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薄桜記 1~彩~【いろ】   作者: 綾乃 蕾夢


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小さな桜

 あの日から十日ほどが過ぎたか。

 村も大分落ち着きを取り戻し、いつもの生活に追われる日々を過ごしている。


 ただ、明るく笑うおミヨの姿はなく、あくびをこらえながら境内を歩く兄様もいない。


 近くの集落が鬼に襲われたと聞いたのはつい二日前のこと。おそらくは、兄様をおとしいれる為の駒にされたのだろう。


「もし」

 しばらく手がつけられずにいたお社の掃除をしていた私に声がかかった。


「おおじじ様」




 濃い緑の茂る大岩の前で、あの日と変わらない崩れた岩を見る。


「おミヨはあそこの草陰に倒れていました」


 おミヨが倒れていた後が見たいと言うおおじじ様をともない、ここを訪れた。

 落ちていたしおれた花も、今は枯れ果て見る影もない。


「ミヨは幼い頃に奉公に来て、当初は泣き通す事が多くてな。

 ワシの散歩に付き合わせて、よく桜姫(さくらひめ)の話をしてやったもんじゃ」

 枯れた花を見つめたまま、静かに語り始める。


「桜姫?」

 聞き覚えのない名前に聞き返す私に、おおじじ様は草陰の奥を覗き込んだ。


「あの白い鬼との戦いで亡くなった巫女さまじゃ。

 名前もわからないお方だが、茅葺き屋根の屋敷の庭に咲いていた桜の枝を折って、見つからなかった刀の代わりに墓に挿して差し上げた」


 草陰の奥には小道があり、おおじじ様は足を踏み入れる。

 小さく並んだ二つの石の近くに、小振りな桜の木が満開に咲き誇っている。


 こんな場所があるとは、知らなかった。


「今の鬼呼神社は、元は茅葺き屋根の屋敷の跡地、中庭の桜は桜姫を看取って以来花を咲かせようとはしなかったのに、不思議な事よ」


 もしかしたら〈紅桜〉がこの地に舞い戻った事で、歯車が動き出してしまったのかも。

 左手を強く握り締める。


 ここの桜の木が、神社の桜の木の挿し木で根付いた物ならば、この二本は元は同じ桜。

 神社の桜の下に姿を現したのも、〈紅桜〉に手を添えてくれたのも、きっと桜姫。


 しゃがみ込み、手を合わせる足元に枯れ果てた花が添えられていた。


「この花は、おミヨの側にも落ちていた……」


 私のつぶやきに、シワの刻まれたおおじじ様の顔がゆがみ、目から大粒の涙が溢れ出す。


「ミヨ。

 ワシの足が悪くなってからは、なかなか桜姫の所にも花を手向けてやる事が出来なくなっておって。

 山菜採りに出たはずのミヨが、大岩で見つかるなんぞ、おかしな事だと思うておったが、花を手向けに来てくれたんじゃな。

 ミヨ。ミヨ」


 私は崩れ落ちるおおじじ様の背中をさすってやる事しか出来なかった。


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