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23.託すもの、託されるもの

 突然背後から聞こえた声に、息が止まる。

 体は石のように固まって、目まぐるしく回る頭は「困惑」の二文字を弾き出した。

 そこで漸く、自分の体があることに気付く。


 慌てて声のした方へ振り向くと、また景色が変わっていた。

 澄んだ青空との境目も無く、果てしなく続く水面。

 

 そこに、俺と一人の男が立っていた。

 雪色の髪と翡翠の目の、初見だがよく知っている(ルキウス)の姿だった。

 一瞬幻覚かと思い、瞬きをしても男の姿は消えない。


 足元には、沈んだ顔の青年が映っている。

 少し色の抜けた黒髪、濁った瞳、縒れたジャケット。

 第二次性徴で伸びなかった低い背と、歳の割に幼い顔。

 何処となくアルシアの面影があるのは、ベースが俺の顔骨格だからだ。

 

「どうした、死人でも見たような面をして」


「あ、いや、えっ……?」


 掛けられた言葉に、動揺して上手く返すことが出来なかった。

 暫く呆けたまま、いないはずの人間の顔を見つめる。


「その、初めて見たからさ、あんたの顔」


「そうだったか、已れは中々に男前だろう? 若い頃は女に困らなかったものよ」


「自分で言うのかよ」


 冗談めかしたその態度に、俺の気持ちも少し落ち着く。

 これが夢の中か、はたまた死後の世界でのやりとりか。

 分からないけれど、この師匠が本物だということは、不思議と確信が持てた。

 

「……全部見たよ、あんたの過去」


「そうか、已れもだ」


 途切れた会話をどう繋げば良いか分からず、無理やり言葉を絞り出す。

 返答は想定していたものだが、俺の正体とこの世界について知られたということ。

 だから、師匠に俺がどう見えているのか、少し不安だった。


「黙っていて悪かったな」


 そんな不安とは裏腹に、師匠は謝罪の言葉を口にした。

 何に対してなのか一瞬分からなかったが、直ぐに身分を隠していたことだと気付く。


「別に良いよ。薄々気付いてたし」


「そうか」


 俺が興味なさげにそう言うと、師匠は曖昧な笑みを浮かべた。

 師匠の隠し事など、大して謝るほどのことではない。

 この男が実際何者であっても、俺にとってはただの"師匠"だからだ。

 

 それに――


「俺の方こそ、色々隠し事してたし……」

 

 秘密の度合いで言えば、こちらの方が数段上。

 俺の本質は、内向的で後ろ向きな事ばかり考える陰気な奴。

 ともすれば、俺の存在そのものが欺瞞と思われても仕方がない。


「驚かなかったと言えば嘘になるが、納得は出来る。このような機会でもなければ、話をされても信じなかっただろうしな」


「ごめん、ちゃんと話すべきだった」


 荒唐無稽な話とは言え、黙っていたのは誠実さに欠けていた。

 当時の俺は、一番信頼して欲しい人に幻滅されるのが怖かったのかもしれない。

 

「1つ、聞いてもいいか?」


 そう聞かれ、俺は首肯する。


「お前にとってこの世界は、作り物か? それとも、本物だったか?」


「――――」


 問いかけの中身に、答えはすぐ浮かんだ。

 ただ、それを声に出そうとした時、失われたものたちを思い出した。

 答えがはっきりしているからこそ、忸怩が心を満たしていく。


「……本物だ。俺が裏切った約束も、感情も、全部が本物だった」


「ああ」


 悔しさの滲んだ声音。

 師匠はそんな回答を聞いて、何故か笑みを浮かべた。


「お前のその後悔も、無念も本物だ」


 俺の感情を優しく肯定する声に、拳を強く握りしめる。

 目元に熱が集まるのを感じて、抑えるように唇を噛んだ。

  

「であれば、こんなところで諦めて良いのか?」


 俺は、伏せていた顔を更に低くする。 


「けど、もう……」


「お前は死んだ。だがもし、もう一度機会(チャンス)があれば、やり遂げられるか? この土地を救えるか? 已れたちの遺志を――果たせるか?」


 真っ直ぐな翡翠が、俺を見つめていた。

 実際に目が合ったわけじゃない。

 ただ、そう感じて顔を上げると、想像通り真摯な瞳に射抜かれる。


「答えろ、お前はこの剣を受け取れるのか」


 剣を俺の前へ差し出し、師匠はそう言った。

 その問いの意味を考え、少ししてから理解し、俺は瞠目した。


 言うならば、差し出されたこれはコンティニューに使うコイン。

 魂を材料に他者から譲渡された残機だ。

 俺が受け取れば、師匠は精神体すらも失い、今度こそ消滅してしまう。


 もう二度とこうして言葉を交わすことも、剣を教わることも出来なくなる。

 それは――本質的には違っても、魂の死と相違ないのかもしれない。


 ここで根拠の無い自信のままに、首を縦に振るのは容易だった。

 けれど、それは師匠の望む答えではないから、俺は逡巡した。

 ここまでして、俺に懸ける価値があるのかという疑問を、振り払うことも出来なかった。


「……もし、あんたが俺のことを何かだいそれた奴だと思ってるなら、それは間違いだよ」


 俺は元々なんの取り柄もないただの人間だった。

 ゲームのような都合の良い力を持っていても、その本質は変わらない。

 

「だから、100%あんたの期待に沿えるかって言うと、返事は多分"No"になる」


 世界を救える勇者ではないし、皆を導く指導者でもなければ、誰かを支えられる縁の下の力持ちでもない。どこまで行っても、ちょっとゲームが上手いだけの凡人だ。


「知っている。100%勝てる勝負なんて、この世の何処にも無い――そうだろう?」


「ッ!」


 思わず俺が顔を上げると、澄んだ海のような視線に縫い留められる。 

 胃の底から何か熱いものが込み上げて来た。

 心臓が強く鼓動して、息が詰まる。


「それとも、忘れたのか?」


「……いや」


 自分で言った言葉だ。覚えていないわけがない。

 師匠は俺の100%未満に自分の魂すら賭けてくれると、そう言っている。

 本当にやり遂げられるかどうかではなく、やり遂げる"覚悟"を問うているのだ。

 

 この2つは同じように見えて全く違う。

 けれど、どっちがより荷の重い頼みかという話でもない。

 受け取れば、俺は勝っても負けても、一生この"覚悟"を背負って生き続けることになる。

 

 それでも――


「俺はもう、なにもせずに後悔するのは止めたんだ」


 漏れる呼気と共に吐き出した言葉は確かに世界へと響き、躊躇を踏み越え、剣を受け取った。

 

「ならば良し!」


 満足げに、師匠が歯を剥いて笑みを見せた。


 柄を握った瞬間、師匠と魂の単位で繋がるのを感じる。

 それに応じて、青と白の世界が光の粒になって霧散し、消えていく。

 同時に蝶のような光の破片を伴い、俺の姿が"アルシア"へと戻り出した。

 ただ、濡羽色の髪だけは、師匠と同じ雪色に染まっていく。

 

「ここから先はお前1人だ、無事を祈っている」


 どこからか聞こえた師の声は、少し淋しげだった。

 

「1人じゃない。あんたの希望も絶望も後悔も強さも優しさも未練も――その魂の全部を、俺が連れて行く」


 だからその湿っぽさを掻き消すように、俺は叫んだ。

 黄金の輝きを秘めた刃を抜き放ち、全身全霊を籠めて振り上げた。

 途端、世界が砕け散って現実へと回帰する。


「さあ――」

 

 その証明に、割れた世界の先には無機質な神の姿が見えた。


「第三ラウンド、開始だ」

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