第56話 たとえ世界の果てに逃げたとしても <完>
「アダムさん……いくつか聞きたいことがあるのですが、良いですか?」
ソフィアの問いにアダムは肩をすくめた。
「そうだな。もう今更取り繕っても仕方ないからな。何でも聞いてくれよ」
「私はアダムさんが一緒に暮らさないのは、お花屋さんのお嬢さんが好きだからと思っていました」
するとアダムは目を見開いた。
「俺がデイジーを? そんな! あり得ない! あの子は俺が資金援助していた児童養護施設出身なんだ。16歳になって施設を出なければならなくなったから、俺が就職先を探して花屋を紹介したんだよ。それでたまに様子を見に行ってただけだ」
「え? そうだったのですか?」
「あぁ、当然だ。俺はあの子が小さい時から見てきたんだ。彼女は俺の妹のような存在だ。それにさっきも言ったかもしれないが、君と一緒に暮らさなかったのはヴァイロン氏と約束したからだ。どのみち、俺は自分の生まれ育った生家を捨てたくは無かった。どんなに狭くて古くても……両親との思い出が詰まった家だからな。ここが落ち着くんだ」
ソフィアはアダムの話を黙って聞きながら……とても感動していた。
どんなにお金持ちでも、自分では贅沢しない。寄付を惜しまず、面倒見の良いアダムを増々好きになっていた。
(私……やっぱり、アダムさんのことが……好き。大好き)
「アダムさん……私、貴方が好きです」
ついにソフィアは思いが募り過ぎて、アダムに告白してしまった。
「……は?」
いきなりの告白に、アダムはポカンとした顔でソフィアを見つめている。
「聞き違いか……? 悪い、ソフィア。今、何て言ったんだ? もう一度言ってみてくれるか?」
「分かりました。もう一度言います。アダムさん、私は貴方のことが好きです」
「え……? そ、その話……嘘じゃないよな……?」
「本当です! 嘘なんかじゃありません! そうでなければ……あ、あんな真似するはず……!」
次の瞬間、ソフィアはアダムに強く抱きしめられていた。
「ソフィア……俺は平民の成り上がりだ。君とは血統が違うんだぞ……? それでもいいのか?」
「血統なんか関係ありません。それを言うなら私は貴族令嬢とは名ばかりの貧しい家柄です」
「好きな男がいるって店で話していたよな? その男のことは……いいのか?」
「あれはアダムさんのことですから」
ソフィアはアダムの胸に顔をうずめた。
「それじゃ……俺の所に戻って来てくれないか? 君が居なくなってから……毎日生きた心地がしなかった。寝ても冷めても君のことが頭から離れなくて何も手に着かなかった。ソフィア……君を愛している。俺の傍にいて欲しいんだ……頼む」
アダムはソフィアを抱きしめる腕に力を込めた。
「……はい、戻ります。アダムさんの傍にいさせてください」
「ソフィア……愛してる」
アダムの言葉にソフィアは顔を上げ、2人はキスを交わした。
そしてこの夜。
2人は身も心も結ばれ……本当の夫婦となった——
――その後。
ソフィアはアダムと共に『スリーピス』に行き、事情を話して仕事はやめさせてもらうことになった。
その後2人で一緒にムーアに正式な夫婦となることを報告した。彼は激怒したが、さらに上回るアメリの逆鱗に触れることになり、渋々2人の結婚を認めることにしたのだった。
そして――
ゴーン
ゴーン
ゴーン……
良く晴れた青空の下で教会の鐘が鳴り響く。
すると扉が開かれてウェディングドレスのソフィアとタキシード姿のアダムが現れた。
途端に結婚式の出席者たちから盛大な拍手が沸き上がる。
その中にはドナの姿は勿論、デイジーや本屋の女主人。そして屋敷の使用人達の姿もある。
「……全く。2度も娘の結婚式に参加することになるとは夢にも思わなかった」
ムーアが面白くなさそうに拍手をしている。
「あら? 何を言っているのです? 私はとても嬉しいわ。ソフィアのウェディングドレス姿を2度も見ることが出来たのだから」
アメリが嬉しそうに娘の姿を見つめる。
そう、アダムとソフィアは結婚式のやり直しをすることにしたのだ。
何しろソフィアの夢は、大勢の人々に祝福されて結婚式を挙げることだったからだ。
拍手に包まれながら、アダムは愛する妻ソフィアに言う。
「ソフィア、今度の結婚は本物だ。もう籍も入れてあるから、逃げられないからな?」
「フフ。逃げるはずありませんよ。でも、もし逃げたとしたら……どうしますか?」
ソフィアは面白半分に尋ねる。
「そんなのは決まっている。たとえ世界の果てに逃げたって、今度こそ俺自身の力で君を捜してみせるさ」
「じゃあ、やってみようかし……ん」
アダムは最後まで言わせまいと、ソフィアの唇をキスで塞ぐ。
そのままソフィアはアダムの首に腕を回し……2人は人々に祝福される中、キスを交わし続けるのだった――
<完>




