117話 Side フェニックス
桜ケ丘昌、十七歳。
美琴とは中学時代からの付き合いで、お互いの家にお泊りしにいったり、休日はどこか出かけたり、高校二年生の時の夏休みの時には二人で海に行って遊んだりするほど仲がよく、親友といっても差し支えないだろう。
中学一年の時からの付き合いなので、かれこれもう四年にもなって、大分お互いのことを理解できているが、昌はどうしても美琴には明かせないことがあった。
それは、昌自身も美琴と同じ魔神であり、炎を操る不死身の鳳、フェニックスであるということ。
美琴と初めて会った時はすでに、昌はフェニックスとして覚醒した後だった。
魔神になる資格を持つ者が能力を完全に覚醒させると、ソロモンに封印される直前までの記憶を呼び起こすことができる。
そのため、桜ケ丘昌という少女としての記憶と知識は年齢相応だが、魔神としての戦闘能力や経験などは、魔神として活動していた時も含めて数えきれないほどある。
とはいえ、記憶を呼び起こしているとはいっても、フェニックスとしての記憶と人格が元となっている昌の記憶と人格に混ざっているような状態なので、精神年齢などは実年齢相応だ。
精神年齢や精神力などは年齢相応なので、普通の少女のように焦るし、驚きだってする。
もし自分の全てがフェニックスとなっていたら、きっともっと冷静でいられたのだろうなと、朝からずっと続いている、魔神を殺しかねないヤバい兵器を開発しているフレイヤと、なんでか一緒にいるベリアルとのコラボ配信を観ながら机に突っ伏した。
「マジで厄介なのが出て来てくれたわね……。あいつ、封印されたままでもよかったのに……」
昌は今回の首謀者に、なんとなく心当たりがある。
最初に黒い結晶を体に埋め込んで現れた猪原が黒い雷を使った時点で、思い当たるものは一人しかいない。
それはすなわち魔神だ。
「一瞬バアルゼブルの悪性部分かと思ったけど、悪性部分は善性部分が解き放たれた時に、封印されたままどこかに消えたし、今もそれの封印が解けていないってバルバトスも言ってたから、あの破壊神の一面が強い悪性じゃないのは確定したのはよかったけど、なんでよりよってあいつなのよ」
二例目となる、黒い結晶を持った黒雷を操る者。
あの龍は、ダンジョン産のモンスターでもなければ、怪異でもない、精霊や神獣の類だ。
あの手の存在は、一部地域の信仰や産土神信仰といった土地神などが、長い年月信仰心という正のエネルギーに近しいものを受け続けることで、本物の守護神や土地神として現れる。
恐らく今回の首謀者が、どこかからその土地神を引っ張ってきて無理やり自分の眷属に仕立て上げて、面白半分で美琴にぶつけてみたのだろう。
美琴は、《《自分なりに権能をかみ砕いて解釈し》》、たった九年とはいえ恐ろしく使いこなしている。
だがそれでも、魔神という超常の存在と本気でやりあうにはまだ少し足りないし、彼女自身魔神の記憶を呼び起こしていないこともあって、半神前といって差し支えないだろう。
「美琴に直接戦いを挑んでいない辺り、まだ比較的理性が働いている方だけど、でもそう遠くないうちに我慢できなくなって挑むかもしれないわね」
思い浮かべている一人の魔神は、アモンと同じレベルの戦闘狂で人の不幸、特に親しい人や愛しい人が目の前で無残に殺されて泣き喚くのを見るのが大好きな真正のサイコパスだが、過去に全盛期バアルゼブルにぼこぼこにされて以来、怯えて比較的理性的になったという経緯がある。
それもあって、バアルゼブルの力の半分を宿した美琴にちまちまちょっかいを出しているが、例え半分の力しかなくても本気を出したフェニックスやベリアルと戦えるほど強い。
しかも神性まで開放したアモンを神性開放が使えない状態のまま倒したので、それもあって過去にぼこぼこにされた恐怖が先に立っているようだ。
「あいつの権能はバアルゼブルと一部被っているし、もし地上でぶつかるようなら、一つの狭い範囲に巨大台風が二つ同時に発生しかねない。どうにかして引き離したいけど、どこにいるのか分かっていないし……」
椅子の背もたれにもたれかかって、椅子をゆらゆらと揺らしながら天井を見て考える。
「……ダメもとで電話してみるか」
一人、居場所を割りだすことができるかもしれない人物に心当たりがあるので、机の上に開いてある教科書とノートの隣にあるスマホを取ろうと腕を伸ばす。
先週床に落としてひびが入っているガラスフィルムのままのスマホを手に取って、開きっぱなしにしていたアワーチューブを閉じると、その瞬間に電話がかかってくる。
「もしもし、バラ───」
『フェニックスうううううううううううううう!!! だずげでえええええええええええ!!!』
電話をかけてきた張本人、知者の魔神バラムが、開幕号泣しているような声で叫ぶ。
あまりの大声に咄嗟にスマホから耳を放し、これに頼ろうとした自分が間違っていると通話を切ろうとするが、電話越しで大きな声で『お願いだから切らないで』と懇願されたので、スマホを耳に当てる。
「電話で大声出すのやめてもらえる? 鼓膜が破れても治せるとはいっても、痛いものは痛いの」
『ごめん……!』
「で、どうしたわけ? まさか、この間美琴がダンジョンから出て来た時みたいに、仕事を抜け出して助けを求めているわけじゃないでしょうね」
少し前の美琴の配信で、地上に戻ってきて配信を切ろうとしていたところに、泣きながら助けを求めてきたことを思い出す。
元々、ブラッククロスのあまりにも酷い扱いのせいで、ぼろぼろでくたびれたOLみたいになっていたこともあって、長身ダイナマイトボディの超不憫な美人として、モデルデビュー前から謎の人気を獲得していた。
それもあって、また不憫な目に遭っているとあの配信の後でネット上では、ちょっとしたお祭り状態になっていた。
『違うわよ! それに関しては琴音に「次逃げたらもっと際どいの行くけど覚悟はある?」って実物見せつけられながら脅されてるから逃げられないのよ! そうじゃなくて、深層上域攻略成功した時にブラッククロスの行く末を予言したじゃん!? それで、私が言った通りのことが最近あって、私の予言は必ず当たるっていう口コミが事務所内で爆速で広まって、先輩や同期、仲良くなった飲み友から自分の未来を見てほしいって言われて、追い掛け回されてるのよ!』
「自業自得じゃない。ざまあないわね」
『酷い! 助けてくれないわけ!? この薄情者お!』
「むしろどうして助けてあげると思ったわけよ。前にも言ったけど、あんたは過去に私達を騙しまくってただでさえ混沌としていたのを更にめちゃくちゃに引っ掻き回したんだから、信用なんて今のところ美琴以外からはゼロだし、私もベリアルもあんたを助ける気なんて微塵もないわよ」
バラムは、今でこそ不憫で男性達から養ってあげたいとか、美味しいご飯を食べさせて満たしてあげたいとか言われているが、過去を知っている昌からすれば、この世界で一番信用してはいけない存在だ。
神血縛誓で彼女は絶対に裏切ることも、騙すこともできなくなっているので、そこは多少は信頼できるが、過去の悪行があまりにもデカすぎるせいで助けてあげたくない。
「というか、わざわざ自分の権能を使って私がスマホを取る瞬間を見てそれに合わせて来るとか、ある意味暇人じゃないのあんた」
『暇なわけない───ヒッ』
突然黙ったのでどうしたのかと耳を澄ませると、電話越しにバラム以外の声で『マラブさ~ん。どこにいるのお~?』という若い女性の声が聞こえてきた。
なるほど、確かに彼女は事務所内の芸能人やモデル、果てにはきっとそこのスタッフや事務員にすら追い掛け回されているのだろう。
口を手で塞いでいるのだろう。まるで海外のホラー映画のように、ふー、ふー、という少し震えた呼吸音だけが聞こえてくる。
「ま、あんたがそこでどんな目に遭っていようが、私は助けになんて行かないけど」
『っ、っ、っ!?』
まだ近くに人がいるようで、声にならない声で反論してくる。
「というか、私は琴音さんの事務所のモデルでも女優でも何でもないし、仮に助けてあげようにも助けてあげられないんだけど」
『そこはどうにかして助けに来てよっ』
超小さな声でいうバラム。もちろん、助けに行く気はさらさらない。
「助けには行かないけど、あんたには一つ協力してほしいことがあるの。働き次第では、琴音さんに掛け合うことを検討してあげなくもないわよ」
『するっ。協力するっ』
あくまで検討するだけだと言うのに、藁にもすがるような感情のこもった声で即了承するバラム。
追い詰められすぎたせいで、知者の魔神だと言うのに知者らしい欠片もないなと、若干小馬鹿にするように鼻で笑う。
とりあえず、昌はバラムに用件だけを伝える。
電話越しからも伝わっていた怯えは、昌が用件を話していく内に真剣なものになっていくのを感じた。
『あの黒い雷ね。私は悪性の方だと思っていたけど、そうね。そういえばあいつもいるんだったわね』
「ソロモン王が施した封印が、現代でどんどん解除されて行っている。その証拠に、私、ベリアル、あんた、バルバトス、アモン、あのサイコパス、バアルゼブルとがこの日本という島国に集まっている」
他の魔神の封印も、かなりの数が破損して解除されているのを、バルバトスの口から教えられている。
悪性は、封印自体はいまだ健在だが、悪性を封じた物がなくなっているので、それがどこにあるのかは不明だ。
『あのサイコパス、もう数千年封印されていればよかったのに』
「それには同意するわね。それより、あんた大丈夫なわけ?」
『何が?』
自分が今どんな状況に陥っているのかを忘れたようで、呆れたように息を吐く昌。
その瞬間、ロッカーにでも隠れていたのだろう。それが勢いよくバァン! と開く音が聞こえた。
『みぃ~つぅ~けたぁ~』
『ぁ……』
『さぁ、マラブさん。みぃ~んな、首をながぁ~くして待っているわよぉ~』
『い、嫌……!』
『大人しく付いてきましょうねぇ』
『嫌ああああああああああああああああああああああああああ!? フェニ……昌! 昌あああああああああああ!! 助けてえええええええええええええええええ』
ものすごい事件性のある悲鳴を上げるバラム。
ここだけ切り取ったら、間違いなく勘違いする人が出てくるだろうなと、電話越しでわちゃわちゃしているのを聞いてから、無情に通話を切る。
ひとまず、数時間は大勢の未来予知に時間を使われるだろうから、また彼女から電話がかかってくるのを気長に待つことにして、またアワーチューブを開く。
ちょうど美琴達が龍を倒し終えたところで、猪原の時と同じ謎の黒い結晶と、スケールをうんと小さくしたフォルムそのままのミニ龍を拾うのが映されていた。
「やっぱり、美琴の真価が発揮されるのは周りに巻き込む人がいない、完全ソロの状態の時だけね。フレイヤも中々にイカれているみたいだけど、おかしいのは兵装であって本人じゃないし」
もし美琴一人だったら、今の通話の間に倒し終えていただろうと呟く。
そもそも、魔神の権能自体が魔法よりもはるかに上の代物で、軽く使うだけでも大規模なものになってしまうため、魔神同士の共闘以外には向かない。
だが美琴は、自分でさくさく進んでしまうことよりも、知り合いや友人と楽しく進めていくことの方が大事なようなので、一人の方が効率がいいことは分かっていても最近はそれをする機会が少なくなっている。
「ま、あの子が楽しく配信をしているならそれでいっか」
ノートの上に転がっているシャーペンを取って、くるくるとペン回しをしながら言い、親友の配信をラジオにして、片付けるのに苦労している学校の課題に取り掛かった。




