11:傷薬の生まれる話かな? アニー ①
アニー編ですが、ごめんなさい。短くまとめる能力が私にはありませんでした。
長いと思ったら今回は才世に部分だけ読んだら後は読まなくてもいいかもしれません。
アニーの行動理念の成り立ちですのでエリシアへの仕打ちは来週以降の投稿になります。
長すぎて本当にごめんなさい。。それでも最後まで書き切ろうと思っています。投げ出すことだけはしませんので。
「ポーション、お前に客だ。いいか、余計なことは何も言うなよ」
あたしの今の名前はポーション。昔はアニーとか呼ばれていたけれど、今はその名前を呼んでくれるのは家庭教師先の生徒だけになっちゃった。昔は冒険者として活躍していたけれど、それも……もう忘れてしまった。
結婚したけれど、夫は愛人を家に堂々と上げてあたしには見向きもしない。使用人にはバカにされるた上にぞんざいに扱われている。それどころか今では便利な回復薬として扱われてポーションなんて呼ばれるようになっちゃった。
アハハ……こんな未来が欲しかったんじゃない。あたしは幸せになりたかっただけ……もっともやり方が間違っていたと言われたらそうなのかもしれない。
あたしを呼びに来た使用人がイライラしながら部屋の外で待っている。あたしの部屋……と言っても必要最低限のものしか置くことを許されていない狭い小屋。そんなあたしの居場所は屋敷の離れにあるからここに来るまでに少しだけ歩かないといけない。そのせいでこの使用人もイライラしているのだと思う。
「……分かりました。すぐ行きます」
昔みたいな話し方をすればすぐに食事を抜かれてしまう。もし仮に夫に訴えることが出来たとして、使用人達が口を揃えてあたしが溢したというだけ。そのせいで余計に罰を受けて辛い目に会うだけ……少なくとも最初に夫に訴えたときはそうだった。
それにしてもお客様って誰だろう? もうあたしに会いに来る人なんて誰もいなかった。お飾りの妻ですらないあたしに会いに来るメリットなんて存在しないのだから当然だろうけれど。昔の仲間達も訪ねてくることがなかった。もしかしたら来ていたのかもしれないけれど、あたしにはそのことすら知らされることはなかった。
結婚して最初の一年目は幸せだった。愛されてると思っていたし、夫の事を愛そうと思っていた。ラルフから紹介された人だったから正直あまり期待していなかったけれど、会ってみれば良い人だと思ってしまった。冷静な頭だったらろくでもない人だってそれなりに気付けたかもしれないのに、あのころは結婚したいという欲求に焦っていたから気づけなかった。
二年目になっても子供が出来ないと分かると夫の態度は一変した。あたしを見る目が妻から使えない道具を見る目に変わっていた。こんな目をする人間なんて腐るほど見てきたのに……エリシアを見てきたからかな……愛されることを強く望むようになったあたしはわざと見過ごしていたのかもしれない。たぶん夫の人間性を見ないようにしていたんだろうね。
夫の目的は最初からあたしの癒し手としての才能だけ……子供が産めないあたしは役に立たない不良品でしかなかったよ。夫は神殿関係者を親戚に持つ商人で神殿の利権に食い込んで商売をしたかったから……そのための足掛かりに癒し手としての才能を持った子供が欲しかっただけ。養子でそんな都合のいい存在なんてめったにいないからね。だから冒険者としてそれなりに評価をされていたあたしに目をつけたんだろうね。
バッカみたい、自分でも笑っちゃうよ。
おかげで何の役にも立たないと判明したあたしは常備用ポーションの代わりとして家の隅に追いやられてしまった。本来は離婚して追い出すことが一番手っ取り早いとおもうんだけれど夫には嬉しい誤算、あたしには最悪の展開があった。あたしの才能がバレていた。あの人はわざわざ神殿から才能を見ることが出来る人を呼び寄せてあたしの才能の鑑定をさせていたみたい。おかげで誰にも話してこなかった才能が全てバレていた。
詐術、話術、心理術といった人を欺き操るための才能。それらは癒し手の才能と言える治癒術や神聖術よりも高かった。結婚した当初に調べられたようで子供が産めないと判断されたあたしは詐術等の才能の方に目を付けられた。まぁ、それでも子供が生まれていてもいつかは利用されていたとおもうんだよねー……はぁ。
そこからは正直思い出したくない。無理矢理あたしの才能の使い方を喋らせた後、夫はチョーカーを付けてきてこう言ったんだ。
「私の命じた家に家庭教師に行け。そこで指示通りにその家を誘導しろ。そのための道具は用意してやる。間違っても裏切ろうと思うなよ? そのチョーカーは自決用のマジックアイテムを改造したものだ。ちなみに私がいつでも発動できる……意味は分かるな?」
……こうしてあたしは体のいい洗脳用の道具にされました。それはいまでも変わっていなくて……前は平気だったのに、純粋に素直にあたしを慕ってくれる生徒を見ると胸が痛む。きっとそれは自分の意志でやっていることじゃないからなのか、それともあたしが変わったのか……それはどちらか分からないけれど。ただ一つ言えることはあたしは間違えたということだけ。
使用人に連れられてたどり着いた部屋には思ってもいない人がいた。一目で貴族の女性と分かる仕立てのいい服に手のかけられた美しさも持つ女性だった。大分大人になっているからすぐには気が付かなかったけれど、私は彼女を知っていた。
客人が……まさかエリシアだったなんて……もしかしたら。
「久しぶりですね、アニー。お元気でしたか?」
丁寧な話し方に気品のある所作、エリシアはあたしの知っているエリシアではなかった。会わない間に大分変ったんだね。自分のせいだと理解しているけれど少しだけ、ほんの少しだけ寂しかった。
バカみたい……あたしにそんなこと思う権利なんかないし、その覚悟はしているつもりだった。だからこれは気のせい。
「は、はい……なんとか元気……です」
あたしを監視する使用人が怖くてなんとか丁寧に話そうと頑張ってみるけれど、それはぎこちなく不格好だった。そんなあたしを見てかエリシアは使用人に二人切りで話したいと言い出した。
「しかし、奥様に使用人が誰も付かないというのも……」
あたしが余計なことを言わないように監視しているのだから側に居られないのはマズいよね。
「私が信用ならないとでも? それがここの主の認識だと判断してもよろしいでしょうか?」
それでも有無を言わせないまさに貴族の態度に押されたのか、監視していた使用人は分かりましたとだけ言って部屋を後にした。それを見届けたエリシアは何かのマジックアイテムを取り出した。何だろう?
「……それは?」
「盗聴防止のマジックアイテムです。この部屋で話したことは外部には漏れません」
そんなの持っているなんてさすが貴族だね、でも盗聴防止? 何で? やっぱりあのことだからかな?
「本日お伺いしたのはほかでもありません。本来はすぐさま本題に入るなど不作法ですが、今日はその方がいいでしょう……アニー、ラルフが死にました。そしてその際にラルフが行ってきた様々な行為が発覚しました。そして調査の結果あなたとラルフの間に何らかの協力関係があると分かりました……主に私に関することのようだったのですが……でもどこを調べても何も分からないのです。ですから今日はそれを聞きに来ました」
……いつか……いつか全てを話す日が来るかもしれないと思ったことがないわけじゃなかった。でもそれを自分から話すのは怖くないと言えば嘘になる。それくらいのことをしたと今なら自覚しているし、理解だってしている。
でも……後悔しているかと言われればそれだけはしてないと言い切れる。今の状況はあたしが自分で招いた状況であって、エリシアにしたことを考えれば天罰だと言われてもしょうがないと思うから。それだけの覚悟と自覚を持ってあたしはあんなことをした。
だからここで後悔をしてしまえばエリシアにあんなことまでして手に入れたモノを否定することになるから。それだけは出来ないから……だってあたしがエリシアならここで後悔しているなんて言われたら絶対怒る。それなら最初からやるなって。
大事なモノを踏みにじって手に入れたモノなら悔やむことだけは許されないと思うから。
ただ少しだけ今の状況に疲れちゃったのはホント……だからあたしがダメになる前に来てくれたエリシアには全部話しておくべきだし、エリシアには聞く権利があると思う……今から話すのは後悔でも懺悔でもないあたしの物語。
「……分かった、全部話すねー」
少しだけ無理して昔のような話し方をしてみようかな。もう何年もやっていないから忘れてしまったけれど。だからまずは少しだけ思い出してみようと思う。あたしの始まりを……どうして洗脳じみた力を持つことが出来るようになったのか……あたしが何を求めていたのかを。
あたしはケートの貧しい平民の家に生まれた。父親は酒に溺れ、母はそんな父に殴られることに怯えながら違う男と逢瀬を繰り返しているそんな家だった。一応妹がいるけれどそれも父の子供ではないと思う。父はそんな母に暴力を振るうけれど、子供のことを問いただすようなことはしなかった。きっとそのことがハッキリとしてしまうことを恐れていたのかもしれない。母も何故か父とは別れたいとは言わなかったけれど。
父は昔は優しくてあたしや母に甘い人だった。五歳の誕生日に安いけれど可愛らしい小さな淡い紫色の花の髪飾りを買ってくれたことだってあった。あの時は良く似合っているととても褒めてくれたっけ。
そんな父が酒に溺れるようになったのはあたしが八歳になったばかりのころだった。仕事中の事故が原因で負った怪我のせいで働くことが難しくなったからだった。足を引きずりながらでないと歩くことが出来ない父はどこでもお荷物扱いをされるようになり、父はそんな状況に疲れたせいか次第に酒に逃げるようになっていった。
「おい、アニー。酒代がねぇんだ。金持ってい来い」
「……お金なんてあたし持っていない……よ?」
酒に逃げるようになった父はたびたびあたしを打った。そんな父が怖くて怯えるような態度をとってしまうことも父が不機嫌になる理由だった。
「うるせぇよ! いいからさっさと何でもいいから持ってこい!……そうだ! お前の髪飾り売ってこいよ。安物だけど酒代くらいにはなるだろうからなぁ」
「や、やだよ! あれはおと」
逆らおうとしたあたしを父が躊躇いもなくあたしの頬を打った。
「黙れ! 子供は言うこと聞いていればいいんだよ!!」
倒れこんだあたしを見下ろしながら父は怒りを露にする。打たれるのは嫌だった……大好きだった父に打たれるのは髪飾りを売ることと同じくらい嫌だった。でも倒れたあたしを無視して父は誕生日の髪飾りを持って出ていってしまった。あたしの宝物は売られてしまい父の酒代に変わってすぐになくなってしまった。
そんな家庭環境でまともな子育てが行われるはずもなく、まともに働かない父のせいでいつもお腹が空いていた。母や妹は媚びる相手がいたから飢えてはいなかったようだけれど、あたしにはそんなことは出来なかった。だからあたしはすぐにでもあの家を出たかった。いつまでもあんな家族に愛情を持つことが出来るほどあたしは聖人でもない。幸いなことに神殿の奉仕活動に参加すれば配給がもらえたのでそれで何とか食い繋ぐことが出来ていた。
昔の暖かい家なんて無くなり、家族なんてあたしにも手を上げるか酒を飲んでいる父や、何もせずに逃げることだけは上手な母、母の浮気相手譲りの可愛らしい顔で幼い頃から媚を売る妹でしかなくなっていった。だからあたしにはもう大事だと思えるような家族なんていなかった。
そんなあたしに最初の転機が訪れたのは十歳のころだった。神殿の奉仕活動中に他の子供たちに嫌がらせをされた際に階段から転げ落ちてしまったのだ。不幸なことに誰もそのことを見ておらずあたしの不注意とされてしまった。治療するためのお金なんかなかったあたしがベッドの上で痛みにあえいでいるとお爺さんの神官様があたしの方にやって来たのだ。
「可哀そうに……もう少しだけ我慢してくれるかい」
白い髪に髭を生やした優しそうなお爺さんがそう言うとあたしは暖かい何かに包まれていった。するとだんだんと痛みが無くなっていく。
「……これは? なんですか?」
「癒しの術だよ。あ、そうそうこのことは内緒だからね」
あたしを治してくれた神官様はそう言って口元に指を持っていってまるでいたずらをした子供のように笑った。これがあたしとアルファルド様の出会いだった。




