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 午後の日差しが古ぼけた教会の中を照らしていた。陽光がくすんだステンドグラスを潜り抜け、二人の男を浮かび上がらせている。一人はカトラスを持ち、一人は分厚い本を持っていた。マリーンとビショップだ。

 二人とも血の入った酒瓶を椅子に置き、俺に向き合っている。前にマリーン――カトラスを持った男で、後ろにビショップという並びだ。


「兄ちゃん……今ならまだ許してやる。剣を置け――何なら、永遠の命だってくれてやるぜ」


 ビショップが眉根を寄せて、哀れむように言う。


「いらねぇ」


「いいのか、ここで死んでも……?」


「ビショップ……俺ぁな、永遠の命なんか興味ねぇよ。いや――ねぇって言ったら嘘だけど、その為にサーシャを助けに行かねぇなんて選択肢はねぇぜ」


「そいつは今まで追い詰められた事のねぇ、クソッタレなガキの戯言だな。兄ちゃん、テメェはどうせ、サーシャ=メロウを助けられねぇ。だから俺ァよ、テメェの命だけでも大事にしろって言ってんだ」


「うるせぇ、余計なお世話だ」


「そうかい――じゃ、死にな……」


 ビショップはつまらなそうに本を開き、礼拝室の入り口手前へと下がっていく。口ずさんでいるのは、祈りの言葉だった。


 一方マリーンは薄笑みを浮かべ、嬉しそうに俺へと迫ってくる。この男は中肉中背だが、がっしりとしていた。くすんだ金色の髪を短く刈り込み、浅黒い肌の色と合わさっていかにも屈強な戦士といった風貌だ。

 そのマリーンが暴威を放つ赤い瞳を爛と輝かせ、俺に剣を向けて言う。殺しが楽しくて仕方ない、そんな表情だった。


「おいおい、最後のチャンスも逃したな、小僧。ビショップの誘いを断ったこと――せいぜい泣きながら、あの世で悔めや」


「そっちこそ、死ななくても痛覚くらいはあるんだろ? なあオイ――素直に道を空ければ、まだ見逃してやるぞ」


「おお、威勢がいいな。でもよ……こんな場所じゃ、そのデカイ剣を振るのはキツイだろ?」


 教会の通路は、何とか三人が並んで歩ける程度の広さだ。確かに長剣を振り回すには、少し不利な場所かも知れなかった。

 マリーンがこれ見よがしにカトラスをビュンビュンと振り回し、俺を威嚇している。


「クックック。見ろよ、このカトラスの血くもり……次はお前の番だと囁いていやがるぜェ……」


「曲芸かよ。ったく、弱い犬程よく吠えるって言うけどさ、アンタ、その類だろ」


 などと言ってみたものの、曲刀が目にも止まらぬ速さで振られる様を見て、少し腰が引けた。血くもりとか、全然見えねぇし……。

 そもそもカトラスは海賊達が船上でも使い易いよう、刀身が短くて湾曲している。だからこのように狭くて障害物の多い場所では、うってつけの武器と言えるだろう。


 まして俺が自覚している最大のウリは、勇者パーティーさえ圧倒した(はずの)速度だ。けれど左右に広がった長い椅子が邪魔して、これを封じられている。しかも後ろにはサーシャの召喚呪文を弾く結界がある為、後退することも出来なかった。


 ――要するに前へ進むしか活路が無い、という状況だ。


「曲芸じゃねぇ! 殺してやるから覚悟しなッ!」


 マリーンが俺の言動にキレたのか、いきなり踏み込み斬りかかってきた。

 敵が放った横薙ぎの一閃を、暗黒剣を垂直に構えて弾く。鋭い刃鳴りの音が響き、チリチリと火花が散った。

 だけど相手は片手剣だ。両手剣である俺を、強引に押し込むことは出来ない。

 俺は手首を翻して反撃し、唸りを生じた暗黒剣がマリーンの胴を払う。


「――オラッ!」


 そのままマリーンの身体を両断するかに思われた俺の一撃は、しかし空を切る。男はしゃがみ込み、そのまま斬り上げてきた。


「腰が入ってねぇな! 暗黒騎士ダークナイト!」


「腰が入ってたって、当たらねぇテメェの剣よりマシだろッ!」


 斬り上げられた攻撃を、体を開き避ける。鼻先を掠めるカトラスが、俺の背筋を凍えさせた。

 敵はそのまま床を蹴って飛び上がり、身体を縦に高速で回転させ始め――……。

 回転するマリーンの身体からカトラスが垂直に突き出て、そのまま斬り下ろすように俺の頭上へ迫る。なんてトリッキーな動きだ。


 俺は慌てて剣を持ち上げ、横にして攻撃を受ける。重力に回転の遠心力が加算された斬撃は重く、受けた剣がぐんと下がってしまった。

 首を横に傾げ、カトラスの刃を避ける。暗黒剣で受けたまま、敵の刃が俺の肩口で止まっていた。


「後がねぇな、暗黒騎士ダークナイトよぉ」


「まだまだぁぁぁ……うぁぁあああああああ!」


 強引にカトラスを弾き返し、大きく息を吐く。やりにくい敵と場所だ。思わず俺はジリ――と足を一歩下げた。どうにか勝つ方法を考えないと、このままでは敵のペースに乗せられっぱなしだ。ていうか、アイツは強い……。


「フゥゥゥゥゥ――……」


「おいおい――威勢の割に防戦一方じゃねぇか、え、暗黒騎士ダークナイト


 空中で身を翻し、長椅子の背もたれに着地したマーリンが薄ら笑いを浮かべていた。


「うるせぇんだよ……ちょこまか動きやがって、このサルがッ!」


「憎まれ口は一人前だな。にしても伝説の暗黒騎士ダークナイトっていうのは、こんなもんなのか? 期待外れもいいところだな……クックック」


「準備運動だよ、今までのは……この馬鹿野郎が」


 俺は暗黒剣を下段に構え、身体を横に向けた。

 敵が椅子の上に乗っている以上、次は飛ぶに違いない。だったら攻撃は頭上から来るに違いなく、俺は斬り上げて対応しようと考えたのだ。


 ――高速で動けないなら、カウンターを狙うしかない。


 グダグダだが、それ以上の作戦を今は思いつけなかった。

 その時だ、ヴヴヴヴ――と暗黒剣が震え、俺にモノ申してきたのは。


『おい、キョウダイ。時間がねぇんだろ。だったらちぃとばっかし、オレに力を寄越せ。すぐにケリを付けてやるぜ』


「力……」

 

 言われて思い出したのは、勇者と戦った時のことだ。あの時も「力を寄越せ」と暗黒剣に言われ、従うことで敵の攻撃を止めることが出来たのは記憶に新しい。

 しかし――あの時は胸にチクリとした痛みを感じ、その後、体調も優れなかった。


『大丈夫だ。キョウダイには、まだ余裕がある。それによ、回復する方法だってあるんだ、あんまり気にすんなヨ』


 俺の悩みを知っているかのように、暗黒剣が言葉を続けた。努めて明るく振る舞うような口調が、そこはかとなく怪しい。

 しかしだからといって、このままではジリ貧だ。カウンターを狙ったところで、成功する確率は低い。だから俺は頷き、暗黒剣の助言に従うことにした。


「分かった、よろしく頼む」


『よし、じゃあちぃと貰うゼ……おおおお、キタキタ、ダークネスパゥワァァアアアアアアッ!』

 

「うっ……」


 以前と同じく、胸に小さな痛みを感じる。同時にまたも俺から、漆黒のオーラが立ち上った。

 意識が朦朧として、誰かが自分の身体を動かしているような感覚。しかし視界は明瞭で、口元に笑みを湛えた自分を認識できる。

 これが暗黒騎士ダークナイトの真骨頂とでもいうべき力を発揮するときの、俺の状態なのだろうか。


「こけ脅しなんぞ、無駄だぜッ!」


 予想通り、マリーンが飛びかかってきた。


「コフゥゥゥゥ――……」


 俺は無造作に暗黒剣を持ち上げ、斬り上げた。漆黒の刃が室内の空気を切り裂き、風を纏う。

 斬り上げた暗黒剣は、マリーンの身体に触れてもいない。しかし轟音と共に、据え付けられた椅子ごとヤツの身体を吹き飛ばしていた。


「なッ……ぐあッ!」


 残骸となった木片が、教会の高い天井近辺まで巻き上がる。と――同時にマリーンの身体も宙高く浮き上がっていた。

 床を蹴り、俺も飛んだ。漆黒の剣を高々と掲げ、マリーンの身体をカトラスごと両断する。


「シ……ネ……!」


 俺の口から、呪詛じみた低い声が漏れた。怖気が走る。俺は必死で自制し、もう一度剣を振るおうとする手を止めて――。


 ドサリ、ドサリとマリーンの分割された身体が床に落ちる。下半身は床に大量の血溜まりを作って、ぴくぴくと痙攣していた。上半身は根元から斬られたカトラスを恨めし気に眺め、眉を顰めて口を開く。

 

「おいおいおい……人が変わったようになりやがって……何なんだ、こりゃあ……これが暗黒の力ってやつか……?」


 ――やはり、この程度でマリーンは死なないようだ。


「シ……ネ……」


 またも口を衝いて出る呪詛のような言葉。俺は頭が混乱し、どうにかしようともがいていた。しかし身体が自分の意思で動かない以上、どうしようもない。


『……おっと、いけねぇ。悪ぃな、キョウダイ。オレ以外が表に出ちまったようだ』


 脳内にいつもの声が響いたかと思うと、意識が再び明瞭になった。身体を自分で動かせないのは変わらないが、それでもさっきのような恐怖感は無い。

 俺は剣を肩に担ぎ、ごぼごぼと口から大量の血を吐くマリーンを一瞥した。この男の戦闘力は、どうやら奪えたらしい。

 それからビショップに向き直り、「どけ」と一言――今度は俺の意思で、望む言葉を口に出来たようだ。


「そう言われてもな、俺にも事情ってヤツがあらぁ。ここを素通りさせちゃあ、立場ってもんがねぇわけだ」


「でもあんた、荒事は苦手なんだろ? だから今だって、黙って見てたんじゃねぇのかよ?」


「ああ、苦手だぜ――けど、弱いと言った覚えはねぇわな。それに俺達“屍鬼グール”は、ニンゲン共の敵だ。魔族共にとっても快い存在じゃあねぇ。だからこそ舐められたら終わりなんだよ……」


「え……ていうか、おっさん……吸血鬼ヴァンパイアじゃなかったのかよ」

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