サラとリナ
初代の巫女様から続く古文書も気になるけど、今はサラさんとの会話に集中することにした。今日はせっかく二人きりだし、この機会にしか話せないこともあるだろうからね。
「アスカ様には先に伝えておこうと思いますが、よろしいでしょうか?」
「構いませんよ」
何から話したものかと考えあぐねていると、サラさんの方から話しかけてきてくれた。でも、改まって何なのだろう?
「私は巫女を辞めようと思っております」
「ええっ⁉ どうしてですか?」
私は旅の途中だし、今サラさんに辞められるわけには行かないのに。
「光の女神様から啓示を受けアラシェル様の巫女となる。確かに私に与えられた役目ではあります。しかし、どうしても私の心がそれについてこないのです。もちろん、これからも今までと同様光の教団の教えは広めます。ですが、以前のように心の底から信仰をすることが出来ません」
「そうですか……。それでは仕方ありませんね」
「よ、よろしいのですか?」
「はい。サラさんほど信仰にあつい方が言うのですから仕方がありません。ここの巫女をどうするかは困りますけど」
サラさんのような人が出てくるのはしょうがない。これだけ信仰にあつい人なのだから。だけど、ここを任せられる人がいなくなっちゃうのは困ったな。
「わがままを聞いてくださって、ありがとうございます。後任はできればリナに任せたいと思うのですがどうでしょうか?」
「リナさんですか?」
「はい。私は最後の光の教団の巫女として務めを果たしたいと思っていますが、リナはまだ見習い。きっと、これからの新生光の教団にはふさわしい人物だと思うのです」
「サラさんが言うのであれば私は構いません。でも、サラさんは巫女を辞めてどうするのですか?」
「麓の村や周辺の町へ布教に出かけるつもりです。巫女として適格とは思いませんが、教団への信仰心は持ち続けておりますから。それが光の女神様のお望みですし」
「そうですか。それなら安心です。思い詰めているかもって思ってましたから。そうそう、サラさんに渡したい物があるんですよ」
信仰心を失ったわけじゃなくてよかったと安心した私はある物を渡す決心をした。
「渡したい物ですか?」
「はい。きっと今のサラさんに一番必要な物だと思います」
私は二度と取り出す気のなかった物をマジックバッグから取り出す。
「こちらの二つの像は? 一つはお姿も確認し難いものですが……」
「こちらは言いにくいのですが、フェゼル王国にある滅びた村で見つけた神像です。最初はもっと綺麗な神像だったのですが、自らの役目を終えこのような姿になってしまいました」
「そう……ですか。ではこちらの女神像は?」
「私が記憶している限りの光の女神様のお姿です。誰にも覚えてもらえないのは悲しいと思い作りました。本当は二度と取り出すことはないと思っていたんですけどね」
「アスカ様、本当にありがとうございます。光の女神様のお姿をこうしてまた拝めるなんて」
「な、泣かないで下さい、サラさん。そんなことを思って出してないんですから」
「すみません。名もなき神のためにそこまでしてくださったアスカ様と、もう一度光の女神様のお姿を拝見できると思うと……」
サラさんはそれだけ言うと号泣してしまった。ううっ、そんなつもりで出したんじゃないのに。
「顔を上げてください。光の女神様も忠実に再現した物じゃないですから」
「いいえ。これで私も変わらぬ信仰を持ち続けることができます。それで、滅びた村というのは?」
私はフェゼル王国で訪れた、数百年も前に滅びた村について説明する。
「なるほど。確かにこちらの記録にも、信仰が弱まった時に巫女様の姉妹が新天地を求め旅だったという記録があります。きっと、その方々が定住した地だったのでしょう。結果は残念ですが」
「はい。私も最初に村を見た時は茫然としてしまいました。後、そこでおかしな生き物に襲われたんですけど……」
「おかしな生き物?」
「そうなんです。確かに倒した手ごたえがあったんですけど、死骸が残らなかったんです。そういう魔物には他に出会ったことはありません」
「ゴーストやスケルトンの類ではなく?」
「違いますね。姿もうろ覚えなんです。一応、体組織っぽいものは回収しましたけど」
「見せて頂いても良いですか? アンデッド関係なら私も少しは分かりますから」
「お願いします」
私は以前採取した黒いしみが入った瓶を取り出す。ううっ、今見ても何だか良くない気配を感じるなぁ。
「これは……」
「分かりますか?」
「はい。これは魔族のものに違いないですね。怨念のようなものを感じます。ただ、相当力を失っていたのか、残滓のような状態まで薄まっています。恐らくアスカ様と対峙するはるか以前は上級魔族だったのでしょう」
「魔族ですか。魔物とは違う生物なんですか?」
「はい。魔物は知能が低かったり、動物日かかったりしますが、魔族は魔力を自在に操る種族です。種族とはいっても特徴や属性は様々ですが、共通の特徴がみられます」
「共通の特徴?」
「魔族が増える時期があるのです。それが魔王の降臨時です。魔王によって作られた魔族は魔王が存命中にその力を高めます。しかし、主である魔王がこの世を去ると、多くは消滅します。きっと、この魔族も魔王によって作られた存在だったのでしょう。何とか生き延びはしたものの、魔族としての力はほぼ失われていたのかと」
黒いしみが入った瓶を手に取りながら説明してくれるサラさん。流石は元光の巫女。知識にあふれる結論を貰った。
「だとしたら、村を襲ったのもその魔族が?」
「可能性はあります。その後も生き残りがいないか見張っていたのでしょう。ただ、その時には魔王から受けた力が大きく失われ、思考力も能力もほぼ失っていたのかと」
「だとしたら私は運が良かったですね。その時は光の魔法も使えませんでしたし」
魔族は高位の魔物のような存在で、私が出遭ったもの以外にもデュラハンやリッチを始めとしたRPGでもお馴染みの強敵がズラリということらしい。知能も高くて、人間のように自らを鍛える個体もいるから魔王の時代のままだったらきっと命はなかっただろう。
「ところでその二つの像はどうやって保管するんですか?」
「ん~、そうですね。しばらくはこちらで保管して、近いうちには私の方で管理します。今の教団にはふさわしく無い像ですから」
「私は別に構わないですけど……」
「いいえ。神のお姿も信仰に関係ある以上、巫女であった私がそのようなことをするわけにはまいりません」
「分かりました。サラさんの心遣い、ありがたく受け取ります」
「それはそうと、日記を読まれてはいかがです?」
「日記ですか。じゃあ、読みましょう」
まだ少しサラさんと話したいこともあったけど、サラさんも気になっているみたいだ。私は机の上に置いてあった日記帳を取ると読み始めた。
* * *
『この日記はかつてのことを忘れないために記すこととする。河野美月』
私はかつて日本という国に住んでいた。そこでは大空を機械が飛び、道路を車が走っていた。そんな世界から一転、何故か気づけば私はこの世界にいた。最初は文化や技術格差にも戸惑ったけれど、何とか生きていくことが出来た。こうして日記を書いている今も夢ではないかと思わないでもないけれど。そんな私も早三十歳。この世界での暮らしにも慣れ、この世界で暮らしていくに当たり、自分が生きていた世界のことを忘れないために書き記していこうと思う。
* * *
「冒頭はこんな感じで書かれていますね。どうやら、初代の巫女様は異世界から来た人だったみたいです」
「異世界から? そのようなことがあるのですね」
「そうみたいですね。異世界から来た人がこの世界を見たらどう思うんでしょうか?」
なんてことを言いつつ、私は読み進めていく。




