ハッピーエンド、でいいのよね
第三王子クレイグ。彼は十数年前、おそらく十歳にも満たない頃、同盟国の王女に婿入りをするため、留学という名目で国を出たのだ。
しかし、何があったかは詳しく知らないけれど、王女は他の相手と結婚をすることに決まり、クレイグは祖国に戻ることになったのだとか。
そのため、私はクレイグという名前こそ知っていたけれど、顔は見たことがなかった。マルセルもそうだったのだろう。
「だ……第三王子……クレイグ様」
マルセルはそう呟くと、絶望顔でガクリと膝をついた。
「も、申し訳ありません……っ!」
クレイグは額を床に擦り付けんばかりのマルセルに、ただ微笑んでみせた。そして近寄ってきた侍従らしき人に何事かを囁く。
途端にヒイッと震え上がるマルセル。
「ああ、勘違いしないでくれるかい。今のは君のことではなく、会場内のことについて指示をしただけだ。さすがにこんな状態でパーティーを続けるわけにはいかないからね。けれど、君が彼女にこれ以上何かしようというなら話は別だが」
微笑んでいたクレイグが真顔に戻ると、それだけで室内に吹雪が吹き込んだと錯覚するほど冷え冷えした空気に変わる。マルセルは真っ青になってガクガクと震えるように頷いた。
「は、はいぃ……俺、いえっ、今回の件は私が全て悪いですっ! 責任も負いますからっ!」
「そう、ならよかったよ」
クレイグのおかげでマルセルとの件も全て収まりそうだ。
気がつけば、さっきまではいなかったはずの医者や使用人たちがたくさんおり、周囲の貴族たちに怪我がないか声掛けをしていた。
「見た感じでは怪我をしている方はいないようだけれど、こんな大事件があっては気分が悪くなった方もいるのではないだろうか。救護班も到着しているから、遠慮なく近くにいる使用人に声をかけてくれ」
クレイグが言う通り、シャンデリアが落ちてくるなんて大事件だ。真下にいた私はクレイグに救われたけれど、破片が飛んだり、音や衝撃で気分が悪くなった人がいてもおかしくない。
しかし、いつのまに。
そう思った私の気持ちを読んだかのように、クレイグは私に教えてくれた。
「君を助けられるように、10分の間に医者を手配し、刃物を回収させておいたんだ」
見れば階段にも使用人たちがいて、会場から出ていく貴族に手を貸したり、声掛けをしたりしている。
「あ、そういえば階段の手すりが濡れて……!」
「そちらももう拭かせているから安心して。あとは君含め周囲の人をシャンデリアの下から避難させようと思っていたのだけどね」
クレイグは私の耳にそっと囁いた。
「……彼らをシャンデリアの下に誘導し始めた時には驚いたよ」
私はサーッと血の気が引く。
クレイグは、私がマルセルたちに何をしようとしたか知っているのだ。
「あ……あれは……いえ、私はやろうとしました。誰にも知られないと思って」
私は正直に認めた。
けれど、クレイグは後ろから抱きしめたままの私を放そうとはしない。最初から胸がときめくバックハグじゃなくて犯罪者を拘束する意図だったのだろうか。
「僕は、これまで君が何を言い、何をしてきたのか、ちゃんと見ているよ。……そして、そんな君を素敵だと思ったんだ」
「……え?」
てっきり殺人未遂と罵られでもすると思っていたから、思いがけないクレイグの言葉に目をぱちぱちさせた。
「最初、君はあんな晒され方をした婚約破棄にもかかわらず、凛とした態度を崩さなかった。どれだけ腹立たしかったか、想像できる。それでも君は耐えたんだ。そして2回目は怯まず言い返していたね。小気味よく言い負かしていて頭の回転が速いのだと思ったよ。そして3回目。あれには驚いた」
そう言われて私はカーッと赤くなる。
「や、やめてください……」
「ふふ、こんなにも可憐な君が拳を握り素晴らしく腰の入ったパンチをしたものだから、見ていて楽しくなってしまった。足技も見惚れるほどだった。あの時の君はこれまでにない強さと気高さを感じて、思い出すだけでドキドキしてしまうな」
「もうっ! マルセルみたいなこと言わないでくださいっ!」
そう声を張り上げてから、余計に恥ずかしくなって口を噤んだ。
「そういうところも格好いいよ。僕は君が、ただの可哀想な令嬢じゃないのだと感心したんだ」
「うう……」
「そして、巧みな話術で周囲の同情を煽りつつ、彼らをシャンデリアの下に誘導してみせた。君は自分で思っているよりずっと有能だ」
私は首を横に振る。
「いえ、私のしたことが罪であることには変わりません。死ぬ苦しみを身をもって知っていたのに、彼らが死ぬことを望んでしまった。こうなったら、罪を償うために修道院にでも行きます。ちょうど婚約破棄されたところですし」
「うーん、それは困るな」
「え?」
「だって、マルセル・フォーテスキューとは婚約破棄するのだろう。相手がいなくなったアマリリスには僕が結婚を申し込もうと思っていたんだからね」
ニッコリ微笑むクレイグ。気のせいか、私を抱きしめる腕の力が強まった、ような。
「でも、私は──」
「君は彼らを殺さなかった。あの絶好のチャンスに、君は良心の呵責に耐えかねて、彼らを救い出してしまった。とても勇気があり、善良な行動だと思ったよ」
クレイグは囁くと、ほら、と周囲を示した。
会場にはまだ貴族たちが残っている。彼らは私を見て瞳をキラキラさせていた。
「ねえ、見た? あのアマリリスって令嬢は落下するシャンデリアからあの令息たちを颯爽と救ったのよ!」
「見た見た! しかもひどいことをした婚約者とその愛人でしょう。普通、気付いても見捨てるわよ。なのに偉いわ。なかなか真似できることじなないわよ!」
私のことを話してる……?
それも、都合よくヒーロー扱いされているような。
「ほら、ね。君は賢く、勇気があり、思い切りもよく、けれどどれだけ追い詰められても決して善良性を失わなかった。そういう君に僕は惹かれたんだ」
私を背後からずっと抱きしめていたクレイグは、ようやく腕の力を緩め、私を解放した。
かと思ったら、跪いて私の手を取って言う。
「アマリリス・オルブライト伯爵令嬢。勇気ある貴方を、心の底から愛してしまいました。どうか僕と結婚を考えていただけませんか?」
驚いた。けれど私の心は決まっている。
私はクレイグの声と手の温もりに何度も救われた。最後に手を伸ばせたのは、クレイグのおかげだ。
「……はい、喜んで!」
途端、会場に居残っていた貴族たちが一斉に歓声を上げたのだった。




