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異聞平安怪奇譚  作者: 豚ドン
将門の過去 日輪の如くアヅマに輝く
22/79

たださずにはいられない

 

 下総国(しもうさのくに)を目指す将門(まさかど)……相模国(さがみのくに)より北上し、武蔵国(むさしのくに)足立郡(あたちぐん)の辺りまで来ていた。


「ふむ、海の近くは沼地であったが此方の方は……川も近くにあって、良い土地ではないか。それに民の顔が明るいのは良い事だな」


 ゆるりと馬上より、蒼穹(そうきゅう)がどこまでも続く様を見ながら、時折吹く風に乗ってやってくる、土の香りを楽しむ将門。


「さて……一度、郡役所の方に顔を出しておくか」


 陽の光にキラキラと(かがや)く広大な水田、明るく笑いながら働く人々、元気に楽しそうに走り回る(わらべ)を見やりながら将門は()つ。


 ふと、気がついた時には(わらべ)の一人が将門(まさかど)の近くまで、走って寄って来ていた。


「新しく(みやこ)から来た御役人様(おやくにんさま)?」


 舌足らずだが、愛らしい声で喋りかけてくる童。

 将門(まさかど)は、仕立ての良い衣服を着ていた為に、要らぬ誤解を与えたと感じ。――下馬し、童の頭を撫でながら返答する。


「こんな格好をしていれば、間違えるのも仕方ないか……だが、役人ではないぞ、これから下総国(しもうさのくに)まで戻るものだ……役職も無い、官位も無い、ただの男よ」


 将門は笑いながら、わしゃわしゃと童の髪を少し乱暴に()でる。


「そうだ、童よ。ここの郡司殿(ぐんじどの)()わす、郡役所(ぐんやくしょ)はどちらにある? お隣さんみたいなものだからな、挨拶しておかねば」


 将門の言葉に引っかかったのか、頭を(かし)げる童。


「お隣さん? 郡役所(ぐんやくしょ)は向こうの方だよ、途中に大きな門とかあるから直ぐに分かるよ」


 童は郡役所(ぐんやくしょ)のある方向を指差しながら、将門(まさかど)に屈託のない笑顔を見せる。


「ふむ、向こうだな、ありがとう。そうだ、礼と言っちゃなんだが……」


 そう言いながら、将門(まさかど)は馬の背に括り付けられた袋を開けて、ガサゴソと何かを探し回る。


「お、あったあった……これよ」


 取り出したるは、竹で作られた薄く平べったい翼――その中心に一つ穴が空いている。そして細長い棒状になった竹籤(たけひご)


「見てろよ、この穴に竹籤(たけひご)の心棒を入れて。心棒を回すと――」


 くるくると竹籤(たけひご)を両の手の平で挟む様に回し、勢いをつける――すると、高く飛んでいく。


「わ! 飛んだとんだ、すごい! おじちゃんが作ったの?」


 おじちゃんと呼ばれたのに少し落胆したのか元気なく、答える。


「いや、(みやこ)(あきな)い人が持ってきおった物よ。何処(いずこ)かの職人が作ったのであろうな……ほら、(いく)つか渡す故、友達と遊んできなさい」


 いわゆる、竹蜻蛉(たけとんぼ)……を、将門は幾つか纏めて童に手渡す。


「おじちゃん、ありがとう!」


 お礼を言い、手を振りながら友達の元に駆けていく童、それを見ながら優しい笑みを浮かべる。


「子は良いな、やはり……宝だ」


 ()ちながら馬に(またが)り、童や働く人々から手を振られ、将門(まさかど)は笑顔や手を振り返しながら、教えられた郡役所(ぐんやくしょ)を目指していく。


 将門を見送るように竹蜻蛉(たけとんぼ)が群れを成すように蒼穹(そうきゅう)に羽ばたく

 そんな微笑(ほほえ)ましい光景をジッと見つめる影一つ……




 幾分(いくぶん)か走った後に、童の言っていた、大きな門が見えてくる。


「おお、ここか! 見事なまでの門と柵ではないか、これなら万が一に、盗賊が来ても民を守れそうだな」


 将門は軽く(いなな)きを上げた馬の手綱(たづな)を強めに引き、なだめながら下馬する。

 すると、(いなな)きを聞いた為か門番の男が二人出てくる。


「ここは郡役所(ぐんやくしょ)だ、何用だ!」


 将門(まさかど)を警戒するように、(にわ)かに刀がある腰に手をやる。


「おっと、これは申し訳ない。平将門(たいらのまさかど)である。親父殿、平良将(たいらのよしもち)が没してな……一悶着(ひともんちゃく)あるやもしれんという事で、お隣さんである、郡司殿(ぐんじどの)へ挨拶に(うかが)った次第だ。お取り次ぎ願いたい。」


 それを聞いて、腰にやっていた手を戻す門番二人。


「これは……大変な失礼を致した。最近、将門(まさかど)殿が言うように……お隣さんである下総国(しもうさのくに)が、きな臭くなったため郡司(ぐんじ)様が警戒せよ。――と御達(おたっ)しを出されましてな」


 深々と礼をし、謝罪の言葉を述べる門番二人。

 将門は二人の肩をぽんと叩きながら、顔を上げるのを(うなが)す。


「職務に忠実なのは良い事だ、(とが)めはせんよ……逆に良くやったと褒ようぞ、しかと郡司(ぐんじ)殿に報告しておこう」


 将門(まさかど)は笑い、門番達も貰い笑いをする……が、一つの足音共に門番達の笑いは消え、苦い顔となる。


「おや、こんな田舎で会うとは奇遇な……滝口(たきぐち)(つと)めていた平小次郎将門たいらのこじろうまさかどではないか」


 足音の正体は奥より出てきた、神経質そうな顔をした男であった。


「門番よ、此奴(こやつ)のような荒くれ者を通してはならんぞ。此奴(こやつ)には京で(ひど)い目に遭わされたのだからな」


 将門はじっと口を開かずに、神経質そうな顔の男を見る。


「うむ……顔に覚えが無いぞ? すまぬ、何処の誰であったか?」


 将門は京で遂行した、職務を幾つか思い出したが……男の顔に見覚えなく。心から出た言葉であった。

 

「ぐっ……失礼な。将門(まさかど)よ、通して欲しくば――分かっておろう? 誠意(せいい)次第だぞ?」


 神経質そうな顔の男は怒り顔のままで、(そで)を振り、指差しながら言葉を続ける。

 それを見た将門(まさかど)は、ふつふつと怒りが湧き上がったのか、阿修羅(あしゅら)のような顔となる。


公明正大(こうめいせいだい)で在らねばならない役人が! (そで)の下を要求するか!!」


 怒号――地の果てまでも響く様な声と共に将門(まさかど)は男に向かい、一歩踏み出す。

 ――その一歩は将門が地響(じひびき)を起こしたと錯覚する程に、力強く、怒りが篭った一歩。


「そ……(そで)の下など、誰もが……やっている……だろう」


 恐ろしさの所為(せい)か、男は戦慄(わなな)きながらやっとの事で言葉を絞り出す。

 将門は男に向かい、一歩、また一歩と近づき……七歩目、男の前へと立つ。


「ひゅ、ひゅい……一体どうするつも」


 将門が手を男の顔に持っていった直後に破裂音――神経質そうな男は言葉を、最後まで(つむ)ぐ事なく、頭が前後に揺れ、ガックリと膝をつく。


「馬鹿者が……しかし、一体誰であろうな此奴(こやつ)、記憶に無いぞ」


 ぽりぽりと頭を()きながら独り()つ。

 将門(まさかど)は、はたと気がつき、くるりと門番らの方に向きながら。


此奴(こやつ)郡司(ぐんじ)殿の元に連れて行く故な、これからも不正などをせず、屈せず職務に(はげ)めよ」


 気絶した男の襟首(えりくび)を掴んで、引きずりながら、ずんずんと郡役所を奥へと進んで行く将門。

 その光景を唖然としながら見送る門番と、遠巻きに眺めていた影一つ。



「へえー平将門(たいらのまさかど)……面白い男じゃないの」


 影の声は小さく誰にも聞こえない……

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