管理するアメリカに頭が上がらなくなるのですよ。
1959年に締結された南極条約により領有権の主張は一時凍結されてはいるもののイギリス.フランス.オーストラリア.アルゼンチン.チリ.ニュージーランド.ノルウェーはそれ迄何度も行われた探検と地質調査から南極の所有権を譲らず最近ではソレに万能壁画や怪しい文献持ち出してまで権利主張する恥知らずで知恵遅れな国家も存在しまして“まあ今迄ならばクジラやイルカ保護名目で多額の予算供出と調停に協力させてたとある国が2018年にとうとう愛想尽かせて居なくなったもんだから”もっとややこしい事になりそうです(黒い笑い)なお日本はサンフランシスコ講和条約で領有権そのものは放棄しました。 1830年代よりイギリスが実効支配するマルビナス諸島 歴代政権の放漫経営により経済がガタガタだけど南米唯一のヨーロッパ諸国としての誇り(ドイツやスペイン移民多いから)を持つアルゼンチンのチャベス政権はイギリスの弱体化につけ込み領土奪還&南極大陸の利権目当てで他のヨーロッパ諸国やアメリカ合衆国が味方してくれる可能性が高い事を理由に“博打的な行動に出ます”
ミサイルと大量の戦闘機売り込んだフランスにアメリカ 潜水艦技術提供したドイツに間接的な情報支援やってた東欧やイスラエルが煽ったと書いた方が正確かも知れません 自分達はヨーロッパの一員だって誇りも有りました。 後家計が火の車なイギリス海軍も空母とか売りつけたんだよなぁ よくよく考えたらマッチポンプ或いはブリカスの自滅だったんじゃないかと思うのですよ。 1982年3/19.無人のサウスジョージア島に軍艦接近させ“武装農民”を上陸させたアルゼンチンは島の実効支配を宣言し次いで4/2に“民間人保護”の名目でマルビナス諸島全域に1万程の正規軍を上陸させますがコマンド部隊投入したイギリス軍により4/23にサウスジョージア島からは追い出されます。 “漁業や放牧で生計立ててる事になっている”イギリス市民救出目的で徹底的な爆撃と補給線を寸断、半ば干からびた占領軍にトドメを刺すためイギリス軍は6/7に残る全島に1万人以上の戦力を投入。 アルゼンチン軍が降伏したのはそれから僅か7日後の6/14
約3ヶ月に及ぶ戦闘でアルゼンチン軍は戦闘爆撃機100機と巡洋艦に潜水艦を各1隻に哨戒艇2隻を失いメスティーソ出身の兵士中心に256名が戦死777名が重軽傷 そして武装民間人含め上陸軍全員が捕虜生活&当然遺族年金も生活保証も無い生活を体験した事でスペイン&メスティーソ系の中産階級が没落しドイツ・フランス系の上級市民が台頭 何とか勝ってフォークランド諸島を取り返したイギリス軍はヘリを中心に航空機34機と駆逐艦やフリゲート艦.揚陸艦に補給艦の6隻を失い兵士645名が戦死1048名が重軽傷を負った事に加え、過酷な長距離出撃を繰り返した爆撃機全機とハリアー戦闘機作戦参加全機が金属疲労により廃棄処分。 莫大な借金を抱え込んだイギリスは泣く泣く空母やありとあらゆる装備を南米各国やインド 果てはハリアー戦闘機の各種パテントを合衆国へ売却し、それでも払い切れない戦死者の遺族年金や戦傷者の生活保証をどうにかする為にそれまで距離を置いていたEU構想を提案するフランスやドイツに泣き付く事に 終わってみるとどちらの勢力もドイツ系やフランス系の人間だけがボロ儲け。 合衆国やアルゼンチン以外の南米諸国はイギリスに貸しを作りイスラエルや東欧諸国も間接的に利権確保…実際に戦った両国は丸損だった訳です。
とまあかなり感情的だった5年前の感想を書き直し 正直50手前のオジサンが昔思い出してメソメソ泣くのは傍から見てると本当に引く そもそもあの戦争は誰の為に何の為にかと色々思い起こしながら文章を整理して見ました。多少は読みやすくなったと思いますが ついでにあらすじも書き残して置きますね かなり独自解釈が入ったダイジェスト版でしかありませんので勘弁を 令和5年現在、本作は既に大半の店舗でラインナップ外れまず視聴不可能となりました
【 2019年 戦闘終結から約40年を迎えたフォークランド諸島は今も多数の地雷と不発弾 鉄条網にかこまれた立ち入り禁止区域が広がるだけの不毛の大地 当然ながら観光客も寄り付かない僻地です こんな島を巡って真剣に殺し合い不具になったり殺されたり?馬鹿じゃねーのか俺達はとまあ殆どの人間があの戦いを振り返る場所なのかも知れません。 】
俺達の人間らしい心は結局何一つ変わらないあの惨めな島で死んでしまったのかも知れない。復員後様々な職業を転々とし苦労の末にジャーナリストという天職を見つけ出した俺エステバンは苦労を掛けた母に報いる為にもがむしゃらに働いて気が付けば30年近い年月が流れていた。共にあの地獄の様な戦場を体験した親友…あの戦いで片足を失い不具者となったバルガスが妻マルタを残して自らの命を断ったのは2001年のある日の事だ……いつか困った事になったら互いに助け合おう…そんな約束は果たされる事なく俺は変わり果てた危篤状態のアイツを看取りながら過去の日々を思い出す。
150年以上前に奪われた領土の奪還。経済発展に行き詰まったチャベス軍事政権が掲げたソレは弱体化した宿敵から何もかもうばい返す事。若干18歳で徴兵され3週間の基礎訓練を受けただけの俺エステバン.徴兵前に当時婚約者だったマルタと大喧嘩やらかし鬱状態のバルガスそしてお調子者のホアンがチームを組まされたのはマルビナス諸島へ向かう輸送船の中での事だ。アメリカを始めとする国際社会の黙認下で堂々と島を取り返す……貴族気取りのいけ好かない指揮官殿の演説がとんだ的外れだと痛感したのは上陸直後の事だった。
イギリス海軍の海上封鎖により重火器や食料に燃料を運んで来る筈だった輸送船はブエノスアイレスから出港出来なくなり、携帯口糧と僅かな食糧しか持ち込めなかった事で俺達は干上がっていった。辛うじて空輸便は何とか届くものの後詰の役立たずである召集兵にはまともな食事は何一つ回って来ない。凍ったパンで腹を壊し遂に持ち込んだ携帯口糧も食い尽くした俺達三人は、士官用の食材として集められた農民達の羊を盗んだ罪で最前線送りに…沿岸近くにタコ壺を掘り立て籠もるが戦闘機の空爆や艦砲射撃にライフル程度で抵抗出来る筈もなく俺達は敗走を重ねた。
もしかしたら何も残さず砲弾に粉々にされるのかも知れない……海岸沿いの岩場に遺品や手紙、恋人の写真を隠しイギリス軍の砲撃から散り散りバラバラに逃げ回る…昼夜関係無しに降り注ぐ砲弾や機銃掃射は遂にホアンを捉えバルガスも片足を吹き飛ばされ後送された。次は俺の番だ……いけ好かない上司を見捨て抵抗を続けた部隊はイギリス軍に包囲され指揮官の判断で全面降伏。収容所から故郷へ漸く戻るその日の朝、負けたとは言え俺達は英雄だ云々御目出度いにも程が有る演説を聞かされたが目の当たりにしたのは蔑む様にコチラを眺める人々と路地裏で吠え掛かる野良犬…そして泣いて出迎える母の姿だけだった。
結局バルガスの意識は戻る事はなかった。やり切れない気持ちを抱えたまま俺は独り渡航制限が解除されたばかりのフォークランドへ向かう。鉄条網と道路のあちらコチラで見かける地雷や不発弾注意の看板やパトロールを続けるイギリス軍兵士達をスルーして30年前と何一つ変わらない海岸沿いの塹壕を見かけ掘り返してみた…ホアンの時計や写真を手にアイツが今も眠る集団墓地を訪れた俺は遂に心が折れ泣き崩れてしまった。
もしかしたら俺も此処で死んだ方が幸せだったかも知れない。変わり果てた…誰も待つ者が居ない故郷へ俺は独り戻る。いつか来る終わりを感じながら…。
★追記:映画の冒頭.2001年の時点でアルゼンチン軍元兵士達の自殺数が290名を突破し戦死者を超えたと表記されてますが圧倒的に身体欠損や怪我の後遺症で病院通い&生活苦に悩んだ挙げ句…と言った例が多いそうです。PTSDは寧ろ少数派なのかも知れません。




