25.闇は晴れた
星暦2049年10月25日。
この日、世界中を震撼させる事件が起きた。
封じられた大地ミッドランド。結界に閉ざされて凡そ200年。
その大地を監視していた一人の男は、塔の最上部で驚愕に目を剥いていた。
呆然と口を開け、思わず手に持っていたコップをその場に落とす。
「な――――」
男の視線の先では、信じられない光景が繰り広げられていた。
暗黒の大地に根ざした半球型の結界が、まるで泡が破れるかのように消えていくのだ。
視認出来る程の瘴気で覆われた空間が晴れ、荒涼とした大地が姿を現す。
男は、オスカント帝国より派遣された兵士であった。
200年前に結界が展開されて以来、この異常な空間を監視する為に砦が作られた。
そして有事に備えて、精強な兵士が選抜されて監視にあたっている。
何を理由に、結界が出来たか。
そして何を監視しているのかを、兵士たちは知らない。
けれど、それで良かった。
何も変わりがない事を観測し、報告すること。
それが、ここに詰めている者たちの仕事だ。
これからもそうある筈だった。
それが突然、変化どころか――結界が消滅を始めた。
「は…………」
それは、まるでシャボン玉が割れた時のような、儚さがあった。
結界が解けて、粒子が光に反射して、虹色に輝いている。
200年なにもなかったはずが、たった一瞬の出来事で消えてしまった。
男は、それをただ呆然と見つめる。
「結界が……」
しかし今日、結界が"消えた"のではなく、"解かれた"のだという事実を知る者はまだいない。
◇
明け方の帝都は、薄い霧が張っていた。
瘴気の黒ではなく、白くけぶる朝靄だ。
もう闇は去り、冷たく澄んだ空気に満たされている。
「よし」
俺は庭園の片隅で、真新しい2つの墓標を見て満足げに頷いた。
大きい方の墓には、朽ちた剣や槍が立てかけられている。
ここに埋まっているのは骨ではない。
これまで倒して来た兵士たちの遺品だ。
体は塵に還ってしまったので、身に着けていた物を、代わりにこの下へ埋葬してある。
インベントリに同一アイテムとして収納してあった。
1スタックが9999個として、それが35スタックと24余りで34万9989個。
後はこれの単位を"人"に置き換えれば、俺が倒してきた者の総数となる。
だが、運よく狂わず死ねた者。無名の神に魂を収奪された者。
その他、儀式の前に死んだ者を含めれば犠牲者はもっと多い。
全てを弔うことは出来ないが、出来る限りのことはしたつもりだ。
そしてもう一方の小さな墓は、師匠――ルキウス・グラニオウス・オスカントのもの。
剣客だった彼らしく、墓標として俺の相棒の[黒鉄の直剣]を刺してある。
「ま、一応作ったけど、墓にはいないんだろ?」
そう呟いて、腰に提げたグランヴォルトの柄を撫でた。
師匠の魂は俺と、この剣と共にある。
だからここで眠る死者はいないが、葬式も墓も生者が心の区切りを付けるためのものだ。
少なくとも俺はそう思っているし、そうしたい。
「じゃあ、行くか」
結界が晴れた今、遮るものはなくなった。
本物になったこの世界には新たな変化が訪れている筈だ。
もしかすると、他のプレイヤーも来ているかも知れない。
それを探しに行くのも一興。
あるいは放浪の神のため、理想郷を探す旅に出たって良い。
過去に縛られず、まったく新しい生活を始めることだって出来る。
要するに、何処にだって行けるのだ。
「ただ……まずは衣装の新調からかな」
破けた服と片足の無いブーツを見下ろし、俺は苦笑しながらそう呟いた。
第一部完!
ここまで読んでくださってありがとうございました。
続くかどうかは未定なので、一旦完結済にします。
第二部は少し書き始めているので、また半年後くらいに出るかもです。




