11:彼女の壊れたモノ
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やっとここまで来ました。
シェリアさんがオーベルの狩りに付いて行ってみたいと言った日からしばらく経ち、その日がやって来たわけなんだけれど。
「シェリアさん、そこは滑りやすいから気を付けてくれ……です」
「オーベル、いつも言ってるじゃあないか、あたしには砕けた口調でいいって」
「い、いや。なんて言うか、緊張しちまって……気を付けてくれ、シェリア……これでいいか?」
「ああ、それでいいんだよ」
……胸焼けがしそうだ。
なんて言うかもう勝手にやってればいいのに……何で僕達まで付いてきているんだろう? オーベルとシェリアさんが付いてきてほしいって言うから引き受けたけれど、僕達いるのかな?
僕とレイラさんは少し急になっている斜面を注意しながら登っていく。
夏に入っているから山にはいろいろな虫や生き物がいるから気を付けないといけない。その代わりではないけれど、夏に実がなる植物などには美味しい物もあるからそれを採っていくのも悪くない。例えば右手の斜面に生えているククチの実なんかは夏にしか実をつけないけれど、甘い果汁が詰まっていて夏の楽しみだったりする。
おっ! 夏苺を見つけた。これは酸っぱいけれど疲労回復に効くし、弾力があって噛んでいると甘みが増してくるんだよね。
「ジェイクさん、その実は食べられるのですか?」
レイラさんが不思議そうに僕の手元を覗き込んできた。冒険者をしていれば見たことあるんじゃないかな?
「見たこと無いですか? これは夏苺って言うんです。酸っぱいですけれど疲労回復効果がありますし、噛んでいれば甘みが増してくるんです」
「何の実か分からなかったのでいつも素通りしていたんです。冒険者をやっていてもこういう知識はあまりなくて。こういうのはシェリアやエリシアが得意なんですよ」
「シェリアさんは詳しそうですね。エリシアは僕がいろいろ教えたから詳しいんだと思いますよ。というよりエリシアは教えないと食べちゃいけない物まで食べそうだったので……」
今でも思い出すと頭が痛くなる。この夏苺に似たような実があるんだけれど、それは食べると軽い脱水症状を起こした上、お腹を壊すんだよね。しかも症状が出るまでに時間差があるから大量に食べたら命に係わる危険な植物なんだけれど。ちなみに似たような実は夏枯れの実っていう名前なんだよね。
エリシアが五歳の頃に夏苺を大量に見つけたと言って夏枯れの実をスカートいっぱいに集めてきたことがあったっけ。あの時は物凄く焦ったなぁ。
「一つどうですか?」
僕が夏苺を手渡してみると、レイラさんは迷うことなく口に放り込んだ。最初は酸っぱかったみたいだけれど噛んでいくうちに甘みが出てきたようで嬉しそうにしている。そんなに嬉しそうにしてもらえると教えた方も嬉しくなってくる。
「思ったより甘いんですね。これは癖になりそうですね」
「それは良かったです。ただ、こいつは足が早いからそんなに長持ちしないんですよね。だから採ったその場で食べることをお勧めします」
痛むのが早いから気を抜くとあっという間にダメになって悲しい思いをするんだよね。夏枯れの実は長持ちするからそこの差でも見分けがつくんだけれどね。
先に進んでいるオーベルとシェリアさんに追いつくために少し急がないと。僕もこの山には薬草を採りに来ているから詳しいけれど、今日はレイラさん達がいる。気を遣ってあげないとね。
「気を付けてください、そこは滑りやすいので」
「はい、分かりま、あっ!」
僕がそう言った瞬間だった。僕の隣を歩いていたレイラさんの踏み出した足がつるっと滑った。僕は急いで倒れないように体を支える。そして無理な姿勢にならないように慎重に気を付けながら態勢を立て直してもらう。ちゃんと支える場所は気を遣って肩にしたから大丈夫だと思う。緊急時とは言え妻以外の女性に触れるのは控えたい。
「大丈夫ですか? どこか痛いところとかありませんか?」
僕が尋ねるとレイラさんは恥ずかしかったのか顔を赤くしながらどこも痛くはないと答えてくれた。良かった、態勢次第では体の筋を痛めてしまうことだってあるのだから。
「ありがとうございました……でもどうして滑ったのでしょうか? 気を付けていたのですが?」
「それは足取り苔のせいですね」
そう言って僕は石の上に生えている苔を指さした。草に隠れて見えにくいけれど、よく見ればそこには確かに苔が生えている。
「足取り苔……ですか? 初めて聞く名前ですが?」
「あまり知られていない名前かもしれません。薬師とかでもないと必要としないでしょうし。これは表面に少しだけ粘性の液体がにじみ出ていて滑りやすくなっているんです。森の中にはよく生えているのですが、石の上とかに生えていると思ったよりもよく滑るんです。でもこれは軟膏とかによく使われていて、こいつの粘液は薬効を長持ちさせてくれるんです」
「そんな物があるんですね……本当に詳しいんですね、ジェイクさんは」
うーん、正直に言えば僕程度の知識は薬師なら持っていて当たり前なのでそこまで凄くはないのだけれど、そう言ってもらえるのは素直に嬉しいね。
「僕くらいならいくらでもいますよ。でもありがとうございます」
「……エリシアが羨ましいです。ジェイクさんみたいな人が家族にいてくれて」
レイラさんは寂しそうな顔をして呟いた。少し気になったけれど、これは僕が立ち入っていいものなのだろうか? いや、僕から聞くのはやめておこう。僕はエリシアの夫なのだから責任が取れない事情に自分から踏み込むのは違う気がする。ただ、レイラさんが独り言を言うのを聞かなかったことには出来るかな?
僕が黙っているとレイラさんはぽつりぽつりと話し始めた。
「私は昔から優秀な魔術師を輩出する家に生まれたのです。何度も宮廷魔術師を輩出し、偉大な研究成果を残した祖先もいました。その中で私はなかなか……いえ、かなりの才能を持って生まれたのですが、それが仇になりました。兄よりも優秀だったのです。結果兄の後継としての未来の障害となった私は兄から疎まれ、兄を溺愛する母からも憎まれました」
僕は答えない。ただ、歩きやすいように枝を掃っておいたり足場の確認は欠かさないでおく。
「だから家を出たかった私は冒険者になろうと決めたんです。そのために私はアカデミーに入りました。アカデミー時代は楽しかったです。うっかり飛び級して卒業してしまうくらいには。おかげで国に目を付けられそうになったのと、実家に帰って都合のいい駒として使われるのも嫌だったのでこっそり逃げました。こっちに来たのも以前、親友の占いでケートから始めれば良いと出たので来たんです」
独り言だから答えられないけれど僕はレイラさんが今が幸せならいいなと思った。せっかく出会えたのだから知っている人が不幸になるよりは幸せな方が良いに決まっている。
「もちろん、今は幸せですが……エリシアとジェイクさんを見ていると、家族というものに憧れを持っていた自分がいたことを気付かされたと言うか……見て見ぬふりが出来なくなったんだと思います。だからエリシアの異変は突き止めたいですし、家族が壊れるようなことがあってはいけないと思っています。ちょっと長い独り言でしたね……すみませんでした」
「……気にしないでください。そういう時もありますよ。ほらオーベルとシェリアさんが戻ってきましたよ。どうやら獲物が獲れたみたいですよ」
僕がそう言って指を指した方にはオーベルが鹿を抱えて降りてきていた。シェリアさんが辺りを警戒しながら一緒に降りてきている。もう可能な限りの下処理を済ませているのを見る限り、割と早く仕留めたなあいつ。
「そうみたいですね。それにしても立派な鹿ですね」
確かに立派な鹿を捕まえたなぁ。あれなら肉も美味しいと思う。せっかくだから食べられそうな内臓や肉の一部をお昼にしてしまおうかな。寄生虫とかには気を付けて内臓を確認しないといけないけれどね。
オーベルが獲ってきた鹿はこの日のお昼に鹿肉のステーキと内臓のスープになって僕らを楽しませてくれた。余った肉は加工して今度来た時にでも持っていってもらおうかな。エリシアにもこの美味しい鹿を食べてもらいたいし。
シェリアさんとレイラさんは満足してケートへと帰っていったみたいだ。また来れたら来ると言っていたので何かおもてなしの準備をしておこうかな?……というよりオーベルにやらせよう。その方がきっとシェリアさんも喜ぶはずだ。
「おい、エリシア。お前冒険者になったんだってな?」
エリシアが家にいるある日の昼前、外で洗濯物を一緒に干していたらあの三バカがわざわざ家に来てまで絡みに来た。こいつらは特に仕事をすることもせずにぷらぷらしているから村の中でも持て余し気味だ。
こいつらの家は村では一番古参の部類に入るからあまり文句は言われない。だからこうやって遊んでいられるのだろう。もっとも発言権はもう大したことはないから何ができるわけでもないし、放っておいてもいい存在だけれど鬱陶しいことに変わりはない。
「……だから何? 関係ないと思うけれど」
「冒険者のくせに鎧も着ていないのかよ? そんな普通のワンピースなんか着て冒険者って言われてもなぁ。どうせ弱いんだろう? お前なんかがやれる仕事なんてたかが知れているだろう?」
リーダーのバカがそう言いながらニヤニヤとエリシアを見てくる。やっぱりこいつらはバカだ。家で鎧を着ている人はおかしい人だと言うのが分からないらしい。エリシアは家事をするためにいつもの格好でいるだけで装備は家に置いてある。それすら分からないのはある意味凄い。
「そもそもジェイクの嫁なんかになるのが間違っているんだよ。俺を選んでおけば冒険者なんかにならなくても済んだのになぁ? そんな甲斐性無しなんか捨てて俺の嫁になれよ。冒険者みたいなろくでもない仕事なんか辞めちまえよ。もうそんなくだらない仕事なんかしなくていいんだぜ?」
リーダーのバカが何か言っているけれど理解できないししたくない。取り巻きのバカ達もそうだそうだと囃し立てていてうるさい。こいつらの頭はおがくずでも詰まっているのかな?
「……言いたいことはそれだけ? 終わったのなら帰って」
エリシアは見向きもせずにそう言い放った。エリシアの声と思えないくらい冷たい声音だった。何度聞いてもいつものエリシアの声とは違ってちょっとだけ怖い。ある程度大きくなってからはエリシアは泣くよりも怒るようになった。結婚した後もたまに行商人に口説かれたりしていたけれど、しつこい場合は冷たく切り捨てていたんだよね。
「けっ、女房に庇われて何も言えない旦那なんざ情けなくて憐れだな! ジェイク!」
……黙って聞いていれば鬱陶しい虫どもだなぁ。
「さっきから黙って聞いていれば好き放題言っているけれど、君たちは働いてない穀潰しなんだからもう少し肩身が狭そうにしたらどうかな? 仕事はいくらでもあるんだからやることはあるはずだけれど?」
「んだとこらぁ!」
拳を振り上げそうになったリーダーのバカに目にもとまらぬ速さでエリシアが側にあった箒を顔に突き付けた。リーダーのバカは一歩も動くことが出来ずに目を白黒させている。
「ジェイクに手は出させないから。どうしても暴力に訴えるって言うんなら私が相手するけれど?」
「ありがとう、エリシア。それでさ、エリシアが冒険者をやることが君たちに迷惑をかけているわけじゃないんだからもうこれ以上何も言わないでくれないかな? 冒険者をバカにしてるけれど、今の君たちの方が何の役にも立たないんだから却って惨めだよ?」
振り上げた拳の下ろし先が無くなったからなのか急に勢いを失くした三バカは何かぼそぼそ言いながら帰っていった。エリシアは心底くだらないと言わんばかりに箒を勢いよく一回転させて側に立てかけた。まるで箒が剣に見えてしまって素直に凄いと思った。
「まったく、暇人なんだから!」
「気にしても仕方がないよ。昔からあいつらはああだし」
本当になんで帰ってきたんだろう。こっちにとってはいい迷惑だ。エリシアのことが好きなのは昔から気が付いていたけれど、だからって意地悪して好きになってもらえると思うところが実に愚かしい。好きなら大事にして優しくするくらいでも足りないのに。
「そうだね。さっさと残りの家事を終わらせてゆっくりしようか?」
「うん、そうしようよ。今日は早くベッドに入ってもいいしね」
僕がそう言うとエリシアは顔を赤くしながらそうだねと小さな声で呟いていた。
「それにしてもジェイクが怒るとやっぱり怖いね」
「あんなふざけた形でもエリシアを口説かれていい気はしないからね」
「うん……ありがとう」
僕はエリシアを抱きしめて囁く。少しだけ力を込めて思いを伝えるつもりで抱きしめる。
「だからあまりラルフさんと仲良くされると嫉妬しちゃうからほどほどにしておいてね」
「え?……あ、う、うん」
驚いたのかエリシアはちょっとビクッとしたけれど頷いてくれた。そんなに怖い声で言った覚えは無いのにそこまで怯えなくてもいいと思うんだけれど?
僕はエリシアの髪に顔をうずめるくらい強く抱きしめて全身でエリシアを感じる。僕の大事な人に幸せな日々が長く続けばいいと願って。
そんなある日、手紙を持たないシェリアさんが村にやってきた。
――“女神の剣”解散の報せと共に。
エリシアの印象がジェイク編で少しでも変わっていれば作者の思惑通りです(^^)/
え? 変わっていない? むしろ悪化した?……orz
これで終わったと思うなよ……第二第三の月魅が必ず黄泉還る……ガフッ!




