第10話 ユリミア視点②
ユリミアはドタドタと足音を立てながら、勢いよく扉を開いた。
怒りを露わにしながら、目に前にいる役人たちへ怒声を浴びせる。
「ちょっとどういうことですの!?」
ユリミアの元へやってきていた税監査の役人は、予定よりも早くテンペランド領やってきた。
「監査の日程はもう少し後の筈ですが?」
眼鏡を掛けた銀髪の女性と思わしき人物が、ユリミアの前に立つ。
彼女の目つきは鋭く、それでいて凛とした氷つくような雰囲気を持っていた。
その奥から覗き込むような、彼女の青い瞳が人々の印象によく残った。
「予定よりも早くなったことは謝罪致します。しかし、それほどお怒りになるほどのことでしょうか?」
「当たり前ですわ……! まだ領民が騒……りょ、領主の仕事やあなた方への接待もありますもの」
「接待は結構です。我々は不正や税の記載に誤りがないかと確認しに参った次第です」
極めて冷たく、それでいてどこか穏やかな声音であった。
(おかしい……! お父様は買収した役人を寄越すと言っていたはずなのに……!)
ユリミアが奥歯をかみしめる。
(よりにもよってこの女が出てくるなんて……最悪よ……!)
銀髪の女性が眼鏡をキリッとあげた。
そこには弱冠にして公務試験を成績トップで突破し、その後数年で税監査のトップまで上り詰めた秀才がいた。
ユリミアにとって、これは最大の誤算であった。
そうして、彼女の名前を呟いた。
「国家税監査局長レルシア・クリファイス……!」
(だ、大丈夫……隠ぺいは既に終わっているはず……! でも、その確認がまだ完璧じゃない……)
ユリミアの不正は隠しきれることではない。そう判断した両親がアミノに罪を被せることで解決しようと画策した。
税の横領。
借金。
領民の不満。
『隠しきれないのなら、誰かに濡れ衣を被せればいいのよ!』
すべてアミノに被せる準備をしてきた。
今度はレルシアが口を開いた。
「こちらにも事情がありましてね。あなたの元婚約者、アミノ・ポルシェノールの悪い噂はご存じでしょう?」
「えっ……え、えぇ! 私、ずっと酷い目に合わされていて……何を言っても彼は聞いてくれなかったの。使っちゃダメなお金と言っても使ってしまって……」
可哀想な子を演じるために、ユリミアが猫を被る。
その外見が良いため、レルシア以外の監査員は『可哀想な子だ』と思う。
「でも、私の婚約者だし……守りたくて黙っていたんです……でも、お父様とお母様が気づいて、婚約破棄することになって……」
「そうですか。分かりました」
淡々とした様子で、レルシアが踵を返す。
「では、その証言が事実かどうかはこちらで確かめます。こちらにある書類の中に不正があれば、それでアミノ・ポルシェノールを摘発致します」
「ま、まぁ……! そんないけませんわ!」
「なぜですか?」
「い、いや……それはその……」
言い淀むユリミアに、レルシアは表情を崩さずに詰め寄った。
「何か、不都合でもあるのですか? それとも、元婚約者を守りたいという心ですか?」
「も、元婚約者を守りたいのです……! 私はアミノを心から愛していましたから!」
「左様ですか」
それだけ言うと、レルシアが目を少し瞑った。
「愛する人を守りたいという気持ちはよく分かります。しかし、これは国の法に関わること。感情で左右されていい問題ではありません」
きっぱりと告げられ、ユリミアはそれ以上言えなくなってしまう。
「これから七日間。ここにある数年分のテンペランド領の資料をすべて確認させていただきます!」
内心を焦りまくるユリミアだったが、グッと押し殺して演技をする。
「わ、分かりましたわ……! ぜひ、思う存分に確認してください。しかし、アミノへの処罰はどうか軽い物で……」
「……ええ、私もそれを望みます。アミノの被害者は少ない方が宜しいでしょうから」
努めて笑顔を作るユリミアだったが、バタンと扉が閉まると一気に表情を変えた。
(まずいまずいまずい……!)
ユリミアが思う。
ここから七日間、数年前まで遡って確認するって正気!?
何百……いや、何千枚あると思っているの!?
どうして……どうして私ばっかりこんなハズレくじを……!
落ち着きなさい私。
大丈夫、大丈夫よ。
すべて上手く行く。
アミノが全部罪を被って破滅して終わりなんだから。
それでも苛立ちを隠せないユリミアの元へ、使用人が来る。
そうして耳打ちした。
「ゆ、ユリミア様……」
「な、なによ!?」
「じ、実はレルシア様に資料を持っていかれる前に、少しだけ隠せたのですが……」
怒鳴られて怯えながらも、使用人がユリミアへ紙を渡す。
「アミノの筆跡……?」
そこには正確に、一言一句間違えずに、ユリミアが購入した無駄遣いの証が記されていた。
「なんでこんなものが……!」
「すべて正確に丁寧に記していらっしゃった様で……」
「こ、これだけ!? ねぇ、私が使ったお金の記録はこれだけかって聞いてんのよ!」
「分かりません……持っていかれた中に、それがもしも混ざっていたら……」
ユリミアの背筋から悪寒が奔る。
「アミノ……アミノ……!! 私をハメるために、隠していたわね……!」
グシャリッと紙が丸められた。
数字が苦手なアミノが『ただ忘れないように』と記録として残していただけのもので、ユリミアをどうこうするつもりは一切なかった。
しかし、それが偶然にもユリミアの意表を突いた結果となった。
「ただのクズのくせに……!」
*
ユリミアの屋敷にやってきていた国家税監査局長レルシア・クリファイスは、小さくため息をついた。
部下の一人が問いかける。
「時間に厳格なレルシア様が予定を早めるとは、よほどの事情があるのでしょうか」
「たいした事ではありません。ただ……嫌な男から救い出さなければならない少女がいるだけのこと」
レルシアが思う。
クリファイス家はアリスを放り投げ、見捨てた。
しかもよりにもよって、悪行名高いポルシェノール領へだ。
姉でもある私が、アリスを早く助けないと。
レルシアが窓を眺める。
そこには騒ぎ立てる領民たちの姿がちらほらとあった。
「……それに、ここは何やらキナ臭い」
ただならぬ香りがする。
レルシアの直観が、ここを調べろと騒いでいるような気がしていた。
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