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英雄は奴隷に国を語る

 頭に振動を感じ、目が覚めると周りにはエリス、ミリア、シンシアの3人が見えた。エリスは何やら物欲しそうにこちらを眺め、ミリアはとがった耳を後ろに向け、尻尾をバタバタと床に叩きつけながら手をなめている。表情は大きく変わってはいないが、どうやら気分が良くないようだ。シンシアは時折目を細めて頭をさすっている。毛布に引きずり込まれてからの記憶が曖昧だったが、頭でもぶつけたのだろうか? 頭からは温かい気配と頭を撫でる手の感触がする。リーナが後ろにいるようだ。それも寝ている僕をずっと抱きかかえていたようだ。体を捩じらせると、僕が起きたことに気付いたようだ。

「お兄様、お目覚めですか?」

 上を見上げると微笑を浮かべた妹と目が合った。彼女に頷き、礼を言って膝の上から下りると、後ろから幽かな声が聞こえた。足が痺れたのだろうか? 気を取られる前に、眼前に先ほどまで機嫌の良くなかったミリアが一変、尻尾を垂直に立てて僕に飛びつき、体を目一杯擦りつけてくる。

「うにゃぁ、にぃに、おはよう」

 彼女にしては大きい声でにゃーにゃーと鳴きながら茶色い髪と耳を擦り付け、上目遣いでこちらを見つめてくる。ミリアは僕よりも若干身長が高いけれども、いつも腰に飛びついてくるのでいつも上目遣いでこちらを見つめてくる。みんな僕より背が高いので、そのことが若干嬉しく思うけれども、敢えて口にはしない。

 ミリアの髪を弄んでいると、エリスも僕に近づいてきた。食堂の時とは違い、きっちりと服を着ている。胸にフリルをあしらった真っ白なブラウスに首元で結ばれた装飾付きの大きなスカーフのようなベージュのケープ、の赤みのかかった膝上くらいまでのティアードスカート、髪にも花を象った飾りをつけている。じっと見ていると、エリスも気付いたようで、

「兄様、私の身体に欲情してしまいました? でも今は少々難しいので帰ってからたっぷりお使いくださいね」

 そう言ってエリスはブラウスを押し上げる山を強調して見せた。恥ずかしさを感じて視線を下ろすと、もじもじしたミリアがさっきと同じように見上げていた。ミリアの服は先ほどと変わらない、紺色の給仕服だ。

「にぃに、むらむら? ミィも使う?」

 ミリアに言われた言葉にしばしショックを受ける。そんな言葉をいつ覚えたの、ミリア。元凶の一端であろう聖女に視線を向けると、こちらをニコニコとしながら口に手を当てて笑っていた。

「お兄様、私ならば今すぐにでもお使いいただけますわ。ご命令くだされば何時いかなる場所でも喜んでご奉仕いたします」

 実の妹が兄にそこまで言って見せつけるように人差し指に舌を這わせた。背筋にゾクゾクと走るものがあったが、馬車の中とは言え外でそんな事を言うリーナを少し諭す事にした。彼女は丁寧だが反省の意はない謝罪を口にし、

「……いずれ必ずさせていただきますわ」

 とすぐさま撤回の言葉を出したので頭を手刀打ちしておく。その時のリーナの顔が若干愉悦に染まっていたことは忘れる。羨ましそうに見る3人の事も見てはいない。

 そういえば、この馬車はどこへ向かっているのだろうか? リーナに聞いてみる。

「先ほどレオンが言っていました王城への謁見に向かってますわ」

 そう返す妹。彼女の着ている服は動きやすそうな布の服に皮の胸当て、手には同じように皮の篭手がはめられ、腰にはベルトに剣が下がっている。まさにこれから謁見なのだろう。ただ、僕の服だけは一般的なものだった。これで一国の王の前に出てもいいものだろうか?

「レン君はそこにいるだけでいいの。それだけで十分なんだから」

 先ほどから喋っていなかったシンシアが口を開いた。と同時になぜか残りの妹達が一斉に鋭い視線を彼女に向ける。シンシアはその視線を受け、「さすがにもう許しなさいよぉ」と軽く抗議している。一体彼女は何をしたのだろうか? そこでレオンの姿が見当たらない事に気がついた。折衝役と聞いていたので、先に王城へ向かったのだろうか? 妹たちに聞いてみると、それもあるが、どうやら必要なものを買いに行ったらしい。登場するのにすぐ必要なものが何かあるのかな、と少し疑問に思ったが、王城を近くで見たことのない僕にはそんなものがあるのか、と結論づけるしか他になかった。




 ガタゴトと音を立てて、おそらく馬車であろうこの乗り物が市街の道を進んでいく。時折小石を踏みつけた時のみ大きく揺れるだけで、快適だった。

「兄様、お体は大丈夫ですの?」

 エリスがそんな事を考えていた僕を見てそう問いかけた。身体は特に問題なく、お尻が痛くなったりしていないので頷いておいた。

「お辛くなりましたら何時でもおっしゃってくださいませ。私が、喜んで兄様の椅子になりますの」

 ほう、と余韻の残る溜息をつきながら少しうるんだ眼をして見つめてくる妹の話を逸らそうと、あまり揺れない馬車について話を振ってみた。

「……それは、馬車の技術の向上も大きいですが、一番は道の整備が進んだおかげですわ」

 エリスの話を聞くに道の整備は当代の、つまりこれから謁見する王の政策らしい。王都と周囲の町の主要の道に一定距離で宿場を設置、近隣の村を繋ぐことで必需品の普及を円滑に行えるようにし、王都内においても主要な通りにはしっかりとした煉瓦の舗装がなされているとの事だ。

「愚王の策の中では一番まともですの」

 エリスはあまりいい顔をせずにぽつりとつぶやいた。それも当然か、と思う。僕の弟妹達は元凶は神殿とはいえ、今の王に半ば生贄にされるかの様に大進行の戦場に放り込まれたのだから。王の事は当然憎んでいるだろう。それでも大進行の後もここに留まり、僕を探してこの国中を探し回ってくれた彼女達には感謝してもしきれない程の恩ができてしまった。これから僕はそれにどう答えていけばいいのだろうか?

 そんな事を考えていると、僕の身体はいつの間にかエリスに抱きかかえられていた。股の間に座らされ、太ももに挟まれ、頭には大きな胸がゆさりと音を立てながら乗りかかっている。完全につかまってしまった。傍ではリーナ、ミリア、シンシアの3人があっ、と怒ったような驚いたような声を一斉にあげていた。

「兄様は面倒事を抱え込む必要はないですわ。難しく考えずに、私たちを毎日可愛がってくださればいいのです。いっそ、毎日苛めてくださってもよろしいですのよ?」

 その言葉を今の彼女達なりの優しさと受け取ることにして、王城に到着するまで僕は身体全体を柔らかいエリスの肢体に囚われながらゆっくりと待っていた。到着するまで他の妹達の目はずっとエリスに向けられていたが、当の本人は全く意に介していなかった。

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