ギーゼラとお仕事
「これだけの料理を朝から準備するのは大変だっただろう」
「いえ、実はメルヴさんに手伝っていただきまして」
「ああ、会ったのか」
「はい」
メルヴ・ウィザードは魔法を駆使し、自給自足生活を送るための野菜作りや家畜、家禽の世話、食材の加工などを行っているという。
「昨晩食べた野菜スープはメルヴ・ウィザードのレシピなんだ」
「そうだったのですね」
手っ取り早く栄養を取ることができるスープは、おいしさの追求などなかった。
全体的に味付けが薄かったのも、毒が混入されていたらわかるようにするための対策だったという。
「僕も最初の頃は食が進まなかったのだが、何年も口にしているうちに舌が麻痺して、普通に食べられるようになっていた」
エーリク様は遠い目をしながら話す。
「僕にも、料理をおいしいと思う感覚が残っていたのだな」
「いいことかと」
毒を警戒しながら食事をしなければならないなんて、あまりにも悲しい。
生きる上で大事な食事を、義務のようにこなすのは辛いだろう。
これからは少しでもおいしい食事を食べて、楽しみを見いだしていただきたい。
そう願ってならなかった。
このあと、エーリク様は魔導省に出勤するという。
「お昼はどうされているのですか?」
「昨日食べたメニューが職場に転送されるようになっているのだが」
「でしたら、お弁当をお作りしますね」
「いいのか?」
「はい、お任せくださいませ」
一時間後に出勤するというので、手早く調理しなければ。
先ほどのパンケーキ作りで余った生地と、ホウレンソウのペーストを利用し、お弁当用のメニューを作ってみよう。
まず、パンケーキの生地をクレープみたいに薄く焼いていく。
ホウレンソウのペーストはアーモンドパウダーとニンニク、塩、コショウを加え、オリーブオイルを入れて混ぜ合わせる。なんちゃってジェノベーゼソースの完成だ。
ソーセージを焼いて、クレープ生地に乗せ、ホウレンソウのソースを合わせたあとくるくる巻いていく。
いくつか作り、ワックスペーパーでキャンディ包みにしてからバスケットに入れたら、お弁当の完成だ。
思いのほか時間がかかってしまった。エーリク様の出勤に間に合うだろうか、とバタバタしていたら蒸留室にメルヴ・ウィザードがやってくる。
「エーリク様はまだいらっしゃいますか?」
『ウン、イルヨ』
「よかった」
メルヴ・ウィザードは何か必要な品がないか聞いてくる。
「でしたら――」
ある品物を頼むと、メルヴ・ウィザードは持ってきてくれると言ってくれた。
「ありがとうございます、助かります」
と、ここでのんびりお喋りしている場合ではなかった。
玄関まで転移すると、ちょうど出発するところだったらしい。
「どうした?」
「その、お見送りとお弁当を」
「ああ、そうだったな」
しっかり食べて、お昼からも元気に働いてほしい。そんな願いと共にお弁当を託す。
「今日はバタバタせず、ゆっくり休め」
暇があれば、書斎の本を読んでもいいという。
「はい、ありがとうございます」
休めだなんて言葉を聞いたのは久しぶりだった。
なんていい職場なのか、と思ってしまう。
感激している場合ではない。しっかりお見送りをしなければ。
「エーリク様、いってらっしゃいませ」
そんな言葉をかけると、エーリク様はキョトンとした表情を見せつつ、「いってくる」と返してくれた。
なんとか間に合ったので、ホッとひと息。
仕事はこれで終わりではない。エーリク様はゆっくり休めと言ってくれたが、鶏のお世話をしなければならないのだ。
まず、餌を用意する必要がある。
野菜の皮だけでは足りないので、手作りしなければ。
蒸留室に移動し、手早く作業に取りかかる。
たらいにホウレンソウの根や温野菜に使った野菜の皮を刻んで入れた。
「あとは――」
ここでメルヴ・ウィザードが転移魔法でやってくる。
『持ッテキタヨ!』
「ありがとうございます」
先ほど、メルヴ・ウィザードに鶏の餌になりそうな物を頼んでおいたのだ。持ってきてもらったのは、小麦の外皮に砂。
神学校時代、砂を餌に入れると聞いて驚いたのを思い出す。
なんでも砂に含まれる土や小石が鶏の食事の消化に役立つようだ。また砂を食べることによって、不足しがちな栄養補給にもなるという。必要な栄養分だけ吸収され、不要な物は排泄されるというので、食べてもまったく問題ない。
手作りの餌が完成すると、鶏舎に運ぶ。
鶏達はお腹が空いているのか、餌箱を覗き込んで待っていたようだ。
「お待たせしました!」
手作りの餌を入れてあげると、いつもと違うからか、戸惑うように見ていた。
けれども一番大きな体の鶏が食べ始めると、残りの子達も続いたようだ。
元気よく餌を突いている様子を見て、胸をなで下ろす。
新しい餌をたっぷり食べて、黄身が美しい卵を産んでほしい。
鶏達が餌を食べている間、鶏舎を掃除する。こんなふうに鶏のお世話をするのは久しぶりだな、と神学校時代を思い出してしまった。
ここにいる鶏達は大人しくていい子だが、神学校の鶏は凶暴で、餌やりにやってきたのに背中に跳び蹴りを受けることが何度もあった。
鶏の攻撃から体を守るために、背中に参考書を入れて挑んだ日々が懐かしい。
藁を回収し、糞を削ぐように剥がしたあと、水で流す。
新しい藁を広げ、新鮮な水も用意する。
あっという間に鶏舎はきれいになった。
「――よし!」
藁は堆肥作りに使っているようで、専用の入れ物が置かれていた。
中に藁を入れると、魔法陣が浮かび上がる。
数ヶ月かかる堆肥作りを、一瞬で行う魔法のようだ。
臭いもないので、画期的だと思ってしまった。
その後、庭に出て薬草を摘んだり、パンを焼いたり、茶葉を作ったり、とできることをこなしていく。
お昼は朝の残りをいただいて、簡単に済ませた。
夕食はビーフシチューにしようと思い立ち、お昼過ぎから仕込みを開始する。
たっぷりの野菜と薬草、鶏ガラを使ってブイヨンを作り、牛肉がホロホロになるまでしっかり煮込む。
ぐつぐつ煮込む音を聞きながら、エーリク様の書斎で借りた本を読む。
こんなふうにゆっくりと過ごすのは、神学校のホリデー以来だろう。
エーリク様に感謝しつつ、のんびりとした時間を過ごした。
◇◇◇
夜――エーリク様が帰ってきたとふわりんが教えてくれる。
玄関まで迎えにいくと、くたびれた様子だった。
「おかえりなさいませ」
「ああ、今戻った」
「お疲れですね」
「酷い目に遭った」
なんでも中央街にある魔導噴水が壊れたようで、修繕を行っていたらしい。
「聖教会の信者が噴水の水は汚水だとか言い出して、暴徒と化し、壊したようだ」
「まあ」
知らない間に、とんでもない事件が起きていたようだ。




