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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
23/79

東は荒れる

 

 郡役所(ぐんやくしょ)内を大きな足音を立てながら、板張りの廊下を歩く将門(まさかど)

 その右手には眉間(みけん)が赤く腫れ、気絶している男を引き()っていた。


「なんだあれ……」


 郡役所に(つと)める役人達は、その異様な光景を部屋から遠巻きに見ていた。


 運悪く、行き当たった役人の一人は将門(まさかど)(おそ)れ、道を空けていく。


 最奥。――その部屋に辿り着くと足を止め、将門(まさかど)(ふすま)に手をかけた。――その瞬間に部屋の中から声がかかる。


「来たか、中に入れ」


 その声に(うなが)され、(ふすま)を音を立てながら開ける。

 部屋の中には其処彼処(そこかしこ)に棚が置かれている。そこには(おびただ)しい数の書類(しょるい)木簡(もっかん)が収められていた。


「そこら辺に適当に座っておいてくれ、これを終わらせてしまうからな」


 棚に囲まれるように部屋の中心に鎮座(ちんざ)する文机(ふづくえ)。――その上にも書類が山を成している。

 その文机(ふづくえ)で書き物をしているのか、手で筆を動かしながら、もう片方の手で(すずり)(すみ)()っている男。


「この奥まで怒声が聞こえておったぞ、平将門(たいらのまさかど)よ。――熱い想い、いつも(まぶ)しい男よ」


 その言葉に照れ臭そうに、ぽりぽりと頭を掻きながら座る将門(まさかど)

 文机に齧り付く男は、将門の姿をチラリと見ながらも、書き(したた)める手を止めない。


武蔵武芝(むさしのたけしば)様、お元気そうで何よりです。民達は一片の曇りなく、元気に仕事をしておりますな。流石は周辺諸国にまで名を(とどろ)かせる、名郡司(めいぐんじ)殿だ」


 将門(まさかど)武芝(たけしば)へと、心からの賛辞を送る。

 しかし、照れもせず、言葉を荒げる訳でもなく、淡々と筆を動かし続ける。


「うむ、自分に出来るだけの仕事をしたまでよ……して、其奴(そやつ)は生きておるのか?」


 手を止め、将門の右手に掴まれたままの男を左手で指す。


「生きております、指で(ひたい)を弾いただけですからな」


 将門(まさかど)は笑いながら、左手の親指の腹で中指の爪辺りを押さえて、数回ピシピシと音を立て弾くのを武芝(たけしば)へと見せる。


「そうか、ならば其奴(そやつ)国府(こくふ)に罪人として送っておくか」


 少しの間、書く手が止まっていたが将門(まさかど)の話を聞き、また武芝(たけしば)の手が動き始める。


其奴(そやつ)はな、京から飛ばされて来た、この地でも色々とやらかしておった。近々(ちかぢか)どこかで引っ捕らえるつもりが、手間が(はぶ)けたわい……さて、どういった要件だ?」


 武芝(たけしば)は書き終えたのか筆を置き、墨をする手も止め、将門をしっかりと見据える。


下総国(しもうさのくに)で、一悶着あるやもしれませんので……そのご報告に来ました……もし何かあれば、お力をお借りしたいと思います」


 話を聞きながら、顎髭(あごひげ)を手で撫でる武芝。


「やはり、一悶着ありそうか……良将(よしもち)様の頃より、持ちつ持たれつの関係。何かあれば手を貸す、逆に此方(こちら)が手を貸して欲しい時は将門よ……頼むぞ」


 深々と礼をし、頭を下げる将門。


「有難う御座います、そういえば門番の二人……職務に忠実で良く鍛えておりますな、何か褒美でも与えてはどうでしょう?」


 武芝は顎鬚(あごひげ)を撫でる手が、(にわ)かに止まり、深く考え込む。


将門(まさかど)よ、あの兄弟二人を気に入ったな?」


「おお、あの二人は兄弟でしたか! 御見通しですな、その通り! 気に入りました! 出来れば下総国(しもうさのくに)に連れて行きたいですな」


 将門は興奮気味に這い迫りながら、文机(ふづくえ)に座る武芝(たけしば)へと顔を近づける。近づかれ、少し困った顔をする武芝。


「今すぐにとはいかんぞ? 何せ、戸籍(こせき)を移したりの手続きが時間かかるしの……それと二人には説明してお――」


「有難う御座います! 武蔵武芝(むさしのたけしば)殿! この礼はいつの日か、必ずやしますので!」


 将門は武芝の両手を包むようにがっしりと握り、ぶんぶんと縦に降りながら礼の言葉をかける。


「あーよいよい! 出来るだけ早くする! 腕が千切れるから止めよ!」


 将門はその言葉を聞き、満面の笑みと共にぱっと手を離す。


「早速この事を門番の二人に報告してきます! では、郡司(ぐんじ)殿、また会う時まで息災で!」


 駆け抜ける突風のように紙を舞わせ、ドタドタと外に向けて走っていく将門。――その場に男を放ったらかしにして。

 その姿と舞う書類の惨状を見ながら武芝は手で顔を覆う。




「門番兄弟よ! 喜べ! 平将門(たいらのまさかど)が責任を持って、召し抱える事になったぞ!」


 開口(かいこう)一番、先程まで、この門で不正に怒り激怒していた将門が、にこやかな笑顔で門番二人に向かって驚くような話を持ってきた為に門番は唖然(あぜん)としてしまう。


「それは誠ですか?」


 将門は二人を見ながら、腕を組み、しっかりと首を縦に降る。


「ふむ、生活などは保障する、新しく切り拓いてからになるやもしれんが……田畑もやろう」


 その言葉に二人は喜び、握り拳を固くしながら、両膝をつき平伏(ひれふ)し喜びに震える声を出す。


「「我ら兄弟! これより、将門様に付き従い申す! 懸命(けんめい)に働く所存でございます!」


 将門は屈み、平伏(ひれふ)す二人の顔を上げさせ、二人共々の肩を強く抱く。


「よう言うてくれた! 今、この瞬間より二人は我が両腕よ!」


 二人の顔をしっかりと見ながら将門は続ける。


「二人とも準備に手続きがあろう、終わり次第、下総国豊田郡しもうさのくにとよたぐんに来られよ……それまで(しば)しの別れだが、約束は(たが)えずに(しか)と果たそう」


 門番の二人は立ち上がり、礼をし、準備の為にその場を後にする。

 将門まさかども二人の後姿を見送り、馬へと(またが)り東へと向かう。




 武蔵国足立郡むさしのくにあだちぐんを後にした将門(まさかど)は故郷である下総国(しもうさのくに)へと入り、豊田郡(とよたぐん)へと馬を進ませる。


「懐かしき故郷の地……親父殿、将門(まさかど)は戻ってきましたぞ」


 将門(まさかど)は馬上で(つぶ)きながら、感慨(かんがい)(ふけ)る……その時、行く手から数人の人影が見え始める。


「む、あれは追われているのか? 追っているのは大方……盗賊か何かだろう、助けねば! 行くぞ、力丸(りきまる)!」


 将門(まさかど)力丸りきまると呼んだ馬。――飯母呂(いぼろ)の者達から貰った馬。

 その腹を蹴り、ぐんぐんと加速し、追われていた者の目前まで近づく。

 追われていたのは衣服が乱れた女であった。


「そこな追われる者よ、伏せよ!」


 大声で叫ぶと女は将門(まさかど)の声に気がついたのか、言葉通りに地面にうずくまるように伏せる。


「跳べ、力丸!」


 (いなな)きと共に大きく跳び上がる――

 うずくまる女を跳び越え、追っていた盗賊の内二人。女にしか目が行っておらず下を向いていた、その頭頂部を目掛けて、力丸は(ひづめ)を下ろす。


「なに――きゅぴ」

「地面――くにゃ」


 将門と力丸の体重が乗った前脚により、盗賊の頭部は地面と(ひづめ)に挟まれ――赤く、てらてらと光る脳漿(のうしょう)を飛び散らせながら潰れる。


「よくやった、力丸! あとは任せよ!」


 刀を抜き放ち、力丸より飛び降りざまに盗賊の首を()ね落とす。


「なんだてめえ! 俺らの楽しみを邪魔するのか!」


 残った盗賊四人の中、頭目(とうもく)らしき男から大声が飛ぶ。


「虫相手に語る口は持たず……ただ潰すのみ」


 将門(まさかど)は刀を右脇下に構えながら、盗賊達を挑発する。


「こ……の野郎! 一気に掛かれ!」


 挑発に乗せられ、叫び声を上げながら四人バラバラに走りより、正面より将門へと襲いかかる。

 最初に迫ってきた盗賊の一人、刀を両手で振り上げた瞬間を狙い。――横薙ぎに抜き滑らす形で胴を斬る……でろりと臓腑ぞうふが流れでる。


「一つ」


 次に左右から迫ってきた盗賊二人。

 将門は右手に持った刀で右側から迫った盗賊の首を突き刺し、同時に左側から迫ってきた盗賊の刀を持つ手首を左手で掴む。――将門の左の手から、ゴキリと音が鳴り折れる。

 折れた盗賊の腕から、刀を奪いざまに(ひたい)に振り下ろし割る。


「三つ」


 頭目らしき男は奇声を上げながら、出鱈目(でたらめ)に刀を振り回し将門へと迫る。

 将門は冷静に避け、刀を弾き飛ばし、頭目を股下から上に。――逆風(さかかぜ)に首元まで斬り上げる。

 男は徐々にメリメリと音を立てながら、股下から割れて行き、首だけが半分に割れずに残った。


「四つ……さて、襲われていた女は大丈夫であろうか?」


 将門は、虫を潰したところで何も面白くないといった顔をしながら、伏せたままの女の元へと歩み寄る。

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