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【社畜貴族の成り上がり】転生したらパワハラ令嬢に婚約破棄されたので、嫁いできた白い令嬢と幸せになります  作者: 昼行燈


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第5話 ワワカ綿


 俺はこのゲームのことを思い出そうと思考を巡らせていた。


 俺にとってこの世界はアクション性が面白かったり、バトルが楽しかったりというゲームの立ち位置だった。

  

 ストーリーは賞賛されていたが、俺はあまり覚えていない。


 そうしてようやく思い出したのは、この情報だった。


 アリス・クリファイス。

 彼女は伯爵家の娘として生まれ、幼い頃から群を抜いて頭が良く、最年少にして魔法学位を納める秀才。才色兼備であり、将来が有望視されていた。

 

 王子の婚約者として抜擢されるも、その後に呪いに掛けられ、主人公に助けてもうらルートか、道中に魔物に襲われ死亡、もしくは田舎の貴族に嫁いで破滅する……の3つのルートに分岐している。


 田舎の貴族ってもしかして、俺の家のことだったのか?


 でも、アミノも破滅する未来があるから……あっ、俺とアリスは一緒に破滅する……?


 そういう答えに行きつくと、今日もレッツ惰眠……という訳には、行かなかった。


 アリスは来てから一言も喋ろうとしなかった。


 部屋にこもりっきりで、特に何かを語ることもなく、食事の時に会話をしようにも沈黙ばかり。


 ようやく話しかけられるチャンスが来た!かと思えば、軽く会釈されて距離を取られてしまった。


 …………喋れん。


 無理に喋ろうとしても、話題がないから喋れない。


 でも、アリスに何か理由があって距離を取られていることは分かっている。


 そうだと分かっていても、もしかしたら嫌われているのではないか、自分を怖がっているのではないか。

 相手を知らないからこそ、よりそこに不安を感じ、睡眠がうまく取れない。


 いや、俺が考えても仕方のないことだと。割り切ってしまえばいいとも分かっている。


 だけど、このままでは気になって眠りにもつけない。

 俺が破滅ルートに乗っていることも間違いない。


 せめて普通に会話ができれば、マシなんだけどなぁ。

 

 彼女が自ら話そうとしない限り、俺がそれを追求することはないけど……アリスと距離を縮めることは、彼女の人生に関わるということだ。


 そして俺の破滅ルートも回避する。


「よし、アリスの所へ行くか」


 *


 アリスの部屋をノックする。


「アリス様? 良かったら、出かけませんか?」


 そうしていると、遠くから使用人たちが角から覗いている。


「は、はわわ……」

「な、なんと積極的なアミノ坊ちゃま……!」


 使用人を無視してもう一度、戸を叩く。


 コンコンコン。


「アリス様?」

「……」


 うん、返事がない。

 どうしよう。


 あぁ......もしかして、今の状況に耐えられず、自分を傷つけたりしているのかな……それで気を失ってたり……。

 あわあわと慌てるも、深呼吸をする。

 

 いやいや、そんな訳がない。


 仕方ない。こうなったら、俺だけが知っている物で釣るか。


「アリス様。王都から取り寄せた三ツ星マカロンがあるので一緒に食べませんか?」

 

 アリスは大の甘いもの好きだ。

 特にマカロンは好物で、本人が誰にも言えない秘密セレクトになっている。


 もちろん、俺がそんなことを知っているなんて、絶対に口が裂けても言ってはならない。


 キィィィ……と扉が開く。


「あっ、アリス様。元気そうでよかったです」

「……なんですか」


 ようやく出てきたかと思えば、眼の下に小さなクマがある。


 アリスもあまり快眠はできていないようだ。

 笑顔を崩さないまま、俺は続ける。


「天気も良いので一緒にお出かけを、と思いましてね」

「……マカロンで?」

「ええ。もしかして、甘いのはお嫌いですか?」

「……いいえ。でも、私がそんなもので釣られるとお思いですか?」


 ほう、そう来るか。

 

 いえ、アリス様を釣ろうだなんて思っていませんよ。ただ、良いマカロンが手に入ったので一緒に食べたら美味しいだろうなって!


「うん! 甘い物にチョロいでしょ?」

「……」


 ん? あれ、なんか表情が……あっ。


 あ”ぁ”ぁ”ぁ”ぁ”っ! 建前と心の声を間違えた……!!


「……ふざけないでください。私がマカロン如きで外出をするだなんて思わないことです」


 そうして、語気を強めて言う。


「決して、私は軽い女ではありません!」


 *


 天気の良いポルシェノール領を、俺とアリスは二人で歩く。


「良い天気ですね、アリス様」

「……」


 し、失敗したけど釣れた……。

 流石三ツ星マカロンだ……。


 アリスは帽子を被り、頭を隠すようにしていた。


 そうしてやってきたのは、綿を栽培している農園だった。


「ワワカ綿……?」

「そうです。ワワカ綿農園です」


 アリスに小さなクマがあることは気づいている。

 しかし、俺はそれを指摘するようなことはしない。


 肩が凝っているように見せ、ため息を漏らす。


「実は最近あまり寝付けなくてですね……寝具を新調したかったのですが、一人で行くのも寂しいな、と」


 アハハと笑い声を漏らすと、アリスがキョトンとした。


「でも、綿だけならどこでも手に入るのではありませんか?」

「仰る通りです。でも、ただの綿ではないのです」


 王都からかなり離れたポルシェノール領は、ドが付くほどの田舎だが、ゆえに利点もある。


 まず土地が広く、日当たりと風通しが良い。そして栄養豊富な土壌もある。

 実は、この国の綿生産率トップがポルシェノール領なのだ。


「そして、ポルシェノール領の特産でもあるワワカ綿であることです」


 最高級のポルシェノール領産のワワカ綿。

 それがこの場では簡単に手に入る。


 ポルシェノール領の物は特別で、通常よりも柔らかさが三倍あり、軽さは二分の一ほど。

 軽くて柔らかい。それでいて、匂いがつかない。


 夏場はひんやりとしていて、冬はホカホカと暖かい性質を持っている。


 冬に手袋や靴下などにすると、どれだけ冷えていても暖かさを維持できる。

 冷たい床に足を置いても、寒くて痛くなるということがないのだ。 


「アリス様。量より質、とよく言われますが……量がなければ質も産まれないのですよ」

「な、なるほど……」


 もちろん、収穫分の代金はしっかりを払ってある。

 自分で収穫や加工をすることも含めて、かなり安く済ませた。


 アミノの悪い噂のせいで、少しばかり手間取ったが、問題はない。


 少しアリスはそわそわとしながら、休憩用に作った日陰に視線を送っている。


「あの、ここでマカロンを……?」

「ええ、好きなだけ食べてください。俺はこれから綿を採取するので」


 アリスが首を傾げる。


「私に手伝って欲しいのではないのですか?」

「いえ、たまに外へ出ないと体に悪いですから」


 さて……ワワカ綿を集めるか。 

  

「元々、それはアリス様に用意したものです」

「私に……」


 アリスは手元に持っているマカロンを見ながら、やはりまた不思議そうな顔をされる。


「ですから、どうか食べてくれると嬉しいです」


 自分でも驚くほど、素直に笑顔が出た。

 そうしてアリスが目を見開く。


「……っ!」


 *


 あれから少し経って、俺は雷神ドンナー・ゴッツを使ってワワカ綿を集めていた。

 その量はかなり多かったが……まぁ、使い道はたくさんある。


 アリスが横に来て、山盛りになったワワカ綿を見上げる。


「す、凄い量ですね……この量をたった一人で……」

「良い運動になりますよ。それに祝福を使う訓練にもなるので」


 ワワカ綿はとても軽い分、収穫が大変だ。

 ちょっとでも適当にやると、空に羽ばたいてしまう。


 そうなったら風に乗ってもう回収は不可能だ。


 雷の速度で回収しつつ、きちんと箱に詰める。


「まさか、アミノ様は祝福持ちなのですか……?」

「ちょっとだけあるだけです」

「普通の人は一つでも祝福を持っていたらかなり凄いのですけど……」


 あれ、そうだっけ。

 アミノが三つ持っているってやっぱり凄いのかな。


 でも、今の俺の実力はたかが知れている。


 努力を怠れば、破滅はすぐそこだ。


「さて、ここからが本番です」

「え? 回収したら終わりじゃ……」


 俺は懐から数本の薬品瓶を取り出す。


「実は【薬祖の祝福】も持ってましてね」

「えぇぇっ!? 複数祝福持ちなのですか!?」

 

 あれ、これ言っちゃまずい奴だっけ。

 今度からは気を付けよう。

 

「その祝福でいくつか試したいことがあったのです」

「なんか色々と頭が痛くなってきました……雷の祝福ですらとても珍しいのに……薬学までなんて……凄すぎる」


 混乱しているアリスを横目に、俺は持ってきていた物を並べる。


 そうして水いっぱいのバケツにワワカ綿を放り込んだ。


 まず、俺が持ってきた薬品は3つだ。


 それをアリスにも説明する。


 1.

 柑橘系の香りをつけるものです。精神を落ち着かせ、安らかな眠りに導く効果がある。


 2.

 妖精の夢(フェアリードリーム)の涙。悪夢を持ち去る、もしくは消し去る効果がある。


 3.呪詛返しの薬。眠っている時に呪い系の魔法が来た時に、それを自動的に跳ね返す効果がある。


 よし、安全対策ばっちり。

 

 3つの薬品を混ぜ、一気にかき混ぜる。

 そうして薬品を吸収したワワカ綿を洗濯棒で干す。


 ワワカ綿は吸収がとても良い。その性質を利用して、色々と組み合わせてみた。

 

「これを乾かして、あとは枕に詰めれば完成です」


 乾いたものを枕に詰め、それをアリスに渡した。


「どうぞ!」

「私に、ですか……?」

「いっぱい作り過ぎちゃったので、貰ってくれると助かります……アハハ」


 どんな理由があれ、アリスはうちの屋敷へ来た。

 そして命じられた婚約とはいえ、俺の婚約者だ。


 少しでも不安や将来の心配をさせる訳には行かないだろう。


 それに彼女が眠れずにうなされていたり、眼の下にクマを作っているような生活は……俺の矜持に反する。


 アリスがそれを静かに受け取り、枕をギュッと握りしめた。


「……ありがとう、ございます」



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