光の神と光の教団
「では、アスカ様はアラシェル様という女神様を信仰しておられるのですね」
「はい。とってもお優しい女神様なんですよ」
祭壇への道すがら私の信仰についての話になったので、サラさんへアラシェル様のことを伝える。
「なるほど。アスカ様も巫女だったのですね」
「そうなんです。まだ新米ですけど」
「ふふっ、新米だなんて。女神様への愛があれば関係ありませんよ。ところで、アラシェル様は何を司られているのでしょうか?」
「えっと、実は地方の神様で正確には分かってないんです。運命めいたものを司られているみたいなんですが」
「運命ですか。では、この出会いもきっと何か意味があるのでしょう。今日は私と話をしませんか? 私たちは近くの村にしか出かけませんから、外の話も聞きたいですし」
「良いですよ。それじゃあ、案内よろしくお願いしますね」
光の教団の巫女様とお話しかぁ。今から何を聞こうかな? 私は質問の内容を考えながら案内を受けた。
「こちらが光の教団の祭壇になります」
案内された祭壇の中央横には巫女の衣装を着た巫女らしき像が二体並んでいた。
「あの、中央が空いたままになっていますけど……」
「お恥ずかしながら、光の教団には神の姿も名前も伝わっていないのです。ですから私たちはこうして巫女の像を左右に置き、いつも中央に向かって祈りを捧げ、舞を奉納しているのです」
以前、光の女神様に自分は名前を忘れ去られた神だと言われたことがあったけど、本当だったんだ。それに姿も伝わっていないなんて。
「あの、どうして姿も名前も分からない神様をずっと祈れるのでしょうか?」
「よく言われます。私たちの行動を理解できない方も大勢おられますし。ですが、私たちが過去に光の神様から受けた恩は真実です。それは現代に至るまで伝わっております。たかだか姿や名前を失った程度で揺れる信仰ではありません」
私の目を見ながら強い信念がこもった瞳で語るサラさん。本当に心から光の神を信奉しているんだな。
「でも、神への信仰は名前か姿がないと……」
「たとえそうであったとしても、私たちは救いを求めるわけではありませんから。私たちが感謝の印を神様へ伝えられたなら、それだけでよいのです」
「ううっ、そんな。こんな神のために……」
「アスカ?」
私の意識は急に遠のいていく。でも、心の奥があったかい。この想いはどこから来るんだろう?
「貴方たちは誤っています。姿も名もない神は存在しないも同然。このような信仰は無意味です。なぜ諦めてしまわないのですか?」
「アスカさん、過去にこの大陸を救うため私たち光の教団に属する巫女が立ち上がりました。彼女の命を懸けた魔法が、世界に光をもたらせる一助となったのです。それ以外にも光の神は多くの試練を乗り越える力をくださいました。返していただけるものがあるなしではないのです」
「それでも、貴方たちは信仰を忘れるべきでした。私のような公平なだけの未熟な神を信仰し続けるべきではなかった」
「アスカ、あんた一体何を言って……」
「光の巫女よ、古い神に拘るのはおよしなさい。もう時代は変わっています。貴方たちの信じた神は去り、新しい時代がやってきているのです」
「アスカさん、貴方は一体何を知っておられるのですか?」
巫女が私へ疑問を投げかけてくる。しかし、それを正確に説明するすべはもはや私にはない。
「命じます。光の教団は現時刻を持って新たなる光の神、アラシェルを信仰しなさい。それが愚かにも信仰を続けた貴方たちへの最後の神託です」
「あ、貴方は……いえ、貴方様は!」
「素晴らしくも愚かな者たちよ。私は貴方たちに支えられた日々を忘れません。どうか新しい神は貴方たちの信仰に応え続けられますように……」
その言葉と共に私の身体から黄金の光が空へと昇っていく。
「光が天へと昇っていく……」
「お、お姉様⁉ これは一体何事ですか?」
強い光に驚いたリナさんたちが神殿へとやって来た。
「リナ。私は光の神の神託を受けました」
「し、神託を⁉ 本当ですか、お姉様!」
「神託をサラ様が⁉ 私たちの神がとうとう応えてくださったのですね!」
「ええ、私たちに神は名前と姿を教えてくださいました」
「おおっ! ついに私たちにも再び神のお姿と御名が!」
神様の名前や姿がなくても祈り続けたとはいえ、やっぱりみんなは形が欲しかったみたいだ。きっと、何世代も前から望んでいたんだろう。
「はい。新たな光の神の名はアラシェル様。こちらの方が信奉されている神様です」
「新たな神様? で、では、我らの光の神は?」
「狼狽えることはありません。光の神様も代替わりを成されたのです。すべてを失ったはずの我らの信仰を繋いでくださったのです」
湧き上がっていた人たちが一瞬で静かになる。これまでずっと祈っていた神様と別の神様の名前が出てきたんだから仕方ない。
「落ち着きなさい。これは我らが信仰してきた光の神の意志。あなたたちはその意思を裏切るのですか?」
「お、お姉様」
「リナもこれまで光の神に祈ってきたでしょう? その神様の意志なのですよ?」
「……分かりました。巫女見習いとして光の神様の意志を受け入れます」
「リナ⁉」
「皆さんも分かっているのでしょう。これまで神託が下りなかったことがどういうことか。御名もお姿も忘れた私たちへ光の神は新たな道を指し示してくださったのです。これは光の教団の新たな始まりです」
「リナ……」
サラさんがリナさんをじっと見つめている。でも、表情から何を思っているかまでは推察できない。
「ではアスカ様。神託通り、私たちに新たなる光の神のお姿を」
「は、はい」
サラさんの強い意志に押されながら私は持っていたマジックバッグから、いつも祈る時に使っているアラシェル様の像を取り出す。
「それを二つの像の中心に置いてください」
「分かりました」
サラさんの指示でアラシェル様の像を二人の巫女像の中心に据える。
「皆さん、こちらこそ私たちが新たに崇めるアラシェル様のお姿です。今から私たち光の教団は新生するのです!」
「おっ、おおっ! ついに祭壇に神像が……この日をどれだけ待ちわびたか」
「おじい様」
サラさんの言葉を受け、自然と光の教団の人々がひざを折り、祈りを捧げる。
「これがあの人が見たかった光景だったんだ。でも、自分でこの光景を見ることはできないんだね」
「アスカ……」
「ごめん、リュート。ちょっとだけ肩貸して」
光の教団の人たちが祈っている間、私はリュートに肩を貸してもらいながらその光景を眺めていた。
「お時間を頂きありがとうございます。これで私たち光の教団は前に進めると思います」
「いいえ。光の教団の方々にとっても突然のことですし、構いませんよ」
「何と心の広い巫女様だ!」
「い、いえ、普通のことかと」
うう~ん、みんなからの期待の視線が辛い。ここは一つ……。
「えっと、確かに私はアラシェル様を信仰する巫女ですが、皆さんの中ではきっとまだ光の神様を想う気持ちがあるかと思います。なので、このまま光の教団の名前を残してはどうでしょうか?」
「よ、よろしいのでしょうか? それでは一柱の神様に二つの信仰が……」
「大丈夫です。皆さんが祈られるのはアラシェル様の像ですから信仰には影響ありません。光の神様としてアラシェル様を祈ってもらえればきっとアラシェル様も許されます」
私だって生まれてから信仰してきた神様がいなくなって、代わりにと言われてもすぐには対応できない。想像するだけでそうなのだから、この人たちには時間が必要だと思うのだ。
「何と眩しいお方だ。我々もあなたの信仰に近づけるように致します」
「いえ、本当に構いませんから。皆さんが納得して過ごされる方が大事です」
「アスカ様、貴方の神を光の神様が指名された理由が分かりました。これからも私たちをお導きください」
そう言いながらサラさんが私に頭を下げてくる。
「サラさんまで頭を下げないでください。光の教団の巫女はサラさんですから、これからも頑張ってください」
「えっ⁉ ですが私では……」
「いいえ。私は旅をしている身ですし、この光の教団が崇める光の神様を祭れるのはこちらの巫女であるサラさんたちですよ」
実際に私がここの巫女になっちゃったら、身動きが取れなくなっちゃうしね。それに、もし私がアラシェル様のお姿を覚えていないまま信仰を続けられるかと言われたら自信がない。家族がいたとして信じてもらえるかどうかだろう。そんな中、信仰を続けて来たこの人たちには今まで通り、祈り続けて欲しいと思ったのだ。
「ありがとうございます。ですが、私たちも変わったことを内外に示さなくてはなりません。今後は〝新生光の教団〟としてアラシェル様とアスカ様のために動いてまいります」
「アラシェル様はともかく、私のためなんて必要ないですよ」
「いいえ。私たちに救いの手を差し伸べてくださったアスカ様に、感謝の気持ちを忘れることなどできません!」
「そうですよ。ただ、祈るしかできなかった我々に道を下さったのです」
道を示したのはアラシェル様だと言っても聞き入れてもらえず、アラシェル様の像と左右に置かれていた巫女像の距離を少し開け、アラシェル様の像のすぐ横に私の像を置く羽目になってしまった。
「ううっ、どうしてこんなことに……」
「諦めなよ、アスカ。あんたがここに来たいって言ったんだろ?」
「それはそうですけど」
「なら、覚悟を決めな。あの笑顔を裏切る気かい?」
「うっ」
光の教団の人たちはすでに左右どちらに私の像を置くか相談している。別に見栄えなんて気にしなくてもいいのに二人の巫女像のどちら側かが大事らしい。




