王宮へ
エーリク様は変装用の魔導眼鏡に、私が目にしたものを記録する機能を付けていたらしい。
けれども途中で変装を解いたので、肝心の聖人インゴルフの暴露が記録できていなかったようだ。
申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
しかしながら、聖人インゴルフがインキュバスだった場合は記録できなかっただろうと話していた。なんでも記録は人にのみ有効で、実体が明らかではない悪魔には無効となるようだ。そのため気にしなくていいとエーリク様は言ってくれた。
それからというもの、エーリク様の行動は早かった。
すぐに国王陛下に謁見し、王太子殿下との面会を願ったという。
国王陛下は最初こそ渋ったものの、私の名前を出すと許可を出してくれたようだ。
なんでも、昨日の騒動で魔力を奪われた聖騎士を助けて回ったことで、メクレンブルク大公家の聖嫁が救世主だった、という話が広まっていたらしい。
「ゼラのおかげで、王太子殿下との面会が叶った」
「聖騎士達を救って回ったのは、わたくしではなく、メルヴ・ウィザードなのですが」
名声を横取りするようで申し訳なく思ったものの、メルヴ・ウィザード本人は私の指示でやったことだからと言って気にしていないようだった。
なんて謙虚な子なのか、私も見習いたいと思った。
「聖人インゴルフの野心と正体については、話せなかった」
国王陛下の聖人インゴルフへの信頼が厚く、証拠がない以上、説得しても無駄だと判断したようだ。
「あの者は、闇討ちするしかない」
「そう、ですわね」
王太子殿下への面会に際して、エーリク様は聖女らしい服装も用意してくれた。
白いドレスに銀の刺繍が入った、上等な一着である。
メクレンブルク大公家の聖嫁時代でも、こんな仕立てのよい服は着ていない。
このような物を用意してもらって恐縮していたら、エーリク様は「聖女だと思わせるための演出だから気にするな」と言ってくれた。
お風呂でしっかり身を清め、ささやかながらも化粧を施し、髪を丁寧に結う。
白いドレスに袖を通し顔を覆うレースを被ったら、なんだか聖女らしく見えるから不思議だ。
出発時間となり、エントランスホールへいくとすでにエーリク様の姿があった。
いつもは全身をすっぽり覆う外套姿だったが、今日は詰め襟の上着にズボン、マントを合わせた正装でいる。
「まあ、エーリク様、今日は素敵な装いですのね」
「胡散臭い格好で王太子殿下の前に出て行くわけにはいかないからな」
実に、十年ぶりの再会だという。
「ずっと持病を患っていらっしゃると思っていた。聖人インゴルフが何かしていたとしたら、絶対に許さない」
「ええ……」
メルヴ・ウィザードとふわりんもやってきた。
メンバーが揃ったので、出発となる。
王宮へは馬車を使って向かう。王宮に近づくにつれ、今日も謁見を希望する貴族達が乗る馬車が列を成していた。
私達は貴賓用の入り口を使って、王宮内へと入る。
王太子殿下専属の近衛騎士が迎えにやってきた。
「オルデンブルク大公と――メクレンブルク大公家の聖嫁様でしょうか?」
「彼女は聖嫁ではない、聖女だ」
すでにメクレンブルク大公家のシモンとは離縁していることを、エーリク様は強調して伝えていた。
「聖女ギーゼラ様ですね。申し訳ありませんでした」
「いいえ、どうかお気になさらず」
表情が強ばっていた騎士だったが、言葉を返すと安堵の表情を見せていた。
「こちらへ」
魔導昇降機で王太子殿下の寝室まで向かう。
聖教会の大聖堂では、うんざりするくらい階段を上ったので、魔導具はなんて便利なんだとしみじみと思ってしまった。
寝室の前には近衛騎士がずらりと並んで待機していた。
「なんだ、護衛に人数を割きすぎではないのか?」
「今日はオルデンブルク大公と聖女ギーゼラ様がいらっしゃると聞いて、皆で出迎えをしていました」
「そうだったのか」
隊長格の騎士がやってきて、深々と頭を下げる。
年齢は二十代半ばだろうか。
王太子殿下の近衛部隊隊長としてはかなり若い。
きっとこれまで務めていた者達は、辞めてしまったか、下ろされてしまったのだろう。
「近衛部隊隊長、エール・フォン・アンハイサーと申します」
あろうことか、アンハイサー隊長は片膝を突く。残りの騎士もあとに続いた。
「オルデンブルク大公、聖女ギーゼラ様、どうか、王太子殿下のご病気を奇跡の力でお治しください!!」
アンハイサー隊長の声は震えていて、切実な想いが滲んでいた。
「大丈夫だ、彼女に任せてくれ」
「は、はい!」
そんなことを言って大丈夫なのか、と心配になったものの、先ほどまでの近衛騎士達の表情は悲壮感に溢れていた。
聖人インゴルフの奇跡をもっても、王太子殿下の病気が完治しないので、彼らはずっと不安だったのかもしれない。
ひとまず、現在どのような状態なのか調べる必要がありそうだ。
中へと入ると、消毒液の匂いがムッと漂う。
それだけではなく、先日聖人インゴルフと会ったさいに嗅いだ甘い匂いも鼻腔をかすめた。
アンハイサー隊長の先導で向かった先に、立派な天蓋付きの寝台がある。
そこに、王太子殿下が体を休めているようだ。
「王太子殿下、オルデンブルク大公と聖女ギーゼラ様がいらっしゃいました」
「……?」
ヒューヒューと息を吐くような小さな声が聞こえた。
それをアンハイサー隊長は聞き取り、私達に教えてくれる。
「王太子殿下はお二人の訪問を、喜んでいらっしゃるようです」
それを聞いたエーリク様はたまらず、枕元へ駆け寄る。
「王太子殿下、あなたの一番弟子、エーリクです」
久しぶりの再会となったものの、エーリク様は表情を引きつらせた。




