紅桜
身体が戦闘態勢に入り、兄様の両手にも破邪の札が握られる。
「薄紅。まだ抜くな」
胸の前で両手の平を合わせる私の前に立ち、小さな声で伝えて来た。
「あの一体だけではない」
その兄様の言葉に息を飲む。
背後に二体。
肌を刺す殺気のような瘴気の気配に感覚が鈍くなっていたのか、兄様と背中を合わせ暗く生茂る林を見据える。
私が気付いた事で、林の闇の中で殺気が一気に膨れ上がった!
いけない! 避ければ兄様の背中を穿つ。
パンッ!
胸の前で合わせた手の平。
その中心に刀の柄を感じ取る。
開いた手の平の間に小さな紅い稲妻が散り、次の瞬間には右手に握る刀の鞘が、私の左手の平から刀身を引きずり出した。
ギイイィィィンッッ!
速さは居合い。空気を割くような振動に、霊力が具現化していくのが分かる。
かかった時間は普通に鞘から抜き放つのと大して変わらないだろう。
抜ききる刃がしなる暗器を弾き飛ばす。
「神刀〈紅桜〉参る」
抜刀を合図に、兄様の手刀が四縦五横に九字を切る。
「破邪っ」
印を切り、念を込めた破邪の札は彼の手元を離れると、チリチリと蒼い火花を散らしながら、和紙とは思えぬ勢いで大岩の上の妖魔を追った。
「破っ!」
なおも枚数を増やす札に、妖魔は大岩から身を投げ出すと鋭い爪を岩に立て滑り落ちて来る。
チリッ!
その爪先が大岩の封印の札にかすった瞬間。
「グアアァァァッ!」
妖魔の叫び声と共に、弾け飛んだ腕が降って来た。
「目的は札を切り、封印を解くことか? 鬼封じは特に強力。妖魔の類の触れられるものでは無い」




