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「ディエゴじゃねぇと、何度言ったら分かるんだ……ガフッ、ゴフッ……な、舐めるんじゃねぇぞ……、だいたい俺がァ……そんな脅しに屈するわけねぇだろがァァ、おォォッ!?」


 喀血しながら血走った目で牙を剥き出し唸るディエゴの姿は、もはや獣人というより完全に獣だった。


「そう? アンタがディエゴじゃないと言い張るのなら、何も語ろうとしないのなら――警察にでも連れて行こうかしら。

 知っているとは思うけど内務省管轄の彼等は国際法に縛られないから、尋問だって苛烈を極めるわ。それに比べれば、ここでわたしに喋った方が楽だと思うのだけれど?」


「ふん、警察が怖くてマフィアがやってられっか。殺すならさっさと殺せ」


「馬鹿ね、アンタ。警察あいつらが犯罪者を追い詰める方法は、何も肉体的な責め苦を与えるだけじゃないのよ――自分自身が誰だか分からなくなる程に壊されて、アンタは全てを語ることになるの。だから今話せと言っているのは、むしろわたしの温情なのに。 

 ――たとえ死ぬとしても、何者として死ぬのかくらいは自分で決めたいでしょう?」


 サーシャは凄むルークを平然と受け流し、ヤツに近づき腕組みをしている。けれど勝ち誇ったその顔が、なんだか失敗する前兆のような気がして……。

 

「サーシャ、考えてみたらこいつが元魔将だとしても、神々の黄昏(ラグナロック)の中じゃ末端だ。たぶん誰に依頼されたかなんて知らねぇぜ。

 ――そんなことよりお前、それ以上ソイツに近づくなッ……!」


 ルークは「毒霧」と「体力吸収」でかなり弱っている。しかし恨みを込めてサーシャを睨む様は、勝負を諦めた男の顔ではない。

 俺はヤツの一挙手一投足を見逃すまいと、神経を集中させていた。油断して近づくサーシャを殺すことなら、今のヤツにも出来そうだからだ。


「大丈夫よ、毒霧ポイズンフォグは内臓にダメージを与える魔術だもの。いくらこの男の肉体が強靭だからって、中身までは鍛えられないでしょう? ――……ぷーくすくすくすッ!」


 だがサーシャは手をヒラヒラと振り、余裕のご様子。挙句は口元に手を当て、一人噴き出していた。

 ダメだこれ……、この詰めの甘さが、四天王の中で最弱と言われる所以じゃないだろうか。とてもポンコツだった。


「それ以上言うな、サーシャ! なんかもう、お前がドヤ顔で失敗のフラグを立てる中ボスにしか見えねえッ!」


「ドヤ顔? 中ボス? フラッグ? ああ、アンタわたしの紋章が知りたいのね? いいわ、特別に教えてあげる。わたしのフラッグは赤地に金の竜を描き――その上に魔術杖を交差させた高貴なものよ。これがスクアード公爵家の紋章なの。大切なことだから、しっかりと覚えておきなさいね」


 サーシャが「ふふん」と鼻を鳴らし、目を閉じて解説を始めた。


「そんなこと、どうでもいいから……!」


「どうでもいいってアンタ! 我が家の紋章を何だと思ってるのよ!?」


「そうじゃなくて! 油断すんなって言ってんだよッ!」


「――え、ああ? それは一理あるわね。近接戦闘が得意な相手に、これ以上近づくのは、得策じゃないわ」


「フン――もう少し近づきゃ、その頭ァ叩き落としてやったのになァァァアアッ!」


 口の中に溜まった血を吐き出し、ルークが勢いよく立ち上がる。

 やはりコイツは弱ったフリをして、サーシャが不用意に近付くのを待っていたのだ。


 けれど俺が忠告をした結果、これ以上は彼女が足を前に出さないと悟り。ルークは今までで最も鋭い踏み込みを見せ、サーシャを狙っていた。

 けれど俺はヤツの動きとサーシャの言動から、こうなる可能性を十分に見越している。もしかしたら魔族って、みんな馬鹿なんじゃないかな? ――と思いながら。


「サーシャ、下がれッ!」


 声を掛けつつ、突き出されたルークの右腕を斬り払う。一足飛びに距離を詰めサーシャの命を狙うなら、ヤツが一本しかない腕を突き出すのは自明の理。これを予想していた俺が、ルークの腕を斬り落とすことは造作も無かった。


 しかしヤツは右腕まで失っても、なおサーシャへと向かい駆けている。これは流石に予想しておらず、俺も動きが僅かに遅れてしまった。


「腕が無くともォォォォオオオ――牙があるゥゥゥゥアアアアアッ!」


「ロ、岩壁ロックウォールッ!」


 咄嗟に杖を突き出し、サーシャが呪文を唱える。その時に足を縺れさせたのか、地面から突き出した岩の向こうで、彼女は激しく尻餅を付いていた。「キャッ!」


 一方ルークは、獅子さながらの咆哮を上げて突き進む。しかし両腕も無く、加速のついた巨体は岩壁を前にしても止まれない。激しく顔面を打ち付け血塗れになっていた。


「ウォォォォオオオオオオオオオッ! 小娘ェェェエエエエ! ジョージ=メロウのみならず、貴様までもが俺をォォォオオオオオ! この恨みィィィィ! テメェを殺してェェェ、晴らしてやるゥゥゥゥウウウウ!」


 ルークが岩壁を蹴り破り、激しい怒りを見せて尻餅をついたままのサーシャへと襲い掛かる。もはや正気とは思えなかった。

 血まみれの鬣を振り乱し、少女の肉を噛みちぎろうと獅子が大口を開く。血と唾液が口から糸を引き、ドロドロと後方へ流れていた。


 だが、これだけの時間があれば十分。俺はルークの前に移動し、無防備なヤツの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。


「おぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 返す刃で腹部を横薙ぎにしようと、再び剣を握る手に力を込める。だがその時、悲鳴のようなサーシャの声が後ろから聞こえた。


「ま、待って! ソイツを殺さないで!」

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