ギーゼラのやりたいこと
エーリク様はこれまで一人で戦ってきた。
ただそれを可能としたのは内訌――オルデンブルク大公家内での争いだったからなのだろう。
聖人インゴルフは聖教会の貴賓であるため、情報収集など困難となる。そのため、私を引き入れたのだ。
しかしながら、これほどまでに屋敷内の人員を排除した過去がある中、よく私に衣食住を提供してくれたものである。
そうでもしないと、逃げ出してしまうかもしれないと思われていた可能性があるが。
打倒聖人インゴルフを叶えるため、これからしっかり支えよう。
そのためには、万全の体制でいないといけない。
具体的に何が大事かと言えば、充実した私生活である。
よく寝て、よく食べて、よく遊んで――生体機能の歪みをなくすことが大事だ。
まずは〝食〟を見直したい。
「他、聞きたいことや、やりたいことなどあるか?」
「ございます!」
「なんだ?」
「エーリク様のお食事を、わたくしに任せていただけないでしょうか?」
「食事を? なぜ?」
「おいしい料理を食べていただきたいからです」
今の食生活は、効率的な栄養を体に流し込むだけの作業に過ぎない。
食事というのはもっと、味わって楽しむものなのではないか、と思ったのだ。
「料理がおいしいと、何かいいことでもあるのか?」
「食事が楽しみになります」
私の主張が理解できないのか、エーリク様は小首を傾げている。
「食事は楽しむものではないだろう」
「その辺は人それぞれだと思います。ただ、食事を楽しみに思う人達は少なくありません」
「なるほど、そうなのか」
これまでエーリク様にとっての食事は、健康維持に必要な作業に過ぎなかったのだろう。
「どうかわたくしにお任せくださいませ」
「そこまで言うのならば、よほど料理に自信があるのか?」
「いいえ、まったくございません!」
私の返答を聞いたエーリク様は、肩透かしを食らったような表情を浮かべたあと――なんと肩を震わせるようにして笑ったのだ。
「自信満々に答えるな!」
「申し訳ありません」
ただ、先ほど食べた料理よりは、おいしい物を作る自信がある。
「お気に召さなかったら、元の食事に戻しても構いませんので、しばらくお任せいただけないでしょうか?」
エーリク様は腕組みし、しばし悩むような仕草を見せたあと、まっすぐ私を見つめる。
「信じていいのだな?」
「はい!」
三食あの料理を食べていたら、いつか逃げだしたくなるだろう。
そうならないためにも、食事の実権を握ることは大事なのだ。
「わかった。しばしお前に食事を任せることにしよう」
「ありがとうございます!」
明日から張り切って料理を作らせていただく。そう、エーリク様の前で誓ったのだった。
その後、エーリク様は厨房を案内してくれた。そこは厨房というより、魔法使いの工房といったほうが相応しいような空間だった。
「ここはもともと蒸留室だった部屋を、厨房として使っている」
蒸留室というのは薬草の調合や保存食作り、それらの保管を行うための部屋である。もともと厨房と似たような役割があるため、改装せずにそのまま使っていたそうだ。
「こっちが食品貯蔵庫だ」
敷地内で栽培している小麦粉に、ジャガイモやニンジンなどの野菜、岩塩やコショウなどの調味料も揃えられている。
「こちらは、蜂蜜ですか?」
「ああ、そうだ」
なんでも庭で養蜂もしているらしく、これからのシーズンは採蜜も行うようだ。
「食品はここにもある」
床下に収納があるようで、エーリク様は床板を外して見せてくれた。
「この中は保冷魔法がかかっていて、肉や葉野菜などの生鮮品を保管している」
右側が冷蔵、左側が冷凍となっているようだ。
「肉は鶏と牛、豚の三種類で、それらの肉を加工したソーセージもある」
ソーセージは料理として提供されたときはカチカチでサラミみたいだったが、調理前はごくごく普通の物に見えた。
最大の問題は調理工程なのだろう。
冷蔵庫の中には、先ほど見に行った鶏が産んだ、緑色の黄身をした卵もあった。
「あの、この卵、普通の卵にできませんか?」
鶏の世話は私がするので、と懇願してみる。
「おいしくなかったのか?」
「味がどうこうより、見た目のダメージがありまして」
「わかった。ならば、しばらくお前に任すことにしよう」
飼料はないようなので、庭で摘んだ草花や、野菜の皮などを食べていただこう。
「腕輪を」
何をするのかと思いつつも差し出す。すると、エーリク様は私の腕輪に触れ、何やら魔法をかける。
「転移先に鶏舎を増やしておいた」
「ありがとうございます」
仕事が増えたものの、緑色の卵だけは無理なので、しっかりお世話させていただこう。
鶏の餌を中断するため、貯蔵庫にも魔法をかけ直していた。
よくよく確認すると、貯蔵庫にも魔法陣が描かれている。
自動調理をするために、食材も魔法で管理されていたのだろう。
「魔導調理器についても、一応説明しておこう」
調理台にどっかりと鎮座する箱がそれだという。蓋を開くとびっしりと呪文が刻まれていて、鍋に食材を入れて魔法を発動させるだけで調理を可能とするようだ。
「魔導調理器には三百種類ほどの料理を作る機能が備わっており、食材を入れたあと、料理名を言うだけで調理が開始される」
その工程すらもエーリク様は自動化させており、人の手を加えずに調理から配膳までを可能としているという。
「使ってみるか?」
「そうですね。コンソメスープみたいな、時間がかかる料理のときはお借りするかもしれません」
基本的には、魔導調理器を頼らずに料理をするつもりである。
「ここにある食材は自由に使ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「足りない物があれば、買い足すことも可能だ」
なんでも懇意にしている商人に要請すれば、使い魔を放ってくるらしい。
「朝に注文したら、昼までには届けてくれる」
「便利ですね」
「ああ」
最初のうちは、屋敷にある食材だけで料理してみよう。
「食材以外にも、必要な品があれば頼むといい」
商人の使い魔を呼ぶことができる、小さな鐘を貸してくれた。
手に取っても音が鳴らないので確認してみたら、中が空っぽだった。
「それは魔法の鐘で、必要に応じて音が鳴るようになっているらしい」
「なるほど、そういうわけでしたか」
いったいどんな使い魔がやってくるのか。
呼ぶのが楽しみだ。




