2.疎まれて追い出されました。しかし……
2.疎まれて追い出されました。しかし……
レッドドラゴン。
それは幻想種の頂点ともいえる存在だ。
と、同時に最大の恐怖の対象でもある。
それは人間種族にとってもそうであるし、同時に、他の幻想種も同じである。
何せ、レッドドラゴン以外の他の幻想種、それは通常の他のドラゴンも含まれるが、そうした幻想種たちは必ず人間の番を求めた。
性別がない幻想種もたまにいるが、普通は女性の幻想種ならば魔力の高い男性を番として選び、一生をその人間に捧げると言って良い。一方選ばれた男の方は、その幻想種以外の女性と交流する自由と言うのはほとんどなくなるとも言えるのだが。
また、男性の幻想種の場合も大体同じだが、これは魔力の他に、運命力と言われるものが存在するらしい。男性の幻想種の場合は魔力の他に、その運命を感じる相手を番として選ぶのだという。
それがどういったものか、見たことが無いので分からないが、それはそれは凄まじいものらしく、女性の幻想種の独占欲の比ではないらしい。
本来ならば屋敷の一室に監禁し、一生そこで一緒に暮らしても構わないとすら、その幻想種の男性は思うものらしく、当然ながら他の男性からは更に厳重に会わせないようにするらしい。ただ、それだと人間は神経がもたないため、幻想種の男性はそれを何とか我慢して、人間種族の女性の自由を辛うじて認める、といった感じらしい。
ともかく、その愛情は凄まじく、ほとんど狂気のように人間は思うらしい。
一方で、そこまでの愛情を向けられることをうらやましがる令嬢も多い。何せ、高位な幻想種からそこまで熱烈な愛を向けられるのだ。しかもそれは間違いなく真実の愛なわけだから、うらやましがる女性が多いことは自然だろう。
ただし、今回の自分がその事例に当てはまっているかと言えば、決してそうではない。何せ会ったこともないのだから。
レッドドラゴン種族。
それは独りしかいない特殊幻想種だ。
だが、ただでさえ圧倒的な力を持つドラゴン種族をただ独りで制圧した幻想種の頂点であり、他の幻想種をも圧倒しひれ伏される絶対の存在。
そして、今のこの人間種族を庇護する制度やヒエラルヒー、幻想種同士の争いを終わらせたのもその老人だと言う。
だが、その老人には裏の姿があった。それが人間を食べることに悦びを感じる存在だということだ。噂によれば、一年に10人程度の人間を捕食しているとのことだ。
そして、今回、その生贄として差し出されるのが、魔力が0で貴族の末席を汚し続けた自分と言うわけである。
話が決まってからの準備は早かった。
私を追い出せることに、家族たちは喜びしかないらしい。
やっと魔力を持たない出来損ないを始末できる。その喜びがテキパキと指示を出す父の顔からは如実に現れていた。決して実の娘に見せていい表情ではないだろう。あなたの子がこれから死にに行くというのに……。
もちろん、逃げ出すこともできるかもしれない。
だが、その際には人間種族全体にどういった懲罰が発動されるか分からない。
何もないかもしれないが……。
ただ、正直、いい加減、私は疲れていた。だからそんな気力は微塵もわかなかったのである。
生まれてこの方16年。愛されることなく育った。
そして常に、義妹のマイナと比べられ、そのたびに罵倒の言葉と嘲笑を投げつけられてきたのだ。
誕生日を祝われたことがないのは、誕生をそもそも祝われていないからだし、使用人たちの態度も両親やマイナの顔色を見て、露骨におざなりなものだ。
そして、今回の仕打ちは決定的だった。本当に自分はいらない子供だとはっきりと断言されたのだ。これまでもそういった態度はとられていたが、これほど決定的なことを言われ、行動で示されたのは初めてだったのだ。だって、生贄になれと、はっきりと言われたのだから。
もはや、この世界に居場所はない。
ならば、この絶望感を消し去ってくれるレッドドラゴンに遭い、食べられることが、自分の唯一の救いになるだろう。
そう思って、自分の人生を従容と受け入れたのだった。
手荷物は最低限。
というか、もともとも私の持ち物の、価値のあるもの全ては、マイナが欲しいと言えば、盗られてしまっていた。
着ていた貴族らしい服装は燃やされ、食事も残飯だった。だから着ている服は、マイナが不要だと捨てるように使用人に命じたボロボロのドレスを、自分で取り繕ったものだけだった。そうでなければ私は裸で日常生活を送る羽目になっていたかもしれない。
もちろん、マイナがそれを見逃していたのは、そんな哀れな私を嘲笑するためだ。
でも、服がないことよりは全然マシなので、なんとか耐えたのである。
でもそんな思いをすることは終わり。
まるでゴミを捨てるように、クッションのきいていない、ボロボロの馬車に乗せられた私は、誰一人おつきの使用人の随行もなく、レッドドラゴンの老人の住む屋敷へと向かったのだった。
でも出発の間際に父と義妹が来て、嘲笑いながら言った。
「お前のような汚点をやっと消し去ることが出来て本当に良かった。これでやっと肩の荷が落ちたよ」
父は本当にうれしそうに言った。
「本当にお疲れ様でした、お父様。でももう安心してくださいませ。公爵家には私と、そして上位幻想種のドナ様が婿入りするのですから。ああ、それにしてもお義姉様とはいえ、存在するだけで公爵家の評判をおとしていたのですから。しっかりとこれまでの行いを悔いながら死んでくださいませ。そして、うふふ、この公爵家は私に全て任せてください。お義姉様はなぁんにも心配する必要はありませんのよ。だって、今日から全くの無関係の方になるのですから。自分の今後の身の上だけを心配されていればいいのですわ。あは、あははははははは!」
父と妹は嘲笑の笑みとともに、自分がいかに正論を語っているかといった口ぶりで私にそう告げた。
もはや、私に反論するような気力は無い。仮にも血のつながった父と妹なのだ。なのに、どうしてここまで冷血になれるのだろう。私は、この公爵家にそれほど邪魔な存在だったのだろうか。
「私は……。ただ、ひっそりとここに居させてもらえるだけで良かったのに」
「それが迷惑だというんだ。お前など本当の娘と思ったことは一度もないと、何度言えば分かる!」
「その通りですわ、お義姉様。いい加減、気づかないのですか? 自分がどれだけ存在するだけで人に迷惑だってことを」
最後の最後まで、家族から疎まれ、蔑まれ、絶望の谷へと突き落とされる言葉で心をずたずたにされた私は、もはや言葉もなく、自分の家であるモンタギュー公爵家を後にしたのだった。
これから、レッドドラゴンに嘲弄され、捕食される絶望を確信しながら。
……しかし。
「お待ちしておりました、セシリア・モンタギュー様!!」
「……え?」
私は思わず目を疑った。
たかだか、私の様な捕食するためだけに呼び寄せた、生贄一人のために、なぜか、
「どうして、こんなに何十メートルも使用人が並んでいるの?」
そう。何日か馬車に揺られて到着したレッドドラゴンの老人が住む大豪邸の前には、まるでパレードのように、人々が並んでいたのである。しかも、きっちりとしたポーズで頭まで下げていた。
「す、すいません。一体誰のお迎えでしょうか? 私はセシリア・モンタギュー公爵令嬢であって、人違いだと思いますが」
そう伝える。恐らく、別の人間を迎えるための準備だと思ったからだ。
しかし、並んだ使用人たちの代表と思われる端正な顔立ちの青年はキョトンとしてから、もう一度はっきりと、
「いえ。人違いではありません。先ほども申し上げました通り、セシリア・モンタギュー様を我々は心からお待ちしておりました。このような僅かな出迎えにてご気分を害されたようでしたらまことに申し訳ありません。ですが、主様があなた様を迎えるにあたって粗相がないように、今屋敷中を使用人が奔走しているところなのです。なにとぞお許しください」
「へ、私を迎えるために奔走?」
何だか、よく意味が分からない。
「私は生贄として捕食されるんじゃなかったのですか?」
「へ? 生贄? ほ、捕食? そ、そんなことしたら私たち使用人全員、主様にこの世の者とは思えない拷問を受けた後、死ぬよりつらい仕打ちを永遠に受けさせられてしまいます! 公爵家にはちゃんとお伝えしたはずなのに! あとで正式に抗議をっ……」
ど、どういうことなのかしら?
「ともかく! どうぞおあがりくださいませ、セシリア様。こんなところで待たせたとあっては、罰を受けてしまいますので! さあ! さあさあさあ!」
有無を言わさぬ勢いに負けて、私は頷いてしまう。
「あ、えっと、はい。……ああ、そう言えばあなたのお名前は?」
「おっと、これは失礼しました。私はクライヴ。このレッドドラゴン種族の家令を務めております、ブルードラゴン種族の者となります。以後おみしりおきを」
ブルードラゴン!
幻想種の中でも、ほとんど最高位に近い存在だ!
とんでもない大物である。でも、どうして、そんな大物が私なんかを出迎えに?
私は混乱するばかりなのだった。
でも、本当の混乱は、この後さらに加速するのでした。
レッドドラゴンが永遠の美貌を誇る存在であり、まさか自分をあれほど愛する番として、恐ろしいほどの愛情で包み込んでくれるとは、この時の私は想像だにできなかったのですから。
(終)
ここまで読んで下さりまことにありがとうございました。
ブックマークや評価、感想など頂けると次回作への励みになります。
また、早速ですが新作を始めました。ぜひ1話だけでもお読みくださいm(_ _"m)
「二度目の悪役令嬢は、変わらず悪役令嬢のまま自由気ままに生きさせて(蹂躙させて)頂きますね(笑)」
https://book1.adouzi.eu.org/n4091ho/




