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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
33/79

コウショウ

 

 朗々と語る望月三郎(もちづきさぶろう)


 平将門(たいらのまさかど)は、横に侍る平良乃(たいらのよしの)に無言で目配せをする。


 それを見ながら(あき)れ顔をし、腹の底に溜まった怒気を発散するように、少々荒れながらも小枝を集め始める。

 

「ところで……望月三郎諏方もちづきさぶろうよりかた殿、大っぴらに加勢は出来ないと言っておられたが……対等な、ちょっとした付き合いはどうだろうか?」

 

 平将門は悪童(あくどう)のように、にんまりと笑う。

 その顔に釣られるように望月三郎の口角(こうかく)も上がってゆく。

 

「ほうほう、大ぴっらに加勢せずに対等な関係……つまるところ、どういうことですかな?」

 

 将門の出す答えに興味津々の様で、ついつい前のめりになる望月三郎。

 話に夢中の男二人の後ろで、黙々と集めた小枝を地面に、山のように組み始める良乃。

 

望月(もちづき)(まき)の馬を売ってほしい……しっかと言えば、朝廷に献上できない竜馬(りゅうめ)を売ってほしい」

 

 将門の言葉を聞き、笑みは冷え、真剣な顔となる望月三郎。

 良乃は苦悶(くもん)の表情を上げながらも、音を上げずに、火を着けるため、苦戦しながら何度も何度も火打石を打ち付ける。

 

竜馬(りゅうめ)と仰いましたか……まさかその言葉を将門殿の口から聞けようとは。いやはや、武一辺倒(ぶいっぺんとう)とは違うようですな」


「ふむ、京で滝口武士(たきぐちのぶし)をしている時に藤原忠平(ふじわらのただひら)様の御好意で蔵書の周礼(しゅうらい)を読ませて頂いたものでな」

 

 悪戯を成した童のように、ほくそ笑む将門。

 火の明かりに照らされ、光輝く玉のような汗を拭いながら、やりっきた表情をする良乃。

 

「さて……良乃のお陰で簡単ではあるが場は整ったようだ。本格的な商いの話といこうか」

 

 良乃が将門を手招きしながら誘う。

 そこには焚火の周りに(むしろ)を敷き、寒空の下ではあるが、ゆっくりと商談できるように配慮した場を用意していた。

 

「では、聡明(そうめい)思慮深(しりょぶか)い奥方のご厚意に甘えて座らせていただきましょう」

 

 望月三郎の軽やかに滑る口、対してその足はゆっくりと筵へ向かう。

 ただのお世辞に絆されず、今だに警戒をする良乃、眉間には(しわ)が寄っていた。

 

「将門を狙っていた男だ……口では何とでも言えるだろうけど、私は信用も信頼もしていないよ」

 

 良乃は望月三郎が(むしろ)へと座ろうとした、まさにその時に本人に面と向かって伝える。

 望月三郎はその言葉を聞き、笑うでも(とぼし)めるでもなく真剣に答える。

 

「将門殿はとても人の好いお方だ……ゆえにこれから困難や厄介事も、今回のような事も舞い込むでしょう。その警戒心をどうか……ゆめお忘れなきように」

 

 老婆心によるものか、望月三郎からの訓戒(くんかい)

 真剣な言葉に良乃は深く頷く。顔の険はとれ、眉間の皺は無くなっていた。

 

「さて、将門殿……竜馬(りゅうめ)のお値段ですが……一頭、沽価(こか)二貫文(にかんもん)でいかがでしょうかな?」

 

 にんまりと口角を上げながら、(むしろ)に座りかけていた将門の眼前に指二本を立てた手を見せる望月三郎。

 

「それは(いささ)か高すぎんか? いや、商売であることは分かってはいる……が、朝廷に献上も出来ず、誰も買わないであろう竜馬(りゅうめ)だ、一貫五百文が妥当ではないか?」

 

 望月三郎は腕を組み、しばし唸り声を上げながら難色を示す。

 その姿を見ながら将門は次の一手を打つ。

 

「そういえば、買いたい頭数を言っていなかったな……望月の牧にいる竜馬(りゅうめ)を全部だ」

 

 将門の言葉に目を光らせ食いつく望月三郎。

 

「全部ですか! てっきり将門殿が乗る一頭だけかと……ならば話は変わってきますな、二十頭おりますゆえ、将門殿の言い値である一貫五百文、締めて三十貫文でお売りしましょう」


「では、商談成立であるな。来年の春辺りには我らが竜馬を取りに望月の牧まで出向こう……支払いはその時でよいかな?」

 

 大きく頷く望月三郎、その顔は将門たちが見た中で一番に喜色満面であった。

 

「勿論ですとも……これからが大変でしょう、お待ち申し上げますとも」

 

 

 望月三郎と将門の商談は(まと)まり、一足先に望月三郎は自分の土地へと向かっていた。

 そのまま焚火を囲むように座る将門と良乃。

 

「将門、大丈夫なのかい? 三十貫文の支払いの当てはあるのかい?」

 

 心配そうな顔をしながら将門に問いかける良乃。

 

「大丈夫だ……親父殿が遺した(ぜに)も土地もこれから取り戻す。いや、預けているものを一切合切返してもらうのだからな」

 

 良乃の肩を抱きながら、笑う将門の声は天まで届きそうなほどに大きかった。

 

 

 

 

 その後、将門と良乃の両名は平國香(たいらのくにか)の居がある真壁郡東石田へと、たどり着き別々の部屋へと通されていた。

 将門の通された部屋には既に平國香(たいらのくにか)良兼(よしかね)良正(よしまさ)の三人が座っていた。

 

「國香伯父上、良兼伯父上に良正叔父上も息災でしたか! めでたいことです」

 

 三人に深々と礼をしながら将門は部屋の中を進み、下座へと座る。

 

「お陰で息災である。将門も存外に元気そうではないか、京ではどうであったか?」

 

 上座に座る平國香は、探りを入れるように他愛もない世間話を挟む。

 

「京はいつも通り、華やかに会議は踊り、蹴鞠(けまり)に歌と遊びにかまける方などもおりまして、藤原忠平(ふじわらのただひら)様は年中大忙しでしたな」

 

 笑いを誘うように精いっぱいの冗談を言う将門。

 しかし、三人の眉も頬もピクリとも動かずであった。

 

「おっと、國香伯父上は貞盛(さだもり)のことを知りたいでしょうな。貞盛は順調に京での出世の道を歩んでます、故にご心配なさらなくても良いでしょう」

 

 将門は思い出話も絡めながら語る。

 未だに不動の如く動かない國香と良兼……だが、(こら)えきれなくなったのか良正が口を開く。

 

「将門……そのあたりでよいぞ、早く本題に入れ!」

 

 怒気と共に床に拳を叩きつける平良正。

 将門は語る口を止め、鋭い目つきとなる。

 

「では、本題に入ります……先ずは良い報告から、この度……平良兼伯父上の麗しい娘である平良乃と祝言(しゅうげん)を上げようと思っております」

 

 その言葉に強張った顔が少しほどける平良兼。

 

「そうか……そうか、これで我らは(しゅうと)婿(むこ)の関係だな将門。いや、今からでも婿殿(むこどの)と呼ぼうか」

 

 嬉しさのあまりに笑いそうになるのを堪えながら、國香の方を向きながら言葉を発する良兼。

 

「して、いつ祝言(しゅうげん)を上げる? 早いほうが良いぞ」


「そこはまた後ほどに、ゆっくりと話を詰めてゆきましょう、良兼義父殿」

 

 将門は未だに鋭い眼光のまま、平國香を見据えながら続けて口を開く。

 

「次ですが……國香伯父上。貴方達が我が父、平良将の死後に預かり(・・・)維持していた土地を我が弟達に返して頂きたい」

 

  ――部屋の空気が瞬間にして凍える。

 

「生意気な言いざまだな! 将門よ!」

 

 平良正が顔を怒りに染めあげ、床を踏み抜かんとする勢いで立ち上がり、将門へと向かい拳を振り上げる。

 

「止めよ!」

 

 國香の怒声が部屋に鳴り響き、良正の振り下ろしかけていた拳がピタリと将門の顔の前で止まる。

 

「良正が短気ですまんな、将門……良将が死に、将門が戻ってくるまでに一時預かっていた土地(・・・・・・・・・・)は、しかと返そう約束する」

 

 将門は立ち上がり、拳を振り下ろした格好のままの良正の両肩に軽く手をやり、耳元で囁く。

 

「命拾いしましたな……國香伯父上に感謝なされよ」

 

 にこりと笑いながら将門は手を放す。

 

「では、良兼義父殿……後ほど良乃の待つ部屋で話を詰めましょうぞ」

 

 ゆっくりと部屋の襖を開けて、三人に一瞥(いちべつ)もせずに出ていく将門。

 

竜馬=竜とも呼ばれる、中国の経書「周礼」から。馬のサイズが八尺を超えるもの。2.4メートル以上の馬。

ちなみに六尺以下の馬は「馬」七尺~八尺までを「騋」と呼ぶ。


1貫=1000文

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