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薄桜記 1~彩~【いろ】   作者: 綾乃 蕾夢


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中庭3

 なんだ?


 ギリギリと音をさせながら迫る妖魔の影に妙な違和感を感じて目を凝らす。


 翼。

 札をくらった左側の翼だけが大きく張り出しているんだ。


 どのみち錫杖で打たれた左胴は力が入らない。

 受ける剣先を地面に落とし、私の左側に滑り降りてくる妖魔の右側にすり抜け、寝そべったまま左側の翼を蹴りあげる。


「ぎゃあっ」


 折れていたのか、焼けていたのか。

 負傷した翼をかばうように転がる妖魔に向かい、身を起こした。

「破邪!」


 懐から引き抜く四枚目の札が、紅い稲妻を散らしながら一直線に突き進み、はたき落とそうとした錫杖に触れた。


 ボォッ!


 空中を追った先程の札とは、くらべものにならないくらいの威力で錫杖に傷を残す。

 札の後を追い、逆手に握った刀を下からすくい上げるように斬りあげたっ!


 手答えは無かった。

 ただ、錫杖が地面に転がる涼やかな音にかさなる、おもく崩れ去る音を聞く。


 終わった。


 兄様の破邪の札が無ければ、錫杖に傷を付けることも、難しかった。

 無傷のままの錫杖なら、一刀両断出来たかどうかも怪しいところ。


 大地に突き刺した〈紅桜〉から手を離す。

 淡い桜色の光を放ち、風に溶けるかのようにその姿は散っていく。


 地面に座り込み、肩で息をする身体に、一気に疲労が込み上げてきた。

 お札に持っていかれた霊力の多さに、今更ながらに後悔する。


 大きく息を吸い、一度瞳を閉じる。気力を振り絞り脇腹の痛みと共に砂まみれの身体を立ち上がらせた。


 大岩。

 昨日のトカゲに続き、こんなに強い妖魔が出るなんて。

 何かが起きている。


 鬱蒼と茂る林の奥。背の低いあの山の入り口。

 何かに突き動かされて、私は重い足を踏み出した。


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