教団での宿泊
「すみません。急に来たのに夕食まで出していただいて」
「いいえ、アスカ様は私たちの巫女様ですから。当然ですよ」
あれから少し神殿の歴史について話を聞き、今は夕食の時間だ。信者の人たちも少し落ち着いてきたみたいで、同じ食堂に会してはいるものの何か動きがあるわけではない。
「それにしても美味しいご飯ですね。玄米なのは意外でしたけど」
村の方でも白米だったので、神殿で出されるお米が玄米なのには驚いた。
「ああ、玄米のままだと栄養価が高いですから。美味しいので白米が良いんですけど、この山頂では採れるものも限られますから白米は置いてないんです」
「へ~。でも、これでも美味しいですよ。そこまで食べ慣れてないんですけど、気になりません」
「遠いところからいらしたのにお米について造詣が深いんですね」
「そ、そんなことありません。食べ慣れてるだけです。あっ、そうだ」
「どうかなさいましたか?」
「せっかくですし、試してみようと思いまして」
私はマジックバッグからあるものを取り出すと、ご飯の上に乗せる。
「ん~、すっぱ美味しい! やっぱり梅干しにも合いますね」
「あの、梅干しをご存じで?」
「はい。それが何か?」
私が取り出したのは数百年物の梅干しだ。でも、梅干しと聞いて不思議そうにするサラさん。何かあるのかな?
「実はお米を広めることはできたのですが、梅干しは広まらなかったのです。塩を使って漬けるということと、その塩辛さがなかなか受け入れられなくて……。よくご存じでしたね」
「あはは。私の地方ではメジャーだったんですよ」
「私の地方ねぇ」
私の言葉に反応するジャネットさん。ううっ、ここは話を合わせて欲しい。
「あら、アスカ様と従者の方は違う出身なのですか?」
「ん? ああ。元々あたしらは冒険者だし、こっちのリックに至ってはこの大陸の出身だよ」
「そうだったのですか。つい、幼い頃からのお付き合いかと早とちりしてしまいました」
「ちょ、ちょっと待って下さい。ジャネットさんたちは従者じゃなくて、同じパーティーの仲間ですよ」
「そうだったのですか。申し訳ありません。後で従者の方と部屋を分けなければと思っていたのですが」
「ジャネットさんとは一緒で大丈夫ですよ。それより、梅干しって広まっていないんですか?」
「はい。先ほども申し上げた通り、皆さんのお口に合わないようで。初代の巫女様のお気に入りの料理だったのですが……」
「初代の巫女様は好きだったんですね」
「そうなのです。お米も梅干しもその方が教えてくださったんです」
ふ~ん、まるで日本人みたいだなぁ。ひょっとして何百年前にもこの世界にやって来た人がいたんだろうか? そうだったら会ってみたかったかも。イリス様は私より少し過去の日本出身だし、転生のタイミングと生まれるタイミングにずれがあるなら、私たちと同じ時代の人の可能性もあるしね。
「昔の人過ぎて字も話も通じない可能性もあるけどね」
歴史の教科書とか写真で見たけど、昔の文字って漢字でも全く読めないし。
「アスカ、何か言った?」
「ううん、何でも。それより久し振りの梅干しだし、ご飯が冷めないうちに食べないとね!」
「ところでその梅干しは食べられるのですか? 真っ白ですが」
「大丈夫ですよ。長い年月、塩漬けだったから白いだけですから。ただ、すごく酸っぱいですけど」
私が梅干しをかじってご飯を食べると、サラさんがおおーっと口を開ける。気になるのかな?
「あの、一個食べてみます?」
「良いんですか⁉」
あっ、これは梅干しが好きな人の反応だ。巫女だからなのかサラさんは梅干しが好きみたいだ。
「とても塩分が強いので気を付けてくださいね」
「良いのかいアスカ。貴重なもんなんだろ?」
「はい。元はこちらの教団の物でしょうし。どうぞ」
「ありがとうございます」
ゴクリと唾を飲み込んでからサラさんが梅干しを口に……。
「待った! ちょっとだけの方が良いですよ。貴重とかじゃなくて味がきついです」
「わ、分かりました」
私の言葉で恐る恐る梅干しを少し噛み切ってご飯と口に含むサラさん。
「ん~~~~!」
「お姉様、大丈夫ですか?」
「んん、ごほっ。大丈夫よ。た、確かに酸っぱいというか塩辛いですね。これ一口でご飯が進みます」
そう言うとサラさんは口の中の梅干しを流し込む勢いで、ご飯をかき込んだ。
「お姉様、お行儀が悪いですよ」
「しょうがないじゃない、本当に味が濃いんだから。でも、美味しいですね!」
「そうですよね! ジャネットさんたちは辛いだけだって梅干しはあまり好きじゃないんです。はちみつ梅とかなら大丈夫かなぁ?」
「はちみつ梅? そのような物があるのですか?」
はちみつ梅を知らないのかサラさんがグイッと顔を近づけて質問してくる。さっきもそうだけど、やっぱり巫女って言っても妹の前とかだと年相応なんだな。
「ありますよ。私も作り方は知らないんですけど……」
私が分かるのはせいぜい、梅を壺に入れて塩や紫蘇と混ぜて保管する程度だ。その過程も全部じゃないだろうし、ましてやはちみつ梅となると、はちみつを入れるタイミングとかが分からない。
「アスカ様にも分からないんですね……」
「こちらには伝わっていないんですか?」
「はい、残念ながら。はちみつといえばビッグビーの蜜を使うでしょうから、私たちでは作れませんね」
ビッグビーはEランクの魔物で、名前の通り十センチ以上の体格を持つ蜂だ。毒はないもののその針の一撃は危険で、大群で人を襲うこともありギルドでは定期的に襲撃による被害報告が上がっている。反面、その蜜は貴重な甘味で結構なお値段で取引されるので、ランクの低い冒険者が一攫千金を狙うことも多い。
「ビッグビーの巣自体はあるんですか?」
「はい。森の方で見たことはありますが、私たちでは手を出せないので巡回に来られる騎士様たちが倒すぐらいですね」
「うう~ん、養蜂が出来たらいいですね」
ただ、知識を持った人がいないと事業化は難しいだろうし、しばらくはできそうにない。それ以前に梅とか使う料理のレシピも探さないといけないしね。
実りある食事を終えると、私は先にお風呂に入らせてもらった。
「ふぅ~、いいお湯でした。ありがとうございます、サラさん」
「いいえ。そう言っていただけて幸いです」
お風呂に入る前にサラさんに誘われていた私はそのまま巫女の部屋へと入れてもらった。今日はそのまま泊まるのでついでに荷物もこちらへと移動している。
「ジャネットさんももう上がると思いますから、サラさんたちもどうぞ」
「そうですね。ですが、今日は遠慮しておきます。アスカ様とできるだけお話ししたいですから」
「別に私たちは急ぎの旅でもないから大丈夫ですよ」
「いいえ。さあ、リナは先に入ってらっしゃい。それと、アスカ様もお疲れでしょうから、お風呂の後は部屋に戻りなさい」
「はい、お姉様」
サラさんの言葉を受けてリナさんはお風呂へと行ってしまった。部屋には見張りの人もおらず、私たち二人だけだ。
「リナは行きましたね。では、アスカ様。こちらをどうぞ」
そう言うとサラさんは引き出しから一冊の本を取り出した。
「これは?」
「初代の巫女様から続く古文書です。保存魔法がかけられておりますので、当時のままです。リナには悪いのですが、こちらの閲覧ができるのは巫女のみとなっておりますので」
「私が見てもいいんですか?」
「もちろんです。是非見て頂いてもらいたくて。ただ、読めるかは分かりませんが」
「えっ?」
普通の日記帳じゃないんだろうか? イラストで描かれているとか? 気になった私は早速、古文書を開いてみる。
「えーっと、『この日記はかつてのことを忘れないために記すこととする。河野美月』
へ~、初代巫女って美月さんって言うんだ」
「えっ⁉ アスカ様、始まりのページが読めるのですか?」
「うん? だってこれ日本語で書かれて……」
「ニホンゴ?」
「はっ⁉ しまった。いや~、なんとなく読める気がするんですよね。なんでかなぁ」
なぜ読めるかを誤魔化しつつ、私は少しページを飛ばしてみる。日記は四百ページぐらいあり、半分ぐらいは美月さんのものでそこから後ろは子どもとか孫の記述のようだった。だけど、子どもの代ではきちんとした文体だったのが、孫の代ぐらいから怪しくなってきている。きっと、正式に学んだわけではないからだろう。
「後ろの方に至っては別の象形文字に近いかな? 日本語めいた何かだ」
同じ文字でも最初と最後では形が違うから、この本の解読を挑んだ人は大変だっただろう。実際、後半部分は私でも読めない部分の方が多かった。
「あの、どのようなことが書いてあるんですか?」
「えっと、最初の方は読めそうなんですが、後半はあまり……。どうやら、子孫の方はこの言語のことをあまり知らなかったようですね」
私は問題のない部分の本の内容を伝える。サラさんとも話をしたいけど、ちょっと本の中身も気になるな。ここにいる間に読ませてもらえないか聞いてみよう。




