93話 混合怪物と月の加護
「月魔術?」
「はい。それが私の使う魔術の名前です」
『検索してもかかりませんね。ということは、術式どころか名前すら、あなたが出てくるまでは完全に秘匿されていたのですね』
「それっていわゆる、秘術ってやつじゃない? 門外不出とか、そういうの」
「よく言われますけど、うちの一族はただ人と極端に関わらなかっただけで、結果的に今まで魔術が外に漏れなかっただけなんです。なので、別に門外不出でもなければ、国にすら秘匿しないといけない秘匿魔術ってわけでもないんです」
下層を彷徨いモンスターを探している間、ルナは美琴の配信を観まくって、特にイノケンティウス戦やアモン戦の動画を、暇さえあれば無限リピートしているそうで、驚くくらい攻撃手段とかに詳しかった。
一方で、美琴は顔と名前だけを知っているだけで戦い方も何も知らないので、モンスターと遭遇するまでの間にどんな魔術を使うのか、聞くことにした。
それで彼女の口から出てきたのが、月魔術という聞いたこともないような魔術だった。
秘匿魔術という、あまりにも特殊すぎるあまり他人に悪用されることを防ぐため、一族の中でのみ密かに受け継がれ続ける類かと思ったが、そういうわけでもないらしい。
「基本的には、月が象徴するものを、魔術で月を再現することで具象化するんです。あとは単純に、物理攻撃にもなるので」
「あの三日月はそういうことなのね」
三日月といっても、光の当たり方でそう見えているだけなので、実際はあんなに細いわけではない。
魔術は術式の理解と共にイメージも重要にもなるらしいので、多分三日月=鋭いというイメージを組み込んだのかもしれない。
「美琴様の使う雷は、権能なんですよね? あれってイメージだけで出てくるものなんですか?」
「うーん、自分の体から雷が出るイメージをするって言うより、オンオフを切り替えているイメージに近いかも。いきなり覚醒した力ではあるけどさ、不思議と全く意識しなくても呼吸するように自然に使えるから、具体的にこうしているっていうイメージはないわね」
「流石は雷神です……」
百鬼夜行に巻き込まれ、危うく純潔と命の両方をいっぺんに失うところで、雷神の力が覚醒した。
恐ろしくギリギリで、精神状態も非常に不安定で、次に記憶がはっきりするまで自分がどう動いたのかも覚えていない。
それなのに、病院のベッドの上で意識を取り戻した瞬間から、自分が雷神の能力を得てそれを何も考えず、自然に使えるようになっているのだと本能で理解した。
権能の行使は呼吸と同義。呼吸は自分から抑えに行くものじゃないから、呼吸同然に使える権能の加減も難しい。
龍博の封印が外れてから手加減が恐ろしく難しくなったのも、これが原因だろう。
「オンオフの切り替えとなると、術師のように刻印から魔力を魔術回路に流して、魔力励起状態に移行するイメージなんでしょうか」
「多分それに近いのかな? お父さんのかけていた封印も胸の中心くらいにあったっぽいし、胸の中心くらいに権能を使うための何かがあるのかも」
『自分の体のことですのに、何も分かっていないのですね』
「探索者始めるまで、怪異に付け狙われた時以外で権能を使うことはほとんどなかったからね。……この活動を始めるまでは、化け物だって言われて石を投げられたり悪口を言われたり、仲間外れにされるきっかけになったものだったし」
別に権能が嫌いだったわけではない。何しろ、それを使って自分が何をしたのかなんて記憶にないのだから、嫌いようがない。
ただ、何をしたのかは分かる。美琴を救出した呪術師の証言曰く、美琴がいた場所を中心に京都全域に一瞬の誤差なく全くの同時に雷が落ちたそうだ。
そしてその中心となった場所は、人を避けるような形に巨大な破壊跡が残されていた。それだけで、どれだけ膨大な力がその瞬間に発生したのか想像できる。
”あの、急にきっついボディーブロー叩き込んでくるのやめてくれません?”
”神様扱いされること嫌ってるし、収益化記念配信みたいになったあの配信の時も、化け物って言われないかって超怯えてたし、なにかあるとは思ってたけどさ”
”何気に美琴ちゃんが暴走に近い形で覚醒していなかったらやばかっただろうに、助けられたら強すぎるから化け物呼びとか、ふざけてんだろ”
”九年前と二か月くらい前のアモン戦とで結果が全然違う辺り、受け入れられたんだなって泣けてくる”
”¥50000:あまりにも酷い過去話を聞いて、スパチャを投げずにはいられなかったです”
”¥50000:俺達が美琴ちゃんのことを幸せにするから、少ないけど受け取って”
”¥20000:くそっ、辛い過去を話してくれたのにこれしか投げられない自分が憎い……!”
「いや、あの、確かに辛い過去ではあったけど、もう克服しているからね!? じゃなきゃこんな活動していないし、人のために使うことも……分かった! 分かったから! だからお願いだからスパチャラッシュやめてぇ!?」
確かに辛い過去ではあったが、乗り越えたからこそ今の美琴がいる。
今でも思い出すと少し胸は痛むが、その程度だ。気分が落ち込むなんてことはない。むしろ、その辛い過去があったから強くなれたとすら感じている。
ちょっとした思い出話をしたつもりだったのだが、視聴者達は美琴が無理してその話を話してくれたと思ったようで、続々と赤スパが飛んでくる。時速二百キロくらいの剛速球で。
お金を投げてくれるのはありがたいが、お金を持って取り囲んで札束ビンタしてくるのは違う。
だんだんコメント欄が赤一色で染まり始め、変な汗が大量に出てきたので慌ててスパチャを切ることで、悪い流れを一度断ち切る。
「うあぁ……。この一瞬ですごい額に……」
時間にして一分程度しかなかったのだが、視聴している母数が恐ろしいことになっているため、その一分ちょっとの時間で今日の配信の累計収益が三桁万円を超えた。
「生で美琴様の視聴者のスパチャ芸を見られるとは思いませんでした」
「これ見ている側からすれば楽しいだろけど、実際に受けると怖いからね? いつかは受けてみたいとか、そんなこと考えちゃダメだから」
「美琴様の反応を見て、本当に怖いんだって思いました。五万円が一気に何十個も飛んで来たら、確かに怖いですよね」
コメント欄が赤一色で埋まったのを見たルナは、少しだけ羨ましいという感情を顔に浮かべながら、普段あまり見ないその光景に少し引いていた。
受け取る側の美琴も、投げ銭してくれるのは嬉しいが、それが一斉に数十人からくると怖いが真っ先にやってくる。
『ルナ様も、一つきっかけがあればお嬢様と同じ経験ができますよ』
「流石にちょっと遠慮したいかも……」
できればルナには、このような思いをしてほしくはない。
ぜひとも、その遠慮したいという気持ちは忘れないでいてほしい。
『それよりも、お嬢様の声に反応してモンスターがこちらに来ておりますよ。数は二体。結構大きいです』
「……どうやって捕捉したわけ?」
『このボディーに反響定位機能を追加したので』
「前から思ってたけどさ、アイリ絶対他にも何か色んな機能追加しているわよね?」
『……』
「こら、こっちを向きなさい」
なんだか、買った時より若干大きさが変わっているように見えるアイリをじっと見つめると、すーっとレンズを美琴から逸らす。
そもそもおかしいのだ。ただのカメラなのに、中にアイリがいることを考慮しても、どうして会話がカメラで成立しているのか。
最初に使っていたカメラの時からひっそりと疑問には感じていたが、一人寂しく話し続ける必要がないメリットが大きかったため、気にしなかった。
これは帰ったら問いただす必要があるかもしれないなと、前方から聞こえてくる重い足音を聞き、雷薙を構えながら考える。
「美琴様、サポートします」
「ん、よろしくね」
とりあえず今は、戦闘に集中だ。
下層のモンスターとて油断はできない。
それに何より、弱いパーティーでも下層まで行けるだけの強さを手に入れられるバフをかけるルナの魔術を、その身を以て体験することができるのだ。分析のために、余計な思考は邪魔だ。
「……やっぱりあの時からずっと、生息分布狂ったままね」
姿を見せたのは、ライオンの頭にヤギの頭と胴体、そして蛇の尻尾を持つキマイラだ。
ライオンの口からは火炎を吐き、ライオンの頭の横に並ぶように胴体から生えているヤギの頭は、目を合わせることで精神攻撃を仕掛けてきて、蛇の尻尾は噛み付いた相手を体が持たないほど強力な催淫作用のある毒を流し込む。
それぞれの部位に役割があり、どれも同じくらいに警戒しないといけない。何よりヤギの頭は目を合わせるだけで、下手すれば精神が破壊されるほどの精神攻撃をしてくるので、視線を限定せざるを得ない。
しかし視線を限定すれば蛇の攻撃もあるし、蛇を警戒すればライオンの炎が飛んでくる。
一体のモンスターなのに三体分相手にするつもりでいないといけないため、キマイラは妖鎧武者とミノタウロスに並ぶ、最強格のモンスターに数えられている。
「月夜の繚歌・銀光の羽衣」
後ろに下がったルナが、杖をかつんと音を立てて地面に突き立て、魔術を使う。
彼女の背後に小さな銀色の月が現れると、その光が美琴の体に羽衣のようにまとわりつく。
一体どんな魔術なのだろうかと考える間もなく、キマイラが口から炎を吐き出してきたので、一撃で葬り去らないように威力と角度を調整して、雷薙に雷をまとわせて振り上げて斬撃として放つ。
炎が左右に分かたれて、その間を超速で駆け抜けて至近距離まで行くと、待っていたと言わんばかりに蛇が噛み付こうとしてくる。
正直、炎や精神攻撃より、確実にあられのない姿をさらすことになる蛇の方が危険なので、真っ先にそれを斬り飛ばすことで危険を一つ排除する。
「あ、やっば……!」
少し近すぎるので、蹴り飛ばして距離を離すが、すぐに失敗したとキマイラの死角に入るように動こうとする。
「大丈夫です! そのまま戦ってください!」
キマイラが余計な動きをしないように、後方から炎の槍を飛ばして援護するルナが叫ぶ。
まだ会って間もないが、彼女も配信しているし、人を害するようなことをする子じゃないのも会話からなんとなく察していたので、彼女の言葉を信じる。
蹴り飛ばしたキマイラと目が合う。ライオンではなく、ヤギの目と。
何も対策をしていなければ、この瞬間心の中にあるほんの僅かな恐怖を火種に、発狂死するレベルの精神攻撃を受けることになるが、ばっちりと目が合っているのに何も感じなかった。
”美琴ちゃんあのヤギ頭と目が合ってね!?”
”目を逸らしてー!?”
”でも雷様な美琴ちゃんだし、そういうの通用しないんじゃね?”
”だとしても不安だよ!”
”今まではキマイラと遭遇した瞬間、真っ先に蛇とヤギを潰してから、最後にライオンだったしな”
”もしかしてルナちゃんの魔術のおかげ?”
”調べたら、月の象徴に『精神』とか『精神的』みたいなものがあるっぽい”
”あの月の光がヤギの精神攻撃を防いでいるんだろうな”
一番厄介ともいえるヤギ頭の能力が通用しないのであれば、もはやただの大きな的だ。
美琴とキマイラの間にある空間をレールにして、自分を弾丸と見立てて超電磁加速で撃ち出す様に加速する。
一瞬で間合いに入り込んだ美琴は、反射的に迎撃してきたキマイラの右前足の攻撃を雷薙で切ることで防ぎ、振り上げた薙刀を振り下ろして首を斬り、まずは一体を片付ける。
「次」
鋭い視線を斜め右前に向けると、喉が燃えるほど炎を蓄えたキマイラが前方におり、踏み込もうとした瞬間に自分の体を焼きながら炎を吐き出してくる。
回避は容易だが、そうしたらルナに危害が加わる。
「月夜の繚歌・鏡月の楯、月魄の王冠」
それを避けるために雷霆万鈞で炎諸共両断しようとするが、美琴の正面に綺麗な円の楯が現れて、炎を防ぎきる。
それと一緒に、美琴の頭に何かが乗っかるような感触があり、左手で触れてみると飾り物のようなものがあった。
あとで何が乗っかったのか確認することにして、やけに軽く感じる体で軽く踏み込むと、自分の雷として撃ち出していないのに猛烈な速度でキマイラに接近した。
「征雷!」
大きく顎を開いて頭からかぶり付こうとしてくるが、雷鳴を轟かせながらすれ違いざまに真ん中から上下に両断する。
恐らく、ルナのバフがかかっているのだろう。今までの征雷よりも比べ物にならない速度が出た。危うく壁に激突しそうになるくらいに。
「なるほどね、これは確かに強力だわ」
体にまとわりついていた羽衣のようなものと、頭にあった何かが乗っている感触が消えるのを感じながら、確かに感じていた強力なバフに苦笑を浮かべた。




