21:私にとってのカッコいい人
最悪……道が開通するのは早くて一週間かかるらしい。思ったより崩れていたせいで復旧に時間がかかる上に運悪く今の季節は夏に入ったところ。この地方の主力農産物であるモル芋の収穫時期が夏なので、つまり人手が足りないという理由もあって時間がかかるらしい。
「うぅ、もう最悪。ジェイクの誕生日に間に合うと思ったのに……」
一応ラピス侯爵お抱えの魔術師が伝書鳩みたいな魔術を使えるから手紙を出すことは出来たけれど、それでも間に合わなかったのは変わらない。最近、寂しい思いをさせてしまっているのだから誕生日くらいはって思っていたのに。
不幸中の幸いなのはラピス侯爵が復旧するまでの間滞在を許可してくれたことかな。ラルフがいるからきっと許可してくれたんだろうけれどね。
「はぁぁぁぁぁ~」
「いまにも死にそうな溜息吐いているねー」
ショックのあまりジメジメしている私をアニーが困ったように見ている。
「だって~」
「はいはい、泣かない泣かない。暇だからそんなこと考えちゃうんだよー。今は依頼を受けることも出来ないんだし。逆に今しか出来ないことしない?」
今しか出来ないこと? 何だろう?
「付いてくれば分かるけど、来る?」
落ち込んでいても何も好転しないし付いて行ってみようかな。それにしても何をするつもりなんだろう?
「はい、そこでワンツー、ワンツー」
ダンス講師のマレーネ婦人のリズムに合わせてアニーとオイゲンが踊っているけれどお世辞にも上手だなんて言えなかった。アニーは上手なんだけれどオイゲンがガチガチな上にリズム感が無いから噛み合わないせいなんだけれど。
オイゲンは戦う時はあんなに呼吸を読むのが上手いのにどうしてダンスのリズム感は壊滅しているんだろう? 不思議でならないよ。
床に座り込みながら私は二人が踊るところを見ていた。
そもそもなぜこうなったのかと言うと、せっかく時間が出来たのだから今後貴族の人に出会うことが有り得る以上、マナー等を覚えておいた方が良いとラルフが言い出したのがきっかけだったりする。
私は復旧の手伝いに行きたいと主張したのだけれど、力仕事で剣を振るうのとはわけが違うし、人を手配し終わっている以上かえってややこしくなると言われて大人しくここで連絡を待つことにしている。
ちなみに他のルートの道を聞いてみたところ、かなり遠回りをしないといけないようで二週間以上平気でかかるらしい。
「エリシアは覚えたかい?」
私がぼんやりとしていたらラルフがやってきた。ラピス侯爵と復旧に関する話をしていたみたいだけど何か進展があったのかな?
「復旧に何か進展でもあった?」
「おやおや、まだ今朝聞いたばかりなんだから作業が始まってすらいないのだが」
そうですよね、そんなに早く進むわけがないのは分かっているけれど、早く帰ってジェイクに謝りたいよ。手紙で状況の説明と謝罪は書いたけれどそれだけじゃ不足しているし。せっかく買った本も早く渡したいのに。
「つらかっただろうに。残念だったね、旦那さんの誕生日に間に合わなくて」
ラルフがそう言って私の頭を慰めるように撫でてきた。なんか最近子供を扱うようになってきていませんか?
「エリシアもアニーも私にとっては妹のようなものだからな。落ち込んでいたりすれば気にもなる」
そう言われると文句が言いづらいんだけれど……年上の兄弟なんかいたことが無いからどう接したらいいのか分からないよ。
「座り込んでいても気が滅入るだけだろう、我々も練習しないか?」
確かに段々気が滅入ってきているのが分かるので少しは動こうかな。
「……いいけれど下手だからね」
「私も久しぶりだから鈍っているだろう、気にしなくていい」
そんなことを言うくせにステップは完璧な所が腹が立つ。踏んでやろうかなと思ったけれどそれもなんか甘えているみたいで悔しいからこのまま大人しくしておこう。
「流石、エリシアだな。もう基本的なステップは完璧だな」
「剣と同じだからね、呼吸を読めば後は覚えたステップ通りにやればいいだけだしね」
しかし、流石公爵家の三男坊だなぁ。踊っている姿が様になると言うか……確かに女性冒険者に人気があるのも理解できるくらいカッコいいんだとは認めるけれど……私としてはそこはどうでもいいかな。
兄のような人だけれど好きなタイプとは違うからときめく様なことは無いと言うか。やっぱり男性は落ち着いていて優しくて柔らかい人がいいなぁ……要はつまりジェイクのことです、はい。
踊り終わるとパチパチと拍手が聞こえてきた。
「エリシアさんはもうほぼ完璧ですね、流石です。アニーさんも文句なしですよ……オイゲンさんは踊られない方がよろしいかと」
マレーネ婦人の容赦ない評価にオイゲンは打ちのめされて床に倒れちゃった。ちなみにコントールは上手く逃げたみたいで今日は姿を見ていない。商人のおじさんもいないから一緒にいるのかな?
「そろそろ夕食だから向かうとしよう」
ラルフの言う通り侍女の人が呼びに来た。ラルフって頭の中に時計でも入っているのかな? そう思うくらい時間の把握が上手いよね。
落ち込んだらお腹空いてきた。なんか申し訳ないけれど甘えるしかないよね。
夕食は昨日程豪華じゃなくて少し……いや、大分安心した。
食事マナーの基本は習ったけれど頭に入っているかなぁ? 教えられたとおりに外側の食器から使っていく。
「美味しい!」
昨日は味なんか分からなかったけれど、今日は昨日程緊張していないせいか味が分かる! へー、こんな味付けあるんだ、このお肉味が付いていて美味しい!
気が付けばぺろりと平らげてしまっていた……しまった、マナー的には大丈夫かな? せっかく勉強したんだし無駄になるのは嫌なんだけれど。
マナーの講師でもあるマレーネ婦人を見ると平らげるのはいいみたい、良かった。ただ、明日はもう少しゆっくりと食べようかな。こんな豪華な食事なんだしね、急ぐ必要も無いし。
食後にラピス侯爵が少々どうですかと言いながらお酒を飲む仕草をしてきたから晩酌のお誘いかな? コントールは下戸だから飲めないので来ないみたいだけれど、他の皆は行くみたい。それなら私も行こうかな?
「確かエリシア殿の剣は魔剣ですな」
「はい、クロノスフィアって言います」
するとラピス侯爵は口元のヒゲをさすりながらラルフ殿の妹御が集めておられたコレクションの中にありましたよねと聞いてきた。
「はい、あれは私の妹のコレクションにありました。もっとも今のように剣として振るわれる方が剣も幸せでしょう」
「なるほど、確かにそうでしょうな」
あ、このワイン美味しい。なんてワインだろう?
「そのワインが気に入られましたか?」
「は、はい!」
「それはモールデン地方で作られているワインでしてモールデンという名です。平民でも少し背伸びをすれば買えるぐらいの価格ですが味は決して高級品に引けをとりません」
「これは美味しいですね、芳醇な味わいだ」
「あ、これ好きだ。私これ買おうかなー」
ラルフやアニーも気に入ったみたい。確かに美味しいもんねこのワイン。
「美味いものは価格に左右されがちですが、それが全てではないと教えてくれる素晴らしいワインです」
ラピス侯爵はそう言いながら美味しそうに飲んでいる。お金が全てじゃないか……それはそうだよね。うん良いこと言うなぁラピス侯爵は。
そうして復旧するのを待ちながらラピス侯爵のお屋敷でお世話になった私達は様々な冒険の話をラピス侯爵に話したり、マナーの訓練を受けたりして過ごした。
予定通り一週間で道は復旧したのでお礼を告げた私達はケートへと出発したのだった。ラピス侯爵に頼まれてケートにいる領主様に手紙を届けるという依頼は受けたけどね。恩返しも兼ねてこれくらいはしないとね。
ケートに着いて私はすぐに帰らせてもらえた。ラルフとアニーがラピス侯爵の手紙はこっちでやっておくから早く旦那の所へ帰ってやれと言ってくれたのでここはありがたく甘えておこう。
馬を飛ばして急いで村にたどり着いた頃にはもう日は沈みかけていた。明かりがついているからジェイクはいるはず。
はぁ~、誕生日から四日も遅れちゃったんだよね……憂鬱だなぁ。
「た、ただいま~」
申し訳なさから声が小さくなるけれどしょうがないじゃない。家に入るとジェイクが台所からこちらを呆然と見ていた。
「た……ただいま……帰りました」
動かないジェイクがなんか怖いんだけれど……どうしよう。するとジェイクがものすごい勢いでやってきて私を抱きしめた。
「……良かった……無事に帰って来てくれて……何かあったんじゃないかと心配で……心配で」
「……手紙で事情を書いて送ったんだけれど来ていない?」
ジェイクは首を振るのでもしかして届いてなかったってこと!? なんてことなの!
「あのね、ジェイク……」
私は事情を説明することにした。土砂崩れが起きて帰れなかったこと、事情を書いた手紙を出してもらったこと、その間ラピス侯爵にお世話になっていたことを。
「そんなことがあったんだ……でも良かった、怪我とかじゃなくて」
「ごめんね、ジェイク。まさか手紙が届いていないなんて思ってなかったから」
「それはもう言ってもしょうがないからいいよ。こうして無事に帰って来れたんだから僕はそれでいい」
ジェイクはそう言うとほら、夕食にしようと言って準備を始めた。私も家に帰って来たんだから着替えないと。いつものラフな服に着替えて防護のタリスマンと不調封じのマジックアイテムを外して荷物入れにしまっておく。
髪飾りは自分で買ったから着けていてもいいよね? あとは結婚指輪を着ければジェイクの妻の私の完成!
さてと、ジェイクのお手伝いしないとね。
「そうだ、ジェイク。これ誕生日プレゼント」
買っておいた薬学大辞典を渡してみる。どんな反応するかな?
「……これは! 薬学大辞典じゃないか! しかも一番新しいやつだ! 凄い、これは凄いよエリシア!」
良かった喜んでくれたみたい。それにしてもジェイクはこんな難しそうな本が分かるって凄いなぁ。
「母さんが持っていたのは古いから最近の情報とは違うところもあって困っていたんだ。助かるよエリシア」
ジェイクは趣味で薬草を扱っているけれど簡単な薬なら作れるから村の皆に頼りにされているもんね。そういうところもカッコいい旦那様です。
私は薬学大辞典に夢中になっている旦那様に後ろから抱き着いてしなだれかかる。
「エリシア?」
「予想外のトラブルでジェイクに十三日も会えなかったからジェイクを補充するの」
男共が好きなモノだって押し付けてやる。あいつらはバカだからこれの話ばっかりだけれどジェイクも嫌いじゃないはず。
「……今日は早く寝ようか」
顔が真っ赤なジェイクに抱き着いたまま私は返事をする。久しぶりだし今夜は寝かさないでね?……旦那様。
ジェイクの話は二章から始まります。




